転移早々に厄介事
「確かに異世界に行きたいとは言ったけどさ。まさか現実になるとは思ってなかったよ」
見覚えの無い森の中、刀で木々に傷をつけながら練り歩く。
本当、神様が居るとするならソイツは間違いなく意地悪な奴だ。彼女が欲しい、女の子と付き合いたいという願いじゃなくて異世界に行きたいなんていうネガティブな時に口にした戯言を叶えるのだから。
「それにしても本当にここ何処なんだろう?」
その場で立ち止まり、改めて現状の把握に努める。
先ず、空に浮かんでいる月が二つある事から、ここが地球日本で無い事は間違いない。
クリスマスだというのに寒くないのだから。
ただそれだけでここが異世界だと決め付けるのは少し早計かもしれない。僕をこの森の中に飛ばしたあの裂け目のせいで月が二つに見えるようになっただけなのかもしれない。もしかしたら自宅の近所ではないだけで隣町にある山の中なのかもしれない。
そんな楽観的な考えが脳裏に過る。が、視界の端に映り込んだものを見てその考えを否定する。
「…………間違いなく地球じゃないよね。異世界、もしくは別の天体か」
視界に映り込んだものは一匹の生き物だった。
僕の知っている生物、兎に非常に良く似ている。と、言うよりもある一点を除けば兎としか言いようが無い生物だった。
ただ一つ違うところがあるとするならば、その兎には一本の角が生えている事だ。
「奇形、って感じじゃなさそうだね。不自然さが無い。まるでアルミラージみたいだ」
角が生えた兎と言えばアルミラージという幻獣を連想する。
あまり詳しくは知らないから断定は出来ないけど、確か人間にも襲い掛かるくらい気性が荒いと言われていた筈だ。
まぁあの鋭い角という武器を持っているなら敵に対して攻撃的になってもおかしくはない。
「でも伝説のアルミラージのように気性が荒くは…………」
角の生えた兎、仮名アルミラージは僕に敵意を向けていた。
「あるみたいだね。気性が荒すぎるにも程がある」
人間の味を知った動物なら兎も角、野生動物は見知らぬ相手を見た時警戒こそすれどここまで激しく威嚇はしない。
威嚇をしたとしても、敵意を向けるには距離があり過ぎる。
最初から目についた動物に襲い掛かる、狂犬のような生き物だ。
「襲ってくるなら殺す」
人間の言語が理解出来る知能があるとは思えないが一応警告し、刀を強く握り締める。
戦わないなら殺さないが、戦うなら殺す。
僕が知っている生物じゃないから、もしかしたら急所をついても死なないのかもしれない。とはいえ、身体をバラバラにすれば流石に死ぬだろう。死ななくても行動不可能になる筈だ。
「…………」
アルミラージは此方に攻撃を仕掛けるのを止め、僕から逃げ出した。
僕と戦っても割にあわないと判断したらしい。
戦わなくて良かった事に安堵しつつ、あの角欲しかったなぁと少しだけ残念な気持ちになる。
機会があれば手に入れたいものだけれど、その機会が訪れるのか。
宛ても無く彷徨って、このままいけば遭難して餓死、もしくは凍死する。目印を付けて歩いているし、獣道を探して歩いたりしている。
だが人が居る所に出られる気がしない。
「本当に困ったな」
異世界に行くなんて馬鹿げた望みを叶えるのなら、もう少し優しくしてくれても良いのに。
そう思いながら木に登って上から周囲を見渡そうと考えた、その時だった。
――――女の子のものと思われる声が響いたのは。
「人の声…………こっちか!」
声が聞こえた方向に視線を向けて走り出す。
今聞こえた声はどちらかと言えば悲鳴のように聞こえた。
もしかしたら猛獣に襲われているという危機的状況なのかもしれない。
