異世界と幼き竜

「――――凄い」

 自身を襲った三人の男達。その最後の一人が頭から血を流して崩れ落ちる姿を見て、ローブを被った少女は率直な感想を口にする。

 三人の内二人は不意打ちだったが、それでもありえない光景だった。

 魔力を生成出来ない人間が、魔力を生成出来る人間三人を瞬く間に倒したのだから。

 その事実は少女にとって信じ難いものだった。

「はい。止め」

 頭から血を流して痙攣している男の胸に、自分を助けてくれた黒髪の少女は男が持っていた変わった形状の剣を突き立てた。

 一切の容赦無く、慈悲も無く、それでいて手慣れていて、まるでいつもやっている事のようにも見える。

 それ程までに鮮やかな手並みだった。恐怖を感じてしまうくらいに。

「っ、今はそれどころじゃない…………!」

 少女は男達に負わされた怪我から来る痛みに耐えながら、最初に縦に真っ二つにされて殺された男の所に向かって這う。

 助かったのは事実だ。助けられたのも事実だ。

 あの少女が助けに入らなければ自分は間違いなく死んでいた。

 だがあの少女が自分に敵意を向けないとは限らない。

 助けてくれたのは自分の素性を知らないからだ。もし知ったなら間違いなくこの少女は敵になる。

 だからこそ、唯一自分を殺す事が出来る道具を先に確保して破壊しなくちゃならない――――。

「逃げられないくらいダメージを負ってるのなら無理して動かなくて良いよ」

「あっ」

 少女の思いとは裏腹に、黒髪の少女は真っ二つにした男の亡骸の所に立っていた。

 その手に持っているのは鉄をも両断した異常な切れ味を有する剣と、男達が持っていた牙で出来たナイフだった。

「にしても何でこんなナイフ持ってたんだろ。鉄の武器があるならこんな原始的な武器を使う必要は無い筈なんだけど」

 牙で出来たナイフを弄びながら黒髪の少女は首を傾げる。

 その様子を見て、少女は最悪と言わんばかりに顔を顰める。

 彼女が見つけるよりも先に見つけて確保したかったのに。どうする、油断している今の内に攻撃するべきか?

 いや、それで反撃されて殺されたら最悪だ。

 地に伏している中、考えを巡らせていると黒髪の少女は牙で出来たナイフを近くの木に向かって投擲した。

 投げられたナイフは一直線に進んで木に深々と突き刺さる。そしてその手に持っていた異常な切れ味の片刃の剣を地面に突き刺し、黒髪の少女は両手を上げた。

「えっと、僕はきみに危害を加える気は無いよ。むしろきみに頼みがあってね…………」

 黒髪の少女は困ったように笑いながら呟く。

「僕を助けてくれませんか?」

「…………えっ?」

 その呟きを聞いて少女は呆けた表情を浮かべた。


   +++


 助けた女の子から敵意を向けられた件について。

 どうして僕はこんなにモテないのか――――なんてふざけた事を抜かさなくても流石に分かる。殺されかけた直後に、その下手人達に奇襲を仕掛けて皆殺しにしたのだから警戒されて当然だ。

 とは言え、此方が武装解除をすれば警戒も解いてくれたが。

「――――と、言うわけで僕は現在迷子なんだよ」

 空の裂け目に吸い込まれて気が付けばここに居たこと、彷徨っていたらさっきの光景を見かけて現在に至る。

 事ここに至る経緯を全て少女に話すと、少女は何とも言えない表情を浮かべた気がした。

 ローブのおかげでよく見えないが、多分「何を言ってるんだこいつ」みたいな表情をしてるのだろう。

「信じられないとは思うけど嘘は一つも付いてないよ。と、いうか僕の方こそ夢だと思いたいくらいだよ」

「――――ううん、信じるよ」

 乾いた笑いしか出て来ない僕の嘘みたいな話を聞いて、少女は真面目な声音でそう呟いた。

「…………信じてくれるの?」

「貴方が言う空の裂け目は強力な魔力がぶつかりあった事で発生する空断っていう現象のこと。その時に生じた亀裂から場違いな工芸品、オーパーツが降ってくるのは良くあることだから。まぁ、人間が降ってきたことは今までに無かったと思うけど」

