第1話 降り立ったらまずは衣食住

 僕たちが最初の拠点に選んだのは、都会から離れた山奥だった。

「いや~、なかなか壮観だねえ」

 木々の切れ間から青々と茂った山並みが見える。周りには人気がないどころか、そもそも人間など存在しているのかと言わんばかりの自然だ。魔王に弾圧されているなんて、目の前の光景だけ見せられたら信じることはできなかっただろう。

「さて」

「まずは居住地の確保をしたほうが良いでしょう」

「そうだね」

 衣食住、まずこの3つを揃えなければ、魔王打倒なんて夢のまた夢だ。スタート地点で野垂れ死んでゲームオーバーになってしまう。長々と話した計画の第一歩は、人間としてまっとうな生活ができる環境をここで手に入れること。

 この3つのうち、服については問題がなさそうだった。すでに僕は死んだ直後に来ていた服ではなく、この世界の住人が普段着として使用している服装に切り替えていた。とはいっても、ズボンにシャツ、それだけだ。女神様――リーナは聖職者っぽい格好をしている。僕は前世でもそういったところとは縁がなかったから、服装の細かい箇所については表現しづらい。きっとこの世界にも宗教があって、それの役職にうまく馴染むことで擬態しようとしているのだろう。

「どうかしましたか?」

「いや、その服でこの環境を過ごすのは難しそうだなあと思って」

「問題はありません。この世界における我々の形は、イデアの影に過ぎないため、いくらでも変更することが可能です」

 そういうやいなや、彼女の体が光に包まれて自分と同じズボンとシャツの格好になった。

「じゃあなんで最初からその格好にしていたの」

「この世界の聖職者は、常に先程の格好をする、というのが定めなのです」

「なるほど」

「降り立ったときに、人に見られた場合には理由付けが困難なため、聖職者としてカモフラージュする予定でした。その可能性はすでに低いと考えられるため、貴方と同様に運動性の高い服に切り替えさせていただきます」

「そっちのほうがいいんじゃない」

 とりあえず、リーナの服装については全く問題なく、僕に関しては格好なんて心底どうでもいいと思っているので、衣食住の衣に関しては問題が消えた。

 やはり住をなんとかするしかない。

「雨風を凌げる、洞窟のようなものはないかなあ」

「このあたりは起伏が激しい土地のため、そのような空間の発生確率も高いと推定されます」

「探してみるかあ」

 と息巻いて山奥を歩くこと三十分。運がいい事に、それなりの深さと広さのある洞窟が見つかった。洞窟といっても、奥行きはせいぜい十メートルくらいしかない。雨宿りにピッタリだが、きっと人の住む場所にふさわしいかといえば全員首を横に降るに違いない。

「ここにしよう」

「了解です」

 僕たちはようやく一息ついた。この世界に降り立ってからずっと歩きっぱなし考えっぱなしだったから少し疲れてきた。

 地面に敷く布のようなものも特に持ち合わせていないので、僕たちは地べたにそのまま座ることにした。服が汚れることを気にしていてはこの山奥で生活することはできないだろう。

「食事はどうしよう……」

 こういうことを言っていると、さっきまで綿密な計画を練っていたなんていうのが丸で皮算用に見えてくるが、実際のところどうやって生活をするか、生きていくかについてはほとんど真面目に考えていなかった。

 なんとかなるでしょ、って楽観的に考えていたのが五割くらい。残りの五割は、死んでもともとだし、棚ぼたの二度目なんだから難しく考えてもしょうがないかな、という感じでいかにも適当な心持ちだった。