この森から抜け出せるかもしれないんだ。折角のチャンスを逃してたまるか。
森の木々や不安定な足場を転ばないよう全力で疾走。そう時間も掛かる事無く声がした場所に到着し、茂みに身を潜める。
その場に居たのは一人の少女と、その少女を取り囲む三人の男だった。
女の子の方はローブを深く被っており素性は分からない。ただ隙間から見える顔立ちは整っており、かなりの美少女だ。
髪の色はターコイズブルーで瞳の色は赤。明らかに冷めているとしか思えないような色合いだが、その髪の色に不自然さは無く、地毛である事が窺える。
ただ怪我をしているのか、木を背に預けて座り込んでいる。
対する男三人はどう見ても一般人ではなかった。
動物の皮で出来た鎧、レザーアーマーを着込んでおり、その手には何かしらの動物の骨か牙を加工して作ったと思われるナイフや、鉄製の剣といった武器を手にしている。
「…………ようやく追い詰めたぞ」
ナイフを手に持った真ん中の男がそう言い放つ。
すると右隣に居た剣を持っている男が神妙な面持ちで真ん中の男に話しかける。
「油断するな。追い詰めたとはいえコイツはアレなんだ」
「そうだぞ。コイツはオレ達の主と同じなんだ。例え子供だったとしても警戒して損はない筈だ。それに、誰が見ているか分からないしな」
右隣の男の言葉に左に居た男も同意し、気をつける様に真ん中の男に注意する。
それを受けて真ん中の男はナイフを強く握りしめる。
「ああ、分かっている。手負いの獣が一番怖いからな」
その言葉から察するにこの男達三人は少女の命を奪おうとしているらしい。
異世界に来たばかりだというのにとんでもない光景を目撃してしまった。
とてもではないが現代日本では考えられない光景に戦慄する。その事実に驚愕しつつ、ケーキやチキンが入った袋を地面に置く。
「さて、と…………」
刀に強く握り締め、身を屈める。
ここで飛び出して少女を殺そうとしている男達を止めようとするのは間違いなく愚策だ。此方も武器を持っているとはいえ、相手も武器を持っているし三人も居る。
身長、体格、体重、そして人数。全てが劣っている僕があの男達を止めようとしたところで返り討ちにされるのが関の山だ。
でも、目の前で苦しんでいる女の子を見殺しにするなんて真似、僕には出来ない。
ただ問題は僕にその覚悟があるかどうかだが――――、
「考えてる時間なんか、無いよね!」
今にもナイフを振り下ろそうとしている男を見て、考える事を放棄する。
そして僕は勢い良く茂みから飛び出した。
「チェストォおおおおおおお!!!」
大声で叫びながらナイフを持っている男に向かって刀を振り上げて突貫する。
「なっ――――」
奇声を上げて突っ込む僕に男達三人は少女から此方に視線を向け、驚きの表情を浮かべる。
防御はおろか回避行動を取る時間を男達から奪い取り、十分過ぎる程の明確な隙を生み出した。
突っ込みながら真ん中のナイフを持った男に刀を振るう。
刃は男の眉間に吸い込まれるように振り下ろされ、その身体を縦に真っ二つに両断した。
左右に分かれた男だったものから溢れる血と臓腑を全身で浴びながら刃を返して右隣に居た男に斬りかかる。
「ッ、ぐ――――!?」
仲間が殺された事で正気を取り戻したのか、あるいは衝撃が強すぎて冷静になったのか、右隣の男は剣を盾にして僕の攻撃を防ごうととする。
咄嗟の判断としては悪いものじゃない。むしろ最良にして最善のものだ。
だがこっちの刃物は世界最強の剣、日本刀だ。その切れ味は肉を切り裂き骨を断ち、使い手次第では鉄すら両断する――――!