 木に背中を預けながら少女は淡々と呟く。

 その呟きを聞いて僕は考えに耽る。どうやら、僕はその空断という現象によってこの世界に飛ばされてしまったらしい。

 原因が分かった事に安堵する一方、ここが異世界なのだと明確に突きつけられた衝撃は思っていたよりも大きく、思わず溜め息を吐く。

「そういうわけだから、僕は今非常に困っている。単刀直入に申しますと、何でもするから助けて下さい。本当に何でもしますから」

 その場に膝をつき、少女に対して土下座をする。

 この世界に土下座があるかは知らないが、頭を下げて懇願する行為を無碍にするような考えをしていないと信じたい。

「…………本当に、何でもするの?」

「何でもやります。何でしたら此方も差し上げますので」

 戸惑っている少女にケーキとチキンが入った袋を差し出す。

 すると少女は袋を受け取りつつ、被っていた布を脱ぐ。

 ターコイズブルーの色鮮やかな長い髪が露わになり、少女の赤色の瞳が僕を射抜く。

「なら、私と共に地獄に落ちてくれる?」

 ローブを脱いだ彼女の姿を見て僕は言葉を失う。

 側頭部から生えている2本の捻じれた黒い角、背中から生えている竜を連想させるような一対の翼、腰の辺りから生えている黒い鱗に覆われた長い尻尾。

 目の前に居る僕が助けた女の子は端的に言ってしまえば人間ではなかった。


――――だけど、それ以上に目を引いたのは彼女の目元だった。


 目の周囲が赤く、少しだけ腫れているようにも見える。

 襲われていたのだから泣いて目を晴らしているのは当然なのだろう。でも、そうじゃない。もしそうだったなら「一緒に地獄に落ちてくれる」なんて言わないだろう。

 だから、彼女が泣いているのはそれ以外の理由。

 もしかしたらそれが彼女が命を狙われていた理由なのかもしれない。

「良いよ。地獄だろうと煉獄だろうと何処までも一緒に行くよ」

「そうだよね。会って数分も経ってない相手にこんな事言われても無理――――えっ?」

 間髪入れずに言った僕の解答に少女は間の抜けたような、困惑した表情を浮かべる。

「えっ、えっと…………本当に?」

「本当に」

「わ、私まだ何があるのかとか言ってないよ?」

「一緒に地獄に落ちてくれる、なんて言ってる時点でかなり酷い目にあう事は理解してるよ」

「なら、なら! なんでそんな考えなしに承諾できるの!? バカなの!? アホなの!? 間抜けなの!?」

「うーん…………割とそう思われても仕方がないとは思うけどね…………」

 少女の罵倒に僕は何とも言えずに苦笑いする。

 とはいえ、全く考えなしに少女の問い掛けに応じたわけじゃない。

「まぁきみの言葉に応じた理由は二つある」

「二つ…………?」

「先ず一つ目、例えきみと一緒に居たら地獄に落ちるような目にあうと分かっていても、僕はきみを頼るしかないから」

 頼る術も縋る術はおろか、この世界の事を何も知らない僕が一人で生きていける程世の中は甘くない。

「え、えっと……人里には連れて行くつもりだから私に頼らなくても」

「次に二つ目の理由なんだけど、きみに惚れたから」

「…………ん?」

 僕の言葉に少女は凍り付いたかのように固まった。

 まぁ、こんな場所でこんな状況で告白されても困るだけだとは思うけど。

 こっちの理由を口にするべきでは無かったと後悔していると、少女は困惑に満ちた表情を浮かべた。

「わ、私ドラゴン。きみは人間だよ…………?」

「見た目である程度察してたけどドラゴンなんだ。まぁ、種族の差とかは些末事だよ。僕の世界には異類婚姻譚っていう人間とそれ以外の種族が婚姻する話とか良くあるし」

「ぴぃ、きみの世界の人間怖いっ!」

 自分の事をドラゴンと言った少女は涙目を浮かべて僕から距離を取る。

 プルプルと震えながら怯えるその姿に偉大な幻獣としてのドラゴンの姿は無い、ここに居るのは単なる小動物に過ぎなかった。

「所詮物語の中でのお話に過ぎないから気にしないで」

「そ、そうなんだ…………」

「まぁ、世の中には人形と結婚するって人も居るし動物と事に及ぶ人間も居るから何とも言えないけど。あ、これはお話とかじゃなく現実の話ね」

「やっぱりおかしいよきみの居た世界!!」

 驚愕に満ちた表情を浮かべながらツッコミを入れる少女の姿を見て思わず笑いそうになってしまう。

 やはりと言うべきかなんと言うべきか、随分と弄りがいのある性格をしている。

「大分話が脱線しちゃったけど、僕はきみに一目惚れした。そしてきみの心の底からの笑顔を見たいと思った」

 それだけで地獄に行くには十分過ぎる理由だ。

「…………本当に、一緒に地獄に来てくれるの?」

「男に二言は無いよ。地獄から救い上げるのも、逆に周囲を地獄よりも酷いものに変える事だってやってあげる。それがきみの望みだと言うのなら」

 その場で跪き、少女の手を取る。

「だから色々と教えてください。この世界の事を、貴女がどうして泣いてるのかを」

「…………うん、うん…………ありがとう」

 両の瞳から大粒の涙を流しながら少女は僕の手を握り返し、何度も首を縦に振るう。

「それじゃあ自己紹介といこうか。僕は星乃輝夜、15歳だよ」

「私は、私はリアン。14歳で、ドラゴンです」

 涙を流しながらも、少女、リアンは笑みを浮かべながら名を言った。

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