 そんなふうに、自分のいい加減さについて反省しつつ、人間が生きるために不可欠な行為について頭を巡らしていると、リーナが案を出してくれた。

「このあたりは動物は少ないようですが、魔物が出現しますので、それを狩りましょう」

「おお、とはいっても、僕はこんなだし魔物を狩るなんて無理だよ」

 ウサギが引っかかるようなトラップでも作ってみるかな……。

「そこは、私がこの杖と魔法で捕まえます」

「おお」

 感嘆している場合じゃない。今のところ僕は何もしていないぞ……。

「そういえば、その杖は死後の世界――結局なんて呼べばいいかわからないが――、で持っていたものと同じだよね」

「はい。これが女神の持つ権能の一つなので、手放すことはできません」

「失くしてはいけない、という意味ではなく、失くすことができないということ」

「仰るとおり、この杖が私から一定の距離離れると、私の手元に戻ってきます。私以外の生命がこの杖を使うことはできないので、奪われることはなさそうですが」

「いや、金になると思って強奪しそうな人はいると思う」

 そういえば。

「リーナはこの世界でどのくらい魔法が使えるの?」

「現在、私が知っている知識や能力はこの世界の平均的な知識に制限されています」 

「要するに、女神としての力はほとんど行使できないということだね」

「それは若干の語弊があります。そもそも我々、女神が行使できる力とこの世界で呼ばれている魔法というものは、全く性質の異なる力です。女神は、神の一部として、世界を管理しているにすぎず、全能ではありません」

「え? そうなの?」

「でなければ、神が複数いるなどという事態は発生しえないでしょう」

「ふむ」

 管轄が違えば神も違う、ということか。

「そして、魔法はこの世界にて事物に働きかけることのできる力の一種です。それは、例えば石を投げると遠くに飛ぶ、といった自然で発生する力と同様のものです。我々が女神として行使していたメタレベルな力とは性質の異なるものになります。

 我々は転生者のサポートとしてこの世界に降り立つ際、女神の知識に対する制限と一定の魔法能力を与えられます。それはこの世界で生を営むことのできる平均的な能力と同じになります」

「なるほどね」

 女神は直接世界に対して干渉してはいけないというルールがある以上、女神が平均的な人間の能力を超えることは許されないということか。

「でも、逆に言えば魔法のまの字も知らない僕よりはずっと魔法について詳しいということだよね」

「はい」

 であれば、たしかに魔物を狩ることもできそうだ。

「いやあ、役立たずで済まないねえ」

 もう僕には開き直ることしかできなかった。

「いえ、貴方には勇者としての役目を果たしていただければよいので」

 そうは言ってもなあ。

「そのために我々はいるのです」

 リーナがそういうのであれば仕方がない。それに、能力が無いのは僕のほうだし、その問題は自分でなんとかするしかないのだ。

 そう考えると居ても経ってもいられなくる。

 適当な理由をでっち上げて、魔王打倒第一歩となるアレの手がかりを探そうと決意したその時、目の前にオレンジ色の霧のようなものが浮かんだ。

 その霧は次第に濃くなり、僕たちの視界を埋め尽くした。

「これが……」

「はい。この世界で魔力と呼ばれるもの――正確には、密度の高い魔力が霧となって目に見えるようになったものです」

 僕は洞窟から飛び出し、その霧を手で掬おうとした。両手で掴み取るようにその霧を閉じ込めて、洞窟で閉じた手を開けると、オレンジ色をした綿菓子のような魔力が両手で作ったお椀の中に浮かんでいた。

「何も起きないけど」

 魔力というからには、なんかもっと危険なものだと思っていた。ちょっとした静電気で大爆発を引き起こす揮発性のガスのようなものだと、頭の中ではイメージしながらこの世界に降り立ったので何も起きないと返って拍子抜けだ。

「いえ、それは貴方だから何も起きないのです」

「え、ああ」

 そういうことか。

 ちゃんと話を聞いていたけど、実物を目にするとそういう理屈がどうしても頭から抜け落ちてしまう。

「このすぐ近くに魔力の源泉があるんだよね。そっから湧き出てきたものだとは思うけど、なんでさっきまで晴れていたんだろう」

「おそらく源泉から発生する魔力量には周期性があるのでしょう。それに魔力は必ずしも量によって性質が変わるものではありません。魔力は生命が持つ性質や状態に応じてその形を変えます」

「つまりさっきまで晴れていたのに、今はこんなになっているのは」

「近くに魔力を反応させた生命がいる、ということでしょう」

 そのとき、霧の向こうから落ち葉を踏む足音が聞こえた。

 すると、オレンジ色の霧に狼のような影が浮かび上がった。その影はしだいに輪郭がはっきりして、ついにその青色の毛並みを持つ獣が姿を現した。頭に三本の角を持つ異形の生き物だった。

