異世界の世界事情
この世界は端的に言ってしまえば竜が支配者として君臨する世界だ。
人類種、人間や亜人を含めた人類は皆須く竜の支配下で暮らしている。ごく稀に竜の加護下に居ない人類種も居ないわけではないが、長生き出来ずにすぐに死んでしまうらしい。
竜は人々の暮らしを守り、人類は竜に感謝を込めて貢ぐ。
圧倒的支配者によって加護される、それがこの世界のルール。
詳しいところは分からないが、だいたいこんな感じである。
「――――要するにこの世界では人間は竜のペット、あるい家畜のような存在って事だね」
血で汚れた衣服を清めた後、僕はリアンの領域に案内されていた。
その道中、リアンからこの世界の事情やルール等を聞き、率直に思った感想を口にした。
場所が違えばルールが違うし、文化も異なる。
だけど人間以上の存在によって管理されているというのはちょっと予想外だった。
「ええっ!? そ、そんな事は思ってないよ!?」
リアンは驚いた表情をして首を横に振る。
「別に責めてるわけじゃないよ。家畜だろうがペットだろうがどっちにしろ僕は気にしてないし」
どちらにしろ僕からしたらどうでも良い話だ。
人によってはこの事実に怒りを覚えたり、竜を敵視する人間だって居るだろう。
別にそれは否定しない。でも、結局は同じだ。
「法律だったり社会だったり、自然の掟だったり。人間なんであれ何かに縛られて生きてるんだ。この世界はそれが竜だったってだけの話だよ」
「ほ、法律…………?」
「これは絶対にやっちゃいけない、ってルールだよ。例えば、人を殺してはならないとかね」
「ああ、そういうの…………」
僕の説明にリアンは納得する素振りを見せる。
「まぁ僕としてはリアン、きみのペットにならなっても良いけどね。むしろならせて下さい」
「え、えっと…………かなり遠慮するね。人をペットにする趣味は無いから」
「流石に冗談だから本気にしないでね? 七割くらい」
「三割も冗談であってほしかったなぁ」
遠い目をするリアンと他愛の無い会話を続ける。
にしても、彼女の反応からこの世界の事をある程度察する事が出来たが、もしかしたらこの世界は――――いや、まだそうと決まったわけではない。
唯一分かる事はこれから御世話になるリアンの所はあまり良くないということぐらいだ。内的要因か外的要因、その何方かは分からないが。
「それでいくつか聞いておきたいんだけど、リアンが統治してる場所の基本的なルールってどんなのがあるの?」
「程度や状況にもよるけど殺人、盗み等他者の害に繋がる行動の禁止。人間、亜人問わずに奴隷等の他者の自由を奪う行いは禁止、とかかな?」
「成る程…………ちなみに僕はさっき三人も人を殺したわけだけど、この場合は罪に問われる?」
流石にあの状況だと罪に問われないとは思いたい。
「大丈夫。あの人達は私の領域の住人じゃないし、何より敵だから」
そう言いながらもリアンの顔は悲しそうに見えた。
「分かった。詳しいルールは後で教えてね」
流石に今は聞く余裕が無いし、と話を終わらせる。
ルールを知っているか知らないかで立ち回り方が大きく変わる。僕にとって常識な事がこの世界では非常識を通り越して、一発で死罪になってもおかしくない事だってあるだろう。
知っていた方が悪用出来たり、バレない様に破ったり出来るし、知っていて損は無い。
「…………何か、不穏な事考えてない?」
「考エテナイヨ」
「何か嘘っぽいけど…………」
「そんな事は無いよ――――そういえばさ、リアンはどうして一人でこんな山の中に居たの?」
此方に向けられる厳しい視線から逃れる為に話題を変える。
「オーパーツを手に入れる為だよ」
「さっきも言ってたけど、オーパーツって何?」
「空間の裂け目から出て来る場違いな工芸品の事だよ。大抵はガラクタしかないけど、中には凄く高く売れる物もあるから。カグヤが持ってる凄い切れ味の剣とか、炎のように波うってる剣とかね。凄く固いし、切れ味も鋭いから重宝してるよ」
「…………成る程」
リアンの言葉を聞いて、脳裏にある考えが過ぎる。
まさかとは思うが、いや、まだそうと決まったわけじゃない。
「それよりも輝夜、そろそろ到着するよ」
