雪妖精の姫は破滅の未来をまるく、まぁるく収めたい。 ~努力はしますが、どうしても駄目なら出奔(逃げだ)します~
ありの みえ@療養中
プロローグ
――……っ!
――……さ、……っ!!
遠くで声が聞こえる。
遠くで、と考えて、それが間違いである気がしてきた。
遠くの声ではなく、近くの声なのではないか、と。
では、近くのどこから声が聞こえてくるのだろうか、と考えたら背中がズキリと痛んだ。
その痛みに気付かされる。
むしろ、思いだしてしまったのだろう。
痛みは背中だけではなく、全身のいたるところから発生している。
一度痛みを自覚してしまえば、ズキズキとあちらこちらが痛みを訴え始めた。
喉がヒリヒリと焼けるように痛み、唇から漏れる吐息が熱い。
風邪を引いて熱でも出しているのだろうか、とも考えたが、全身の痛みは風邪の症状として聞く関節の痛みなんてものではない。
息をするだけでも体が痛み、生きていることがこんなにも辛い。
辛すぎる。
呼吸だけで体に激痛が走るだなんて、肋骨でも折れているのだろうか。
そうでなければ――
……あ。
チラリと白い陰が脳裏を過ぎり、息を潜める。
今、なにかを思いだしかけた。
いったい何を、と全身の痛みから逃避するように記憶を探り始めると、その思考を邪魔するように遠くからバタバタと足音を立てて近づく者たちがいる。
大きな音を立てて扉を開いたかと思うと、数人の男性が部屋の中へと駆け込んできた。
――……げっ! 死な……は、……首が……っ!
――もう少し……ってください、……ま!
自分に話しかけているらしい声は聞こえているのだが、とにかく痛みが酷すぎて、瞼を開くことも、返事をすることもできない。
声自体は聞こえているのだが、頭が意味のある言葉として理解することを拒んでいる感じだ。
それでも、と痛みから意識を逸らすために集中すると、いくつかは言葉を拾い取ることができた。
彼らは私に向かって、互いを励まし合っていた。
私が死ねば、自分たちの首が飛ぶ。
なんとしてでも、私を救わねば――と。
言葉を聞き取ろうと集中したおかげで気が逸れたのか、全身の痛みがスッと引き始める。
痛みが減ると、呼吸も少しだけ楽になってきた。
熱を持っていた気がする喉も、私の気のせいだったようだ。
「……かっ! はぁっ!?」
痛いのも苦しいのも、すべて気のせいだったのだ。
そう安心して深呼吸をしたら、盛大に噎せてしまった。
痛みは嘘のように引いているのだが、喉の渇きは気のせいではなかったらしい。
急に大きく息を吸い込んだせいで、喉が引きつって何度も咳き込む。
そうなってくると、引いたはずの全身の痛みがまた戻って来た。
――生きている! よかった、姫様は生きておられるぞ!
――油断するな! 姫に何かあったら、我々の首が飛ぶ!
――姫様、お願いですから、もう少し頑張ってくださいよ!
呼吸は静かに、少しずつと誘導する誰かの言葉に従う。
呼吸が楽になった、と気を抜いた瞬間に噎せたのだ。
誰かは判らないが、この指示には従っておいた方がいい。
慎重に浅い呼吸を繰り返していると、再び全身の痛みが引き始めた。
今度は油断しないぞ、と心を落ち着けて時が過ぎるのを待つ。
そうしていると心に幾許かの余裕が生まれたので、周囲の様子へと耳を澄ませることにした。
……ええっと?
どうやら私の枕元では、大騒ぎが起きているらしい。
それは判る。
疑いようもない、大騒ぎだ。
耳を澄まして拾い取った内容を纏めると、こうなる。
『お姫様が大怪我をして、死に掛けている』と。
他者への呼びかけとして一番多く出てくる名前らしきものが『姫』と『姫様』だった。
たまに男性たちが互いを呼び合う声も混ざるが、『導師』や『回復師』といった、あまり日常では聞かないような呼びかけである。
……わたし、夢でも見てるの?
気のせいでなければ、回復師たちが『姫様』と呼びかけている相手は『私』だ。
確かに私の名前は『姫』ではあるが、名前が『姫』なことと、他者への呼びかけ、敬称として付けられる『姫』の違いは判る。
回復師たちの呼びかけは、明らかに後者だ。
というよりも、回復師たちの声には聞き覚えがない。
つまり、私の周囲にいる回復師たちは、赤の他人だ。
私の名前など、知っているはずがない。
――それにしても、姫様はなぜ飛竜の前になど。
――どうせ、あれだろ。侍女どもが浮かれておった、氷のなんとかサマとかいう。
――ああ、近頃なにかと噂の……。
氷のなんとかサマ――氷雪の竜騎士――と続いた言葉に、その面影が脳裏に浮かぶ。
白い飛竜を駆る、ダークブラウンの髪をした細身の飛竜騎士だ。
愛馬とする白い飛竜から、もしくは凍った湖のような静かな青い瞳から、彼の容姿を気にいった姫君がそう呼ぶようになった。
お揃いでよかろう、と。
……んんっ!?
お揃いでよかろう、と言われた直後に青年が見せた絶対零度の微笑みを思いだし、背筋に悪寒が走る。
全身の痛みはだいぶ引いたが、悪寒はまた別だ。
……そうだよね。変なあだ名付けられて、それを『お揃いだ』なんてお姫様に喜ぶよう強要されたら、あんな
ごめんなさい、と自然に謝罪の言葉が浮かび、疑問にパチリと目を開く。
『姫様』という呼びかけを夢だと思いながら、脳裏に浮かんだ『記憶にない青年』へと謝罪の言葉が浮かぶ。
その矛盾に気が付いたら、一気に意識が覚醒した。
「おお、姫様が!」
「姫様の意識が戻られたぞ!」
「誰か! 誰か、王に報せを!!」
回復師たちが部屋に入ってきた時以上の騒ぎが生まれ、部屋の中にいた人間たちが一斉に右往左往と動き始める。
どうやら騒いでいたのは回復師の三人だけだったが、この部屋には思った以上に
壁の近くに侍女らしい女性が三人と、扉付近に兵士が二人――今、一人が伝令のためか部屋から飛び出していった。
普段は口うるさい乳母は瞳に涙を浮かべ、下女が水の入った盥を抱きしめている。
「姫様、お体の調子は、もう……?」
枕元へ近づいてきた乳母が私の顔を覗きこみ、回復師に視線を向ける。
回復師たちが顔を見合わせて頷き合うと、乳母は身を引き、入れ替わるように壁際の侍女たちが三人近づいてきた。
「……おっ、……っ」
「しっ!」
聞いてはいけない掛け声と、それを諌める小さな声が聞こえ、二人がかりで体を起こされる。
ベッドと体との間にできた隙間へと、せっせと乳母ともう一人の侍女がクッションを詰めた。
体を起こしたことで自分の姿を見ることができたのだが――
「にゃ、にゃぬぅうぅうぅぅぅぅ!?」
最初に言わせていただきたい。
別にキャラを作って『にゃぬぅ』などという痛々しい叫び声をあげたわけではないのだ。
ただ、口から漏れた声が太かった。
男性の声とはまた違った種類の太さだ。
その太さに声が押しつぶされて、車に轢き殺されたカエルのような声が出てきてしまったのだ。
白魚のような指だなんて盛るつもりはないが、それでも人並みの細さであったはずの私の指が、ムチムチを通り越してミチミチのパンパンに膨れ上がっていた。
■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □
そんなわけで新作スタート。
今回の主人公はふくよかさん(オブラート)です。
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