第2話 異世界救済計画その1 (前半)

 最初に僕が問題だと感じた点は、転生者というシステムだった。

「えっと、つまり神は別の知らない世界の英雄みたいなやつを適当に召喚して、この世界に放り込んでなんとかしてもらおうとしてるってこと?」

「一言で言い表せばそういうことになりますね」

「それで、転生者には個々に特殊な能力が与えられると」

「はい。『恩寵』と呼ばれる、個々人の願いや特性に応じた、奇蹟が与えられます」

 やはり、転生者というシステムは僕の想像していた通りだった。

「なるほど。いますぐやめたほうがいい」

「なぜ?」 

 それは「世界を救う」という観点からは、あまり良い手段には思えない。

「じゃあ聞くけど、仮にその、魔王を転生者の誰かが倒したとして、その人はその後どう生きるの? 僕みたいに前の世界ではもう亡くなっているんだから、前の世界に送り返すわけにはいかないよね」

「ええ。まだ転生者の誰も魔王を倒していないので憶測の域を出ませんが、この世界で生きていただくことになるでしょうね」

「転生者には普通の人々とは異なる、特殊な能力を与えられていることを考えると、魔王がいなくなって勇者の存在意義がなくなった状態で大人しくしているとは思えない。むしろ、勇者を中心として紛争が発生する可能性が高い」

 力を持った人間が、それを行使せずに生きる道を選ぶ確率は非常に低い。

「その推測は確かに一定の妥当性を持っていると考えられますが、誰も魔王を倒していない現状ですと、その先の未来のことを考えても仕様がないと思います」

 それは典型的に間違った考え方だ。適切な未来を――言い換えれば世界を――設計する上で一番やってはいけない思考回路だと言っても過言ではない。場当たり的な対応策は後の負債になる。戦争で良かれと思って武器供与した結果、終戦後にその武器によってテロリズムが蔓延るのはよくあるパターンだ。

「世界を救う上で、常に安定性は頭に入れておかなければならない。不安定な世界は、大衆の不安を引き起こし結果として戦争につながる。だから、世界を考える上では取ったアクションが及ぼす影響については網羅しなければならない。

 今回の場合、目的を達成したあとも転生者は生き続ける。それがリスクになるなら、魔王を倒す意味がそもそもなくなってしまう。世界平和にならない。

 でも、確かにこっちはまだ先の未来の話だ。優先順位は低い」

 リーナの言う通りこっちは直近に起こる問題ではない。

 問題は二つ目のほうだ。

「問題はもう一つある。むしろ、こっちのほうが『魔王を倒す』という観点で重大な欠陥だ」

「欠陥とは、大きくでましたね」

 話を聞く限り、この勇者システムこそ、魔王を倒せていないことの最大の原因だ。

「戦力の側面を考えたときに、勇者に依存しきってしまうことだ」

「それが問題なのですか? 最初に説明しましたが、現時点では勇者という戦力こそが魔王を倒す唯一の力なのです」

 やはり「世界を救う」という観点から考えれば外部の人間である勇者でしか倒せないと神々が考えていることは問題だ。本気で世界を救いたかったらその認識は正す必要がある。

「例えば、ある勇者Aがめちゃくちゃ強かったとする。これで魔王が倒せると思う?」

「まあその勇者が魔王に匹敵するほど強ければ、そうだと思いますが」

「いや、相手は軍隊なんだから、話はそう簡単には終わらない」

「どういうことでしょう?」

「この場合、勇者Aはすぐマークされてステータスを解析され魔王軍に袋叩きにされる。袋叩きにされればおしまい。勇者Aがめちゃくちゃ強いってことは、望む望まざるにかかわらず人間側の戦力は勇者Aを中心に成り立ったものになる。そうなったら、勇者Aがやられた瞬間に総崩れだ」

「その推論には、暗黙に仮定を2つ置いていると思います。1つ目は、勇者Aがその軍隊を圧倒できる力を持っていないこと。2つ目は勇者Aの能力が明るみになっていること、です」

 このあたりの仮定をさっと見抜けるあたり、リーナは思っていたより頭が回るっぽい。

「確かにそれぞれの仮定は限定的だけど、この2つが同時に成り立つことは考えにくいんだよね。軍隊を圧倒できるほどの力を持つ能力をどうやって隠し続けることができると思う? 逆に、隠し続けていたらどうやってその能力が軍隊をつぶせるような能力であると知ることができるのか。

