異邦人の自己紹介

「――――では改めて自己紹介を。僕は星乃輝夜。時空の裂け目に吸い込まれてこの世界に来た異世界人だよ。ちなみに、こんな見た目だけど男です。好きな物は特に無いかな? 嫌いなものはリア充、あるいはアベック。今一番欲しいのは恋人! よろしくね」

 リアンと子ども達に連れられる形で建物の中に入った僕は皆の視線が集まる中、自分の事を簡単かつ分かりやすく紹介する。

「しつもーん! カグヤってオーパーツなのー?」

「区分的にはそうなるかな? でもこの世界の人間じゃないってだけで僕にそこまでの価値は無いよ」

「リア充、アベックって何なのー?」

「色々意味はあるんだけどカップル、もしく恋人だよ」

「カグヤお兄ちゃんって何でそういった人達が嫌いなの?」

「他人の幸せって見てると血反吐が出るの。アレルギーなの。自分以外の誰かがイチャイチャしているの見てるとその幸せを壊したくなるの」

「そんなだから恋人ができないじゃないのー」

 純粋な子どもの言葉が僕の心臓を抉った。

 あまりの衝撃と子どもの口から出た発言とは思えない程の鋭い指摘に打ち拉がれる。

「何故、何故なんだ…………僕は差別も偏見もしないのに、同性のカップル相手でも関係無いというのに…………!!」

「皆等しく敵扱いしてるからじゃないかな? ちなみに言っておくと、私の領域では同性での恋愛、結婚は絶対に許してないから」

「そうなの?」

「そうなの。これは私の領域になる前も同じだったけど、基本的に死に値する罪になるからね」

「めっちゃくちゃ過激! でもまぁ、それも当然か」

 リアンの説明を聞いて納得する。

 彼女の領域の現在居る人物は僕やリアンを含めても八人しか居ない。

 こんな状況下で同性愛は許されないだろう。そんな事をしている余裕は皆無だし、人口を増やさなきゃいけないから。

 この分だと自由恋愛もあまり推奨されない行為なのだろう。もう少し人が居て、尚且つ大人が居たら子を作る為に嫁がせなくちゃならないだろうし――――ああ、だから彼は僕を警戒してたのか。