「これが魔物です」

 魔物は僕たちの姿を認めるやいなや、こちらに飛びかかってきた。

 リーナは杖をその獣に向け、間髪入れずに赤色の光弾を飛ばした。

 赤色の光弾は魔物に直撃して、爆発した。

「そして今のが炎の魔法です」

 おそらくあの赤い光の玉が何かに衝突すると爆発して燃え上がる仕組みになっているのだろう。

 魔物は炎熱にのたうち回り、自分を覆う炎を消そうと躍起になっていたが、次第にその動きも鈍くなり、炎が消えさるとともに動かなくなった。

 僕はリーナに倒してくれたことについて礼を言うと、異世界に降り立って初の魔物を見ようと近づいた。

「都合よく今日の食材が飛び込んできたね」

「このあたりは魔力が濃いので、魔物も多く出現するでしょう。食料が不足するということは少ないと考えられます」

「そういえば、これ、そもそも食べられるの?」

「食べることは可能だと思われます。ちなみに、私は食事の必然性がございません」

「え、それ聞いてないんだけど」

 聞いてないと言ったのはリーナが食事をする必要がないということだった。それだったらそもそもこの魔物が食べられるかどうかが怪しくなってくる。言っている本人は食べないのだし。

 そのとき、目の端で何かが揺れたような気がした。

「?」

 すると、僕の横を黒焦げになった魔物が横切った。

 炎に焼かれた魔物はまだ生きていて、リーナを襲えるタイミングを見計らっていたのだ。 魔物が、リーナを目掛けて飛んでいく。

「危ない!」

 幸いリーナと魔物の距離は少し離れていた。僕が好奇心で魔物に近寄ったが、リーナはそのことについて特に興味を持っていなかったことが幸いしたのだ。

 僕は魔物とリーナの間に割って入った。

 魔物が僕の腕に噛みつく。

 ギリギリと魔物の牙が腕に食い込み、血が牙から流れ出していた。

「リーナ!」

 僕の呼び声に反応したリーナが即座に杖で魔物を叩き飛ばした。叩くと同時にさっきの魔法をかけた模様で、魔物は再び爆発し業火に焼かれることになった。

「痛っ……」

 魔物が噛みついた右腕には、牙が肉を貫いた痛々しい疵痕ができていた。そこからとめどなく血が流れ出している。

「大丈夫ですか!」

 リーナが慌ててこちらに駆け寄ってくる。

「包帯とかあったかな」

 あったかな、と言っている時点でないわけだけど。

 僕がシャツの一部を破いて包帯代わりにして止血しようとすると、リーナが杖を持って近づいてきて「簡単な治癒魔法なら私でも使えますので」と僕の腕にそれを当てた。

 白い光が僕の腕を包み、少しずつ傷が癒え、最後には牙によって開いた疵痕が塞がった。

「すごいなあ」

「いえ、もう少し傷が深かったら完全には治らなかったでしょう」

 魔物は死に体で、噛みつく力がさほど残っていなかったのが僥倖だったということかな。

「魔法も色々あるんだなあ」

 僕は何も考えていないような感想をつぶやいた。

「現在の私は書庫へのアクセスに制限がかけられていますので、魔法の種類について網羅的に説明を案内することはできませんが、この世界の人類は多種多様な魔法を駆使して生活を営んでおります。きっと今後、様々な魔法を目にすることになると思われます」

「へ~、それは楽しみだね」

 治療を済ませたリーナは、魔物の死体を僕の足元に運んできた。

「ちょうどよく火が通ったと思われるので、こちらを捌きましょう」

 リーナはまた冗談としか思えないことを言った。いや確かに火に包まっていたのは確かなんだけどね……。

「ちゃんと調べよう」


 結局魔物の肉?に火?は通っていなかったし、リーナが言っていたとおり料理は全部自分でやることになった。リーナがしたことは、魔法の力で火を起こしてくれたくらいだ。魔物を捌くのも肉を焼くのも全部自分でやった。まあ、自分の食事くらい自分でやるというのは理にかなっていて、その点については全く異論はない。たまたま持っていたナイフがすぐ役に立つとは思わなかった。

 初めて食べた魔物の味は少し苦味があってさほど美味しくはなかったけど、野良の動物なんてこんなもんかな、という妙な納得をした。別に美味しいものを食べにここに来たわけではないのだし。

 リーナは僕が食べている間、ずっと横で僕のことを眺めていた。女神様はご飯食べる必要ないわけで、どことなく居心地悪そうにしていた。女神は表情を出さないので、そう僕が思っただけかもしれない。