 だからこの2つが同時に成り立つ状況は限定的だ。逆に言えばどちらかしか成り立たない」

「つまり、個人である勇者と集団である魔王軍では、基本的に勝ち目がないということですね」

 どんなに強い力でも、弱点というのは必ずある。一対一、もしくはN対一なら、弱点をカバーしつつ戦って勝利することはできる。だけど、基本は多人数対多人数、しかも奇襲や裏切りなんでもありだ。転生して何年も自分の能力を隠し続けるなんてほぼ不可能に決まっているし、一度誰かに開示してしまえば精神攻撃なり裏切りなりでリークされて弱点がバレる可能性は高い。一人の勇者が強いからって、それでどうこうなると考えるのは短絡的と言わざるを得ないと思う。

 一般的に、一人対一人じゃない、多人数対多人数の戦いでは、個々の能力値で勝敗が決するなんてことはまずない。多くの場合、人々は数の重要性を過小評価して個々のステータスばかりに注目してしまうが、総体として捉えなければだいたい敗ける。これも前世で学んだことの一つだ。

「では、勇者を束ねて魔王軍と対抗できる軍隊を作ればよいのでは」

「それ、できたのを見たことある?」

 リーナは考え込むようなポーズを取り、5秒ほど黙った後、「……ないですね」と少し神妙な顔で答えた。もちろん、僕が表情の機微を読み取っているだけで、ポーズを取っている間も基本無表情だ。だんだん、顔の動きを読めるようになってきた。

「やっぱり」

 個人個人が独特な能力を持っているので、連帯をするのは難しい。「魔王を倒す」なんていうお題目を背負った人間ならなおさらだ。プライドが高い上に、能力によっては相性が悪い人間もいるだろう。現実的ではない。

「では、どういう案をお持ちなのでしょうか?」

「一般人の戦力を上げる。これしかない」

 当たり前でつまらないが、最も堅実な方法だ。

「とはいっても、そんなすぐに全員が勇者みたいな化物ステータスを獲得できるわけじゃないから、技術によってカバーするしかない」

「技術ですか」

「そう」

 そこで僕が提案したのはこんな方法だった。

 この異世界には魔力と呼ばれる力の源泉となるものが存在する。これは人間や生命の意思にふれると、その意思を具現化するように形を変える性質を持っている。これを使えば光弾を飛ばしたり、手から炎を出したり、魔力を介して相手にテレパシーを送ることもできる。

 しかしながら、人間が暮らせるような環境では魔力の濃度が低く、魔法を使うためにはその少ない魔力を人間が頑張って集める必要がある。魔力を収集する能力は今のところ個人の資質に依るところが大きく、天才的に魔力を集めて大掛かりな魔法を行使できる人間もいれば、これができないために魔法が全くできない人間もいるらしい。このままだと、個人の能力のバランスに全体の戦力が依存してしまって戦力の数を増加させることができない。

 だから、誰もが魔力を保存する装置が必要だ。魔力を保存できれば、それを使って誰もが魔法の力を行使することができるはずだ。

 それに、メリットはそれだけじゃない。スケールできるということだ。大量の魔力を保存できる装置も、作ることは可能なはずだ。そうすれば、現状では一人の天才的な魔法使いにしかできないような大規模な魔法も、個人の能力に頼らず使えるようになるはずだ。大量の魔力を操る機構は別途考える必要があるけれども。

 しかも、天才的な魔法使いなり転生者なりしか使えない魔法はその人間が死んでしまえばそれは二度と使えなくなってしまうが、装置という形ならば、もう一度その装置を作り直せば使える。

 もっといえば、魔力を貯蔵なり配送なりするインフラを構築できれば、異世界の文明レベルを飛躍的に向上させることができる。そうすれば異世界の住人だけでこの手の装置に関する開発レベルを向上させることができる。あとは勝手に任せれば魔王など余裕で倒せる武器を作ることだって簡単だろう。

 まずは、魔力を保存するための仕組みを作る。そのために必要なものを列挙することだ。

「さっきまで全くやる気がなかったわりには、ずいぶんと壮大な見通しですね」

「世界を救うんだから夢はでっかくね」

「はあ……。しかし、目的は理解しました。となると、おそらく魔法の素質がなくても魔力を集めることができる、魔力が膨大に存在している場所がよいでしょう」

 「はあ」とか言うんだ。ため息もつくようになるかもしれない。

 それはともかく、確かに、僕は魔法については何もわからない。いくら二度目の人生で時間がたっぷりあるとはいえ、それを勉強している暇があったら、魔力保存の研究に打ち込んでいたほうがいい。