 青春してて甘酸っぱいというべきか、青春しやがって恨めしいというべきか。

「まぁ、そういうわけで行く当ても無くなった僕はリアンの所に厄介になる事になったんだよ。あ、これどうぞ」

 そう言って僕は沢山のチキンとケーキが入った箱を差し出す。

 ここに居る人全員に問題無く当たる筈だ。

「すっげぇ! 美味しそうな鶏肉だ!」

「こっちのは何だろう? 凄く甘い匂いのするパンみたいだけど、凄い柔らかい」

「…………良かった。喜んでくれて」

 ワイワイガヤガヤと騒ぐ子ども達を見てリアンは嬉しそうに笑みを浮かべる。

 その瞳から涙が溢れていたのは、きっと気のせいじゃないだろう。

「いや、ちょっと待てぇ――――!!」

 そして皆が楽しく騒いでいた空気をテオが大声を上げて壊した。

「何いきなり大声出してるのよテオ」

「大声を上げるに決まってるだろ!! 何でそいつを受け入れてるんだよ!!」

 テオの人差し指が此方に向けられる。

 アルマは流れるような動作で此方に向けられたテオの人差し指を掴み、曲がらない方向に曲げようとする。

「あだだだだだだだだっ!」

「人に向かって指差さない! 失礼でしょ!!」

 指を曲げてはいけない方向に曲げられそうになっているテオの悲鳴と、そんな彼を叱り付けているアルマを見て内心反吐が出そうになる。

 僕の前でイチャイチャしやがって、同い年の幼馴染というやつか…………マジで羨ましい。

「カグヤお兄ちゃん大丈夫? 目から血の涙が溢れてるけど」

「大丈夫だよ。ちょっとごめんね」

 手拭いで流れ出た血涙を拭い取り、言い争っている――――もとい尻に敷かれているテオと尻に敷いているアルマに話しかける。

「あー、僕は気にして無いから良いよ。それよりも僕の視界内でイチャイチャしないでほしいかな?」

「だ、誰がこんなチンチクリンとイチャイギャァアアアアア!!?」

「誰がチンチクリンよ!!」

 流れるような動作でテオに関節を決めるアルマを見て思わず「びゅーてぃふぉー」と呟いてしまう。

 あの違和感のいの字すら感じさせない程のスムーズな動き。間違いなく彼女は天才と呼ばれる人種だ。

 元の世界での格闘技の舞台に出ればいずれはチャンピオンの称号すら夢じゃないかもしれない。本当、

「あだだだだだだ!! わ、悪かったってアルマ!! でもチンチクリンなのは事実――――」

「ふんっ!」

「あんぎゃー!?」

 関節の外れる音と共にテオは情けない悲鳴を上げて沈黙する。

 骨は折れてない。見事に関節だけを外していた。

 本当に見事な技だ。そう思いながら完全に沈黙したテオに近付き、外れた関節をはめ治す。

「大丈夫? 元には戻したけど」

「あ、ああ。あんがと」

「でも気をつけた方が良いよ。女の子にとって体重とか体型とかは禁句。それを侮辱したら血祭りを通り越して殺されても文句は言えないんだから」

「そ、そうか…………って、何で親しくしてんだよ!」

 テオはそう言うと僕から距離を取り、威嚇する。

「時空の裂け目に吸い込まれてこっちに来たって、何でそんな嘘をすぐに信じるんだよ!」

「嘘じゃないんだけどなぁ」

「お願いだから少し黙れ、黙って、黙ってて下さい! 仮に言っている事が全て事実だったとしてもこんな怪しい奴、仲間として迎え入れるのはオレは反対だ!!」

「リアンー。僕ちょっと外に出て散策して来るからさ、ケーキとかチキンとか好きに食べて良いよ」

「あ、ありがとう」

「聞けよっ!!」

 怒りが空回りしているテオを横目に苦笑を漏らし、切り分けたケーキをテオに渡す。

「きみも食べて良いよ。安心して、毒なんか入ってないから」

「…………オレはお前の事、認めてないからな」

 テオは僕が渡したケーキを奪うようにして取り、食べ始める。

 そしてケーキの甘さに驚いたのか、目を丸くした。

「今から一時間くらいの間。外で調べ物をするから、僕の事が気に入らないなら力づくで追い出してみなよ」

「…………えっ?」

「ちなみに奇襲しても構わないから」

「お、おいちょっと待て――――」

 後ろから止めようとするテオの呼び掛けを無視して外に飛び出す。

 これからするのは答え合わせだ。尤も、ある程度の予想は出来ているし、出来れば外れていてほしいとも思っているが。ただこういった時の予想って当たっている事の方が多いし、外れていたとしても大抵想像よりも悪化しているからなぁ。

 そんな事を考えながらさっきの廃墟の所まで戻る。

「ふぅむ…………建物に使われてるのは木材で、ガラスもあるのか。でも鉄製の物は見当たらないな」

 燃やされた後に残った物を一つ一つ拾い集めて、それが何なのかを確かめる。

 焼け焦げた木材、食器と思わしき破片、ガラスで出来た瓶の残骸、スプーンにフォーク。

 だけど、どれだけ探しても鉄は存在しなかった。錆びたものすらも皆無だった。

「…………成程、この世界の技術力は製鉄まで進んでいないのか」

 脳裏に浮かんでいた予想が確信に変わった時、思わずその場にへたり込んでしまう。

 ガラスを加工する事が出来るからもしかしたら製鉄まで進んでいると思ってたけど、そんな事は無かったか。よく考えればこの世界には不思議な異世界パワーが存在するのだから、それでガラスを造ったりする事だって不可能じゃない。

 もしかしたらリアンの支配領域がこんな感じなだけなのかもしれない。だけど敵が持っていたフランベルジュや鉄製の剣もオーパーツと言ってた事を考えれば、製鉄まで技術が進んでいないのだろう。

 そんな奇妙な事になっている理由はドラゴンが支配者になっているからか、異世界の謎パワーが存在するからか。多分その両方だろうが。

 文明が発展しないって事は必要が無いからで、それだけ謎パワーが強力だということ。強力な力を持つ存在が生活を保障してくれている上に、個々人も強力ならそりゃ文明も停滞するか。