リアンの言葉に視線を前方に向ける。
視線の先には草木が生い茂る森の中とは違い、明確な生活感を感じさせる場所があった。
しかし――――、
「あそこが、リアンが住んでいるところ?」
瞳に映ったのは決して人間が暮らしている場所とは思えないような、廃村としか言えないような寂れた場所だった。
生活感はある、あるようにも見える。しかし、それは人が今も暮らしているという意味ではなく、かつて人が暮らしていたとしか言えないような有り様だ。
本当に人が住んでいるのか疑わしい。と、いうか本当に人が住めるのだろうか。
そう思う中、リアンは首を縦に振る。
「そうだよ。あそこが私達が住んでいる場所だよ」
+++
廃村もといリアンの領域に足を踏み入れ、改めてこの地の状況を把握する。
建物の状態は最早廃墟としか言いようの無い様な酷いもので、経年劣化と言うよりは外的要因によって壊れたのだろうと予測出来た。その外的要因が何かは分からないが、物凄い力で強引に壊したとしか考えられない。それこそ大砲の弾でも直撃したのだろうか。
「思ってたよりも三倍くらい酷いな」
完全に倒壊し、建物としての機能を果たせなくなった瓦礫を投げ捨てる。
触れただけで崩れるとは思わなかった。
そして、この領域の建物の殆どがそれと似たような感じだ。
「一体何が起こればこんな風になるんだよ」
地震雷火事親父なんて言葉を使って例えるつもりはないが、それぐらい酷い事が起こらないとこうはならない。建物が倒壊する程の激しい地震が襲い、火事が起きて全焼したならば、森の木々も焦げていたり、折れたり倒れたりしていないとおかしい。
まさかここだけ地震と火災が発生して、その上で竜巻が発生したのだろうか?
超常現象が存在するならそれだってありえないわけがない。
ただそうなるとこれが人災か、それとも自然災害のどちらかになるのだが。
「…………ダメだ。分かんね」
全くと言っても良い程に答えが出て来ない。
どうでも良い事だからと脳の片隅に追いやる事は出来るけど、明らかにこれは追いやってはいけないやつだ。
「リアン。一体何が起こればこんな――――」
分からない事はここの主であるリアンに聞こう、そう考えた僕はリアンに問いかけようとする。
だけど、リアンの表情を見て断念してしまう。
この景色を見る彼女の顔があまりにも可哀そうに見えてしまったから。
「どうしたの?」
「いや、なんでもないよ。それよりも早く人が居る所に行こう」
「う、うん」
僕はリアンの手を引っ張って瓦礫の山から離れる。
いくら友達に人でなしと評される僕でも、明らかに傷付いている彼女の心を土足で踏み荒らすような真似は出来なかった。
聞かなきゃいけないのは確かだが今聞く必要は無い。もっと別のタイミング、もっと別の場所で聞いた方が良い。
「そういやここには一体何人暮らしているの?」
「それは――――」
「リアンさま!」
話題を逸らそうとして話を切り出そうとした瞬間、子どものものと思われる甲高い声が響いた。
声がした方向に視線を向けると、そこには比較的原型を保っている建物と数人の子ども達の姿があった。
「おかえりなさいリアンさま! 怪我はないですか!?」
子ども達は我先にとリアンの側まで近寄って来る。
その数は六人で、子どもの年齢は恐らく一番年上が12歳くらいで、一番年下の子どもは4歳ぐらいだ。
「うん。大丈夫だよ。ちょっと…………うん、結構危なかったけど、彼に…………カグヤに助けられたから」
リアンが視線を僕に向けてそう呟く。
すると子ども達の内の何人かが僕の方に近付いて来た。
「ありがとうカグヤお姉ちゃん、リアン様を助けてくれて!」
「ああうん。どういたしまして――――後こう見えても僕は男だから」
「男の人なのになんで女の子みたいに髪が長いの?」
「髪の毛切るの面倒臭くて放置してたらこうなったの」
それに加えて女の子とも触れ合えたからという理由もあるのだが、それは答えなくて良いだろう。例え着せ替え人形扱いされても女の子と触れ合いたかったんだ。
欲望に塗れた思いを隠しながら小さい女の子の質問に視線を合わせて答えると、集団から外れた一人の男の子が僕の事を見ている事に気付いた。