 リーナはなぜか異世界に来てからずっと静かだった。いや、別に僕を呼び出したときも、大声で騒ぎ喚くということはなかったが、それでももっと積極的に僕のすることに口を出していたと思う。今のところ、彼女はこの世界についてガイドするだけで、僕がすることに対して指示を出したりはしていなかった。

 この世界に来ると女神の掟か何かで発言に制限がかかると言っていたから、それが影響しているのかもしれない。

 緑色の肉を平らげたところで、僕はリーナにその話を切り出した。

「なんか、いつもよりテンション低くない?」

「そうでしょうか? 私は普段と変わりないと思っていますが」

「僕を呼び出したことは、もっとあーだこーだと僕の言うことにケチをつけてたじゃん」

「貴方の認識のほうに齟齬がありそうですが……」 

 リーナはため息をつくと「実際のところ心配なのです」と心の内を明かした。

「何が?」

「この計画がですよ」

 リーナは表情を変えずにこちらを見た。リーナの顔は、僕のことを案じているとは全く読み取れない、相変わらずの無表情だ。

「貴方が魔王打倒についてどれだけ本気か、私は測りかねています」

 え~、真剣だって言ったじゃん。

「いまさらそんなこと言われてもにゃあ~」

 もう降り立ってしまったのだし、やる気があるかどうかについて聞かれても「やるしかないじゃん」としか答えようがない。

「はい。この世界に転生した以上は、貴方には勤めを果たしてもらうしかありません」

「じゃあそういうのは、もういいっこなしでしょ」

「ですが」

「僕はマジだよ」

 僕はリーナの顔をしっかりと見て、リーナの問いかけをピシャリと遮って言い切った。

「僕は本気でこの世界を救う」

「なら良いのですが……」

 まずリーナの不安を断ち切るためにはっきりと宣言しておく。

「リーナ的には何が心配なの?」

 そして、リーナの懸念を今のうちに取り除いておいたほうがいいだろう。

「貴方のその態度です」

 あまりに意外――いや、想定どおりなのかな?――の答えに僕は少し拍子抜けしてしまった。

「これ?」

 思わず自分を指さしてしまう。

「貴方のその剽軽な態度が、とても魔王を倒そうとしている人間とは思えません」

「女神様はそんなことを気にしていたとは……」

 僕はため息をついた。

「あのね、最初に言ったとおり、僕は魔王を倒すんじゃない。『世界を救う』んだ」

 この二つは似ているようで大きく違う。

「それに、僕は一度やると決めたことは手を抜かないんだよ。しかも、世界を救うことに関しては前世で色々やったからね。適当にこなすほうが難しい」

「じゃあなぜ堂々としないのですか?」

「うーん」

 言われてみると、その質問は当然といえば当然だった。決心して何かに取り組む人間が真面目な顔をしていないと不思議がる、というのは自然かもしれない。

「そんなこと言われたのは初めてだけど、きっと世界を救うなんて大それたこと、大真面目な顔をしてできないからじゃないかな」

「そうでしょうか?」

「絶対そうだよ。むしろマジな顔して言ってるほうがヤバいね。こんな滅茶苦茶なことにマジになってたら視野が狭くなるし、独りよがりになっちゃう」

 僕は肩をすくめた。

「そうかもしれませんね」

 リーナは僕の答えにあまり得心言ってないのか、若干不満の残る表情をしていたように見えた。

「私は、この世界に降り立つのは今回が初めてではありません」

「やっぱりそうなんだ」

 僕以外の転生者がいるということなのだから、僕以外の転生者と同行した経験もないことはないだろう。聞いたところでそれが僕の計画に役に立つかは怪しかったので、僕から過去について尋ねることはしなかったけれど。

「ですが、貴方のように飄々とした人間は一人も居ませんでした」

「だろうねえ」

 転生して魔王を倒すなんて、本気にするにしても反故にするにしても、選択したときはきっと真剣で初々しい顔をしていたんだと思う。異世界に降り立つ恐怖なんていうのもあったのかもしれない。

 だけど、残念なことに僕はこういうことについては何度も経験していたので、呼び出されたときと同じ雰囲気になってしまったのだろう。結果として、それはリーナの経験したことではなかった。