 僕自身製鉄とかの知識もあるわけじゃないし、いや、素人がやるにはあまりにも危険過ぎるからやれないけど。

「うーん。ちょっと、いや、マジで困った」

「何が困ったんだよ」

 僕が一人頭を悩ませてるとテオの声が背後から聞こえた。

「不意打ち、しないんだ」

「誰がするかよ。仮にするにしても皆が居る前であんな事言えば武器を持って外に行かせるわけないだろ」

「いや、そこら辺の石を持って頭をかち割ったりとか」

「本当に物騒な奴だなお前!!」

 背後に居るテオの方を向き、何とも言えないように困った表情をする彼を見る。

「ったく、異世界人ってのは全部がお前のような物騒な奴なのか?」

「そうだよー、って言いたいけど僕は変だった言われてるから。あまり当てにはならないよ」

「ならもう少しマトモに見えるように振る舞えよ。そんなだからそんななんだぞ」

「手厳しい! って、僕が異世界人だって信じてくれたんだ」

「半信半疑だけどな。でも、お前が敵じゃないってのはわかったよ」

 僕の側に座り、テオは話を続ける。

「敵で、オレ達を殺す意図があるならこんな回りくどい真似をするわけがねぇ。魔法が使えなくても、三人を相手に殺す事が出来るんだ。普通に殺した方が楽だ」

「そんな事は無いよ。世の中には自分の趣味嗜好を満たして絶望を味わせてから始末するってアレな奴も居るし」

「フォローしてんのに自分から台無しにすんな。まぁ、自分からそう言うって事は本当に敵じゃないんだろな。妬みや僻みとかは別として、すっげぇ分かりやすいし」

 隠す気が無いからそれは当然だ。

 我慢しようとしても身体の方が我慢できないし、自分のことながら本当に困った身体である。

「それで、何が困ったんだよ」

「この世界が鉄を作れない事にちょっと困ってたんだよ。後は医療とか」

 製鉄が出来ないと武器は当然として、生活に使う様々な道具が無いことになる。

 必然、医療技術もそこまで進んで無い事になる。

「鉄? 鉄の魔法を使う事が出来る奴なら作れるし、治癒の魔法を使える奴なら病気だって治せるぞ」

「想像していた通りの返答をありがとう。ちなみにその魔法を使えるの、ここに居る?」

「いねえ。リアンが薬草を取りに山の中を探しに行くくらいだからな」

「でしょうね」

 こんな有り様になっている上に子どもしか居ない現状なら当然だ。

 何をするにしても人手が足りない。猫の手も借りたいぐらいの惨状に溜め息を吐く。

「そういやさ。ここは何でこんな事になったの?」

「…………知らねぇで仲間になるとか言ったのかよ」

「リアンには流石に聞けなかったからね」

 あんな悲しそうな彼女の顔を見て、無神経に理由を聞く事は僕には出来ない。

「…………理由は分からねぇ。だが、奴等は突然攻めて来たんだ。オレの親父も、お袋も、皆奴等に…………っ!!」

「…………そっか」

「連中はオレ達が危険だからとか言ってたけど、オレ達は普通に暮らしてただけだ! 普通に畑を耕して作物を作って、なのに奴等は、オレ達が攻めようとしてるって…………!」