「しかしながら、そのような場所は危険なのです」

 そもそも、魔力が濃い空間では危険なことも含めてなんでも起こるらしい。特に人間のように思考がはっきりしている生き物がそこに立ち入ると、その思考を魔力が感知してしまい、思わぬ反応を引き起こす。最悪の場合は、その場所自体がぽっかり消えてしまったり、魔力が全て火に変わり山ひとつ燃やしつくす業火となるとか。

 その上、魔力の影響を受けた人外が跳梁跋扈している可能性が高く、どんな人間もほとんど寄り付かない。

「じゃあ、僕が行ったところで自殺行為じゃないですか。世界を救うってのに、すぐに死んでしまっては元も子もない」

「いえ、そのために、転生者の能力を使うのです」

「能力を使う?」

 そういえば自分も勇者だから「恩寵」が与えられることを忘れていた。

「僕に与える『恩寵』で高濃度の魔力の中でも生活できるようにするということか……」

「確かに、貴方の言う通り転生者の能力に依存することは長期的に見れば優れた戦略ではないかもしれませんが、この問題を解決するためには貴方に能力を与えるほうが簡単です」

「で、その能力とは?」

「魔力による精神攻撃を受けない、というものです」

「なるほど、考えたね」

 魔力が人間の思考と干渉することで思わぬ大事故を起こすとすれば、魔力と僕の意識自体が全く干渉しないようにすればいいということか。そうすれば魔力で空気が重くなっていようと僕は関係なく動ける。

「いや、それは素晴らしい考えだ。僕は少しキミを侮っていたよ」

「これでも女神を長くやっていますので」

 神にも経験年数があるらしい。

 それはともかく、この魔力による意識の干渉を防ぐ能力は他にもいろいろ使えそう。

「話が少し変わるけど、魔法によって他人の思考を読み取ったりすることも、これで防げたりするのかな。そういう魔法もある?」

「はい。上位の魔法に入りますが、優秀な魔法使いならば可能でしょう。その場合も魔力によって他人の意識に介入するところからはじまるので、この能力で防げます」

「実質的に精神攻撃を無効にできるということか」

「ただ、魔力を介して干渉する魔法ではないもの――たとえば魔力で炎を作って炎弾を飛ばすようなタイプの攻撃――には適用されませんが」

「そりゃそうだろうね」

 それは魔法の攻撃ではなく物理攻撃だ。

「でも、精神攻撃が効かないなら十分だ。

 ちなみに女神に精神攻撃って聞くの?」

「聞きません。神的な領域の情報が流出することは世界の崩壊につながります」

「だろうね」

 この救済計画は他人に漏れたらその時点でおじゃんになる。だから僕の内面が読まれたら、その瞬間に計画は水の泡だ。女神は精神的な干渉を受けないなら、僕とリーナの間だけ計画の全容を把握していれば流出することはない。

「その案で行こう」

 即断即決。僕はその案に乗った。

「しかし、魔物の問題は依然として残っています。その上、人気のない場所での生活は様々な問題があると……」

「そこらへんは現地でなんとかするさ。そもそも街中にいたところで僕らは異物なんだから何も変わりはしない」

 そんな最初でゲームオーバーになったら、まあ運がなかったということだと思う。それくらいのリスクは取らないと勝負にならない。

「それに、僕が魔王軍の人間だったら勇者なんて転生した瞬間に殺しに行く。まだ勝手がわかってないんだから、未熟なうちに殺したほうがいいと考えるのが自然だからね。そう考えると都市部や集落に魔王軍のスパイが紛れ込んでいる可能性は高い」

「人間の住めない場所を出発点にすることで、そのような可能性を排除できると」

「おそらくね」

「分かりました。出発点はここにしましょう」

 女神は足元に広げた地図の、真ん中を杖で指した。東西に大きく走る山脈の北側の場所だ。

「いや~、ちょっとずつ楽しみになってきましたねえ」

「私は話すぎてすでに疲れてきましたが」

「女神も疲れることあるの?」

「このようなことは初めてですので……」

 そういう顔は相変わらず無表情だったが、ちょっとだけ呆れているような気がした。

 まあ当然、これで計画の話し合いが終わることはなく、リーナはそのうち本当にため息をつくようになったわけだけれども。

 そういう経緯でリーナが提示した場所がこの山奥だったというわけだ。

 そして、魔物から命からがら逃げ出したり、半ば飢えそうになりながらもはや食えるかどうかなんて関係ないという勢いで眼の前の石みたいな魔物を狩ったりして、なんとか一ヶ月は生き延びることができた。

 できた、じゃあない。この山奥で命をつなぐことが僕たちの目的ではない。

 そう、計画の本題である、魔力保存の装置の開発は全くといっていいほど、進んでいなかったのだ。

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