僕を見るその目は訝しむような、不審な人間でも見るような目をしていた。
「…………なぁお前」
遠くから僕を見ていた頭にバンダナを巻いた白髪の子が明らかに警戒しながら僕に近づいて来る。
多分、男の子だろう。
「お前、一体何を企んでるんだ?」
「えっ? 何も企んでないけど…………」
「とぼけんじゃねぇ! 他所の領域出身の奴が何の見返りも無しにリアンを助けるなんてありえるわけがねぇ! 答えろ! お前は何を目的にリアンの領域に入ったんだ!!?」
警戒から敵意に変わり、男の子は槍の穂先を此方に向ける。
「意図して入ったわけじゃなく、空から降って来たわけだから」
「何ふざけた事言ってんだ! 真面目に答えろ!」
「いや、ふざけてるわけじゃなく真面目なんだけど…………まぁ信じてもらえないよね」
もし僕が向こう側の立場だったとしても、こんなふざけた事を言うような奴信じられる訳ない。
実際に同じ体験を味わえば信じるかもしれないが、だとしてもこんな事を言われても困るだけだ。
「まぁそれはどうでも良いや。ちょっと貸してね」
「なっ――――うわっ!?」
自分に向けられた槍を手に取り、男の子の手から取り上げる。
「ふむふむふむ」
「おまっ、返せぇ!」
奪われた槍を取り返そうとする男の子をあしらいつつ、取り上げた槍を調べる。
槍は木で出来た長い棒の先端に包丁を付けた、本当に簡素なものだった。ただ目を引くのは槍の穂先に付いている包丁で、包丁の刀身には日本語の文字が刻まれている。
「…………成る程、ねぇ」
どうやらリアンの言っていた通り、空間の裂け目から物が降ってくるというのは事実であるらしい。じゃなければこの槍に使われてる包丁がこの世界にあるわけがないのだから。
とはいえ、これは特に重要では無い。いや、重要ではあるのだろうが今は別だ。問題は槍に使ってる包丁がリアンが言う場違いな工芸品、オーパーツである事だ。
杞憂であれば良いのだけれど、この様子だと間違いなく杞憂じゃすまない。と、いうよりこの槍を見て疑念が確信に変わった。
「ありがと、返すよ」
男の子に槍を返してリアンの所に近付く。
「リアン。色々と聞きたい事はあるんだけど、きみが言っていたオーパーツって他にもあったりするの?」
「う、うん。空から降って来たりしたのを集めたりしてるから。大抵はガラクタだけど、一応取っておいてるよ」
「そっか。ならその集めてる場所に案内して。ちょっと色々と調べたい事がある」
「だから待てって言ってるだろ!」
リアンと話をしていると、再度男の子は槍を此方に突き付ける。
今度は首に触れるか触れないかぐらいの近さだ。
「てめぇ本当に何者だ! リアン様もこんな胡散臭い奴簡単に信じるんじゃねぇよ!!」
「え、えっと…………襲われてた所を助けてくれたから、大丈夫だよ」
「助けてくれたからって味方であるとは限らねぇよ! もしかしたら最初からオレ達に取り入るつもりで仕向けたかもしれない――――へぶん!?」
物凄い剣幕で怒っていた男の子の頭に、ゴンッという鈍い音と共に拳骨が振り下ろされる。
男の子の頭に拳骨を叩き込んだのは彼と同い年くらいの赤い瞳と金髪が特徴的な女の子で、彼女は青筋を浮かべていた。
「テオのバカ! 初めて会った人に、リアン様を助けてくれた人に対して失礼過ぎるよ!」
「で、でもアルマ! コイツ怪し――――」
「言い訳しない!」
反論する間も無く、テオと呼ばれた男の子はアルマと呼ばれた女の子の手によって、頭を地面に叩き付けられた。
「私からも謝ります! テオは昔っからこんな感じで」
「気にしなくて良いよ。むしろそっちのテオって子の懸念も尤もだから。僕だって君達の立場だったら警戒するのは当然だよ」
流石に第一印象で怪しいと言われたのはショックだったけど、でも僕としてはテオのような子は嫌いじゃない。
だからこそ残念でならないのだが。
「正直言っても信じられないと思うよ? 時空の裂け目に吸い込まれて、気が付けばこの世界に居ただなんて」
僕が自分の事情を言った瞬間、誰もが信じられないものを見るような目で僕を見ていた。
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