「もう良いよ。もう、良い。話してて辛い事なら話さなくて良いから」

 怒りの形相に涙を流しながら俯くテオの頭を軽撫でるように軽く叩く。

 それでもテオは今まで我慢してきたものが爆発するかのように叫んだ。

「何で攻めようとしてる奴が武器も構えずに逃げるんだよ! 何で、逃げた奴の背中を狙って攻撃するんだよ!! 何で、あんな楽しそうに笑ってるんだよ…………!」

 そう叫んでテオは膝をつく。

「…………悪い。あんたには関係無いよな」

「関係無くないよ。僕もこれからは仲間になるわけだからさ――――」

 あまり良い言葉をかけてあげられないけど、何とか慰めようとした瞬間、離れた場所からパキッとなにかを踏む音が聞こえた。

 音が鳴った場所はリアン達が居る場所とは正反対だ。

 距離はそう遠くなく、けれども近くも無い。

「テオ。今すぐこの場から離れて」

「えっ、どうしたんだ?」

 訝しむテオから視線を逸らし、腰から下げていた刀に手を伸ばす。

 そして音が鳴った箇所から飛来する岩の鏃が付いた矢を刀で斬り払った。

「なっ!?」

「多分、敵――――いや、間違いなく敵だよ」

 少なくとも影に隠れて矢で攻撃してくる奴は味方ではないと思う。

 そう考えながら刀を矢が飛んで来た方向に向けていると「あら?」と声がした。

「あら、あらあらあらあら? どうして防げたのかしら?」

 男のものと思われる低い声が響き渡ると物陰から三人の人間が姿を現す。

 一人は背が高く、筋骨隆々とした大男だった。

 見るだけで威圧感を感じさせるような体格に加えて、全身を守るように青銅の鎧を身に纏っている。持っている剣はその体躯に見合った石の斧だった。

 もう一人が大男の背後に居る背は中肉中背の男だ。顔立ちは整っており美青年と言っても過言では無い。武器は弓矢で、僕等に攻撃を仕掛けてきたのは間違いなくコイツだ。

 最後の一人は少女だった。軽装で身を包み、此方を警戒して距離を取っている。

「皆が居る場所とは正反対の場所から音がしたんだ。怪しむに決まっている」

 加えて命を狙われているのだから、警戒してても損は無い。

「テオ。今すぐ逃げてこの事を皆に知らせ――――」

「馬鹿!! 三人相手に勝てるか! 武器も無いオレにリアンから加護を貰っていないお前が居た所で戦いにすらならねぇっての! お前も逃げるんだよ!!」

 そう言うとテオは手を前に出す。

「ミラージュ!」

 テオがそつ発言すると何も無い空間に、突如として僕とテオの姿が現れる。

 一人二人と続け様に蜃気楼のように現れ、あっという間に大多数の僕とテオで満たされた。

「これは…………」

「幻惑、それがオレの魔法だ。実態の無い幻しか作れねぇけど時間稼ぎぐらいなら――――」

 謎パワーで幻を作ったテオはそう言うと僕の手を掴んで逃げだそうとする。

 しかし、細身の男がコッチを狙ってる事に気付く。

「危ない」

 テオを抱き抱え、僕等を狙って放たれた一矢を回避する。

 矢は瓦礫に深々と突き刺さり、意図も容易く木材や石材を破壊した。

 凄まじい威力、とてもではないが矢で放ったものとは思えない。いや、あの程度の速度でそこまでの破壊力を出せるわけが無い。と、なるとあれが細身の男の謎パワー、テオが言うには魔法の力か。

「どうやら時間稼ぎも逃げる事も難しいみたいだね」

「そ、そんな…………」

 逃げられないと知ったからか、それとも幻惑の魔法とか言う幻が通じなかったからか、テオは酷くショックを受けた表情をする。

 それと同時に幻が消失していく。

「どれだけ幻を作ったとしても無駄よ。その齢でそれだけの幻を造る事が出来るのは評価するけど」

「ですが所詮は幻。どれほど精巧に作ろうとも、音だけは誤魔化せない」

 巨漢と美青年の言葉にテオはどんどん顔色が悪くなる、否、絶望している。

「さぁ、大人しく貴方達の主の下まで案内しなさい。もし案内しないならばどうなるか、分かりますよね?」

「あ、うぅ…………」

 此方に斧を見せびらかしながら言い放つ巨漢の殺意にテオは恐怖で身を竦ませる。

 僕はテオを守るようにして前に立ち、三人に聞こえない様に小さな声である事を呟く。

「…………え?」

「出来る?」

「で、出来るけど」

「じゃあ後はよろしく」

「ちょっ、まっ!?」

 テオを無視して敵の方に向き直る。

「その前にさ、二つくらい聞きたい事があるんだけど」

「ほぅ? 私達に逆らうとでも?」

「違うよ。ただ死ぬ前にどうしても知りたくてさ。このまま死んだら思わず世のリア充を殺す呪物になってしまいそうなんで」

「り、リア…………? 何がなんだか分かりませんが良いでしょう。我等も慈悲が無いわけではありませんからね」

 本当に慈悲深い奴は他者の命を奪おうとしたり、脅迫したりしない。

 そんな事を思いながら敵の言葉に耳を傾ける。

「私達が貴方達を狙う理由。それはこの領域に住まう者は元々我等の領域においては奴隷だった者達なのです」

「ど、奴隷だって…………?」

 巨漢の言葉にテオは絞り出すように声を出す。

「今から約14年前の話です。我等の領域から人間、亜人種を含めて大多数の奴隷が脱走しました。尤も、加護を授かっていないものが領域内から領域外に逃げ出したところで待っているのは死。人は、亜人は加護無しでこの世界で生きていける程強くはありません。当然、逃げ出した奴隷達は死ぬ筈でした――――あの忌々しい竜が生れ落ちるまでは」