「なるほどねえ」

「もちろん、貴方の過去を知っているので、貴方にはそれなりのスキルがあることは認めますが……。それに」

「それに?」

「私をかばって魔物の前に飛び出すあの行為は、危険すぎます。貴方にとって、魔物という存在は不明なものであるにも関わらず、貴方は危険を顧みずに飛び出してしまいました。そういう振る舞いが、貴方の綿密に立てた計画と相反してしまうのです」

 先程の行為がリーナにそんなふうに思われているとは。

「でも、他人に危険が迫ったら、誰だってあんなふうに飛び出すものじゃない?」

「そうかもしれません。しかし、貴方はそのことに関して躊躇いがなさすぎると感じます。貴方は防具も何も備えていない状態でした。計画について話し合ったときも感じましたが、まるで自分を犠牲にすることに関して、一切の躊躇がないかのようです」

「そうかもしれないけど……」

 リーナが言うことは一理ある。実際、僕はこの生を偶然得た棚ぼただとも思っているし。そういう態度のせいで、リーナは僕の姿勢に疑問を持つのも無理からぬことかもしれない。 でも、これは逆なのだ。僕は偶然得た生であるからこそ、危険を考えずに振り切った行動ができると思っている。

 そうしなければ、以前の繰り返しになってしまう。

「うん。リーナの言いたいことは分かった。

 実際、僕はたまたま機会を得てこの世界に転生した。だから自分を犠牲にすることはいとわない。むしろ、それを積極的にやろうと思っている」

「それはあまりに危うい――」

「でも、そうでなければ世界を救えないんだ。世界なんて一枚岩じゃないし理不尽で想像だにしないことがバンバン起きる。そんな世界に対して、真正面から指さして『お前は間違っているから、オレが変えてやる』って言う人間が、真面目くさった顔をしてたら、失敗するんじゃないかって、僕なら不安になるんだよね」

 僕は薪を一本、焚き火の中に放り込んだ。

「そういう人間は、きっと自分の姿勢に雁字搦めになってしまう。だから、僕はこうやっていつも適当なことばかり言って、時には出鱈目も嘘もついて、なんとかその奇妙で得体の知れない世界ってやつをコントロールしようとしてたんだと思う。

 飄々として、のらりくらりとおべんちゃら構えた人間で、なのに自分を捨てることに何の留保もない人間にしかできないことなんだよ」

 これは、きっと僕が前世を通して培われたスタンスなんだと思う。大真面目に世界と鍔迫り合いをしていた、あの世界では、僕はこんなふうに振る舞うことはできなかった。

「リーナの気持ちは分かったし、いくら過去を知っているからといっていきなり現れた人間を信用しろっていうのも無理があるのもわかる。

 でも信じてほしい」

 そう言うと、リオンは杖を握りしめて「はい」と言った。

「今の言葉で、少しだけ貴方のことが見えたことができた気がします」

「それは良かったよ。僕も、リーナの疑問で自分のスタンスを整理できた気がする」

 僕はそれまで、自分がなんでこんなに適当なのか考えたこともなかったから、リーナの問いかけは意表をついたものだった。結果として、僕はこの僕の態度の理由をちゃんと言語化できた気がする。

 ――あの世界で僕はこんなふうに、いい加減な態度で生きていたら、世界を変えることができたんだろうか?

 益体もない疑問が頭を過ったが、僕は頭を振ってそれを消した。

 そんなこと、考えても仕方がない。

 僕はやるべきことをやるしかないんだ。

 そうだろ……?

「まあ、大船に乗った気持ちで待っていればいいよ。僕ならきっと成功させるさ」

 思い出へと引きずり込まれそうになっている思考を止めようとして、僕は適当なことを言ってリーナを安心させてこの話を切り上げた。女神を安心させるって、矛盾してるも良いところなわけだけれど。

「はい。必ず、成功させましょう」

 そういうリーナの顔は、いつもより少しだけ真剣な表情をしているような気がした。気がしただけかもしれない。女神は常にポーカーフェイスだし。

「そのためには、アレを完成させないとねえ」

 僕は木々の合間から見える星々を眺めながら、アレの完成方法について考えていた。

「見通しは立っているのですか?」

「まあたぶんできるはず」

 山は生き物の数に反して静かで、薪の燃える音だけが聞こえていた。

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