「忌々しい竜…………? リアンの事を言ってるのか?」

「ええ、貴方達が領域の主として崇め祀る幼き竜の事ですよ」

 僕の言葉に巨漢は補足するように発言する。

 話を聞いているだけで不快な気持ちになるが、何とかその気持ちを押し殺して話を聞く。

「竜とは星から生れ落ちる生命。逃げ出した奴隷達の下に偶然誕生し、そのまま彼等の主人となった。ええ、不愉快な話ですとも。奴隷ごときが人間として自由を謳歌する等、我等の主もまた同様に思っています」

「でも14年は何もしなかった。何故?」

「いかに幼かろうと竜が相手ですからね。竜を殺す事が出来るのは竜のみ、戦えば勝利する事は出来ますが此方の領域の被害もバカにはならない。ましてや、我等の主の身にもしもの事があったら困りますからね。ですが、それはついこの前までの話」

「襲うデメリットよりも襲うメリットの方が上になった。もしくは、襲う意味を見つけ出す何かを発見したか」

「ええ、ええ! その通りですとも! 竜が人間や亜人に自らの血を与えて加護を授けるのと同様に、竜が他の竜の血肉を喰らえば自らの力を高める事が出来るということを発見したのです。尤も、その事実を発見したのは我等の主では無いのですがね」

「…………成程、それが理由というわけか」

 本当に聞いていてあまり良い気分になる話じゃない。

 不快を通り越して嫌悪感しか湧いてこない、出来る事ならば聞きたくない話だった。

 でも、全く無意味な話ではなかった。後でリアンから血を貰って加護を授かろう。魔法とか使ってみたいし。

「そ、そんな理由で…………オレ達の父さん達を…………!?」

「別に構わないでしょう? 逃げ出した奴隷に罰を与えるのは当然の事なのですから」

 怒りの形相に染まるテオの言葉に巨漢は淡々と言い放つ。

「…………納得できない、ってわけじゃないよ」

「か、カグヤ…………!」

 テオが此方に非難がましい視線を向けているがこれは否定しない。

 度し難いし納得なんてしたくないし、理解すらしたくない。争いを、戦争を賛美するつもりなんて無いが彼等はそれが正しい事だと思っている。

 そして領域――――国とはそういった人間の集まりでもある。

 彼等はリアンの領域を滅ぼすのは悪い事だと思ってすらないのだろう。

 戦いは好きだけど、あくまで一対一の互いの生死を賭けたものだけ。戦いたくない人まで巻き込むのは論外だ。

「ほぅ、貴女は少しは智慧があるようですね。そういえば、貴女は加護を授かっていないと…………もしよろしければ我が領域に来ませんか? 歓迎いたしますよ」

 そしてそんな僕の思いを知らないで巨漢はふざけた戯言を抜かす。

「その答えを言う前にもう一つ質問。あんたはそっちの弓を持ってる男と付き合ってるの?」

「へっ? そうですけど何故分かったんですか?」

 巨漢がそう言うと弓を持っていた男が顔を赤らめ、恥ずかしそうに振舞う。

「やっぱり、道理で僕のリア充センサーに反応するわけだ」

「そ、そこまで分かりやすく見えましたかね、私達」

「分かりやすいを通り越して隠してなかっただろ。そっちの人は僕に殺意を向けてたわけだし、鬱陶しいったらありゃしない」

「あら失礼。でもごめんなさいね。これでも隠してるつもりだったのよ私達」

 巨漢がそう言うと弓を持っている男とイチャイチャし始める。

 それを見ていたここまで何も話していない鎧を着た少女が困ったように溜め息を漏らした。

 どうやらこの少女もこの二人が付き合ってるのを知っていたみたいであるらしい。

「え、えっ? 男同士で…………えっ?」

 テオはそういった知識が無かったからなのか、酷く困惑した表情を浮かべて混乱している。

「それで答えはどうなのかしら?」

「当然、決まってるよ」

 そう言って僕は鞘から刀を引き抜く。

「当方に迎撃の用意あり――――戦争だ」

 これまでずっと不愉快な話を聞いたことによるフラストレーションから殺意を激らせ強く宣言する。

「そうですか、残念ですねぇ」

 一方で巨漢の方も全く残念そうにみえない口振りでそう言った。

 恐らく、僕が仲間になると言ったところで殺して来ただろう。まぁ、僕の方も最初から全員殺すつもりだったからお互い様だが。

「しかし、分かりませんねぇ。不利な状況であるにも関わらず、何故私の誘いを断ったのか」

「特別に教えてやる。理由は二つ。一つはリアンの身を狙っている事。リアンの敵は僕の敵だ。僕が惚れた女の命を狙ってるんじゃねぇぞ」

 この世界の事を何も知らない、こんなにも怪しい奴を助けてくれたんだ。

 それに、彼女のあんな悲しそうな顔は見たくない。

「ふふ、賢いというのは訂正させていただきましょう。貴女はただの馬鹿だ」

「馬鹿で結構。元より馬鹿なんでね。そして、もう一つが僕の前でイチャイチャイチャイチャしやがった事だ」

「…………えっ?」

 僕が言ったもう一つの説明に空気が凍り付いた。

「えっ、それが敵対する理由!? 一つ目は分かるけどもう一つも理由になる!?」

 僕の言葉を聞いてテオがツッコミを入れる。

「殺すだけの理由だ!! 僕は別に誰かの不幸を見て楽しいなんて思っているわけじゃない! ただ僕以外の誰かが幸せそうにイチャついているのが我慢ならないだけだ!!」

 リア充死すべし、慈悲は無い。むしろ僕の方にこそ慈悲があって然るべきだ。

「大丈夫。僕は差別なんかしない。イチャついてる奴、甘酸っぱい青春を送ってる奴、そしてカップルは皆等しく敵だから」

「それって全てが敵って事じゃねえか! てか血の涙を流すくらい憎いってどんだけだよ!!」

「それだけ身体がリア充を拒絶してるって事だよ」

 嗚呼、本当にここが異世界で良かった。

 元の世界だとこの衝動をなんとか我慢しながら生活してきた。だけど異世界なら、敵ならばこの衝動を我慢しなくても良いのだ。

「そういうわけで酷く身勝手な理由でお前等に八つ当たりする。なに、置いていかれるのは悲しいからね。ちゃんと両方とも地獄に送ってやるから」

 お前等二人は念入りに殺す。

 怒りと嫉妬と憎悪に燃える僕の宣言を聞いて、敵側は酷く悍ましいものでも見たかのような視線を僕に向ける。

「な、なんて醜い…………! 容姿が可憐であるからこそその醜さがあまりにも際立っている!!」

「ここまでどす黒く醜い心を持った人は初めて見た…………! 何て哀れな人なんでしょう…………!」

「…………そもそも加護を授かってないのに、どうやって私達に勝つっていうの?」

 巨漢が本当に失礼な事をほざき、美青年が憐憫の情を此方に向け、最後の一人である少女は呆れながらこの場で初めて言葉を呟いた。

 誰の心が醜いんだ。僕は純粋に僕以外の奴が幸せそうにイチャイチャしているのが心の底から許せないだけだと言うのに。

「流石に三人を相手に戦うなんて馬鹿な真似やったって勝てるわけがないとは思ってるよ。でもね、この石ころがあればお前達三人を殺せるんだよ」

「そんな石ころで何が出来ると」

「出来るよ。だからこそ、よぉく見ていた方が良いよ」

 そう言って左手に石ころを見せびらかすように持ち、宙に放り投げた。

 たかが石ころ、されど石ころ。僕の言葉もあってか三人の敵は僕達を警戒しながらもその視線は宙にある石ころに向けられている。

 どうやら、上手くいったみたいだ。

「テオ、お願い」

 その言葉を呟くと共に周囲が光で満たされた。

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