「がっ」
剣を切り裂き、そのまま男の首を刎ねる。
「らあっ!!」
右隣の男の首を刎ねた勢いのまま刀を振り回し、左隣の男の首も刎ねようとする。
しかし、左隣の男は時間と余裕があったのか、後方に跳ぶ事で紙一重で回避する事に成功した。
「…………出来れば今ので仕留めたかったんだけど」
世の中そう甘くないって事か、僕が女の子と付き合えないのと同じように。
首を失った男を背にし、降り注ぐ血の雨を浴びながら唯一生き残った男に視線を送る。
男は既に態勢を整えており、此方に剣を向けて構えている。
「よくもやってくれたな、小娘」
静かな物言いながらもその口調は明らかに怒気を含んでいる。
当然と言えば当然だ。奇襲を仕掛けて仲間を二人も殺したのだから。とはいえ、僕にとって全く興味も関心も無いので無視する。
「ふぅ…………」
初めて人を、それも意図して殺した。
その事実に恐怖するのか、それとも自分のしでかした罪の重さに苛まれるのかと思っていたが驚くほど平静だった。
興奮状態だから何も感じてないだけなのかもしれないが、今はその方が良い。
罪に苛まれて動きが鈍ったら殺されるのは僕で、後ろの女の子も殺されるのだから。
「後ろのお嬢さん。大丈夫ですか?」
背後に居る女の子に話し掛ける。
「あ、あなたは…………」
「動けるなら早く逃げた方が良いよ。無理そうなら少しでも遠くに避難して」
女の子にそう告げながら僕は男が持っている武器を注視する。
あの剣、刀身が炎のように波打っている。確かフランベルジュという剣だっただろうか。刀身が波打っているせいで、それに傷を付けられたら治りにくくなってしまうという殺傷力の高い武器だった筈だ。
先にこっちを仕留めるべきだった。自分がした選択を後悔する。
「貴様…………何者だ?」
フランベルジュを構えた男が僕に問いを投げてくる。
「奇妙奇天烈な装いをして…………明らかにこの国の人間じゃない。なのに何故それを守る」
「女の子を守るのに理由が必要なの?」
「…………頭がイカれてるのか、ただ単にバカなだけか。いずれにせよ、背後から奇襲するような卑怯な手を使ったんだ。楽に死ねると思うなよ」
「はっ、女の子相手に多人数で襲い掛かってる奴が卑怯と吐かすか。僕が卑怯ならお前達は卑劣だな」
互いに殺意を含ませながら言葉を交わし、次の瞬間には此方の日本刀と彼方のフランベルジュが火花を散らしていた。
刃と刃がぶつかり合い、甲高い金属音が鳴り響く。
ただやはりと言うべき向こうの方が有利なようで、拮抗は一瞬で終わり僕の身体は吹き飛ばされた。
いや、明らかにおかしい。力が強過ぎる。
人間の力とは思えない、まるでヒグマのような巨体を持つ生物みたいだ。
宙を舞いながら態勢を直して地面に着地する。
「…………成る程、魔力を使ってないと」
僕をぶっ飛ばした男は何かを考え込むような表情を浮かべる。
「貴様、加護を授かってないな」
断言するような物言いで男は僕に視線を送る。
もしかして異世界にある謎の力、謎パワーの事を言っているのだろうか。魔力って言ってたから多分そうなのだろう。
出来れば僕がその謎パワーを持ってないって事で、油断してくれると凄く嬉しいんだけど――――。
「お前は加護を授かってない身でありながら人間の身体ならば容易く両断し、鉄をも斬ることが出来るということか。この化け物め」
そう上手くはいかないみたいだ。
男が此方に向けている視線が人間のそれから化け物でも見るような視線に変化した。
今の鍔迫り合いで負けた僕に対しそんな視線を向けるのか。そこは思いっきり油断するべきだろう。なのにどうしてそこまで警戒されなくちゃいけないんだよ。
「本当に厄介な…………」
ゲームや漫画とかだと序盤の敵は雑魚が相場というだろうに。
チュートリアルで出て来る敵がこんな油断も慢心もしない強い奴とかクソゲーにも程がある。
まぁ現実だからそれも当然か。世界がクソゲーじゃなかったら僕にだって今頃彼女が出来ているだろうし。
でも――――、
「少し楽しくなってきた」
命懸けの戦いは心が躍る。戦う相手が僕より強ければ猶更だ。
「じゃあ、そろそろケリつけようか!!」
男に向かってそう宣言し突っ込む。
地形を把握していない以上、長期戦は間違いなく此方の不利。
ならば短期決戦で相手を殺すしか勝ち目は無い。
「そんな単調な動きで勝てると思ったか?」
男は剣を構えて、突っ込む僕を迎撃する構えを見せる。
そして刀を振り上げて男を両断するよりも先に、男が僕に向かって刃を振るった。
「舐めるなっ!!」
「舐めて、無いよ!!」
腹部に迫る攻撃を、姿勢をそのままに後方に跳躍する事で回避する。
接近する僕を迎撃しようと振るわれた刃は空振り、明確な隙を生み出した。
「僕の狙いは最初からこっちだ!」
足に力を込めて強引に前に出て、男の腕を斬り落とそうと刃を振るう。
攻撃を空振った男はなんとか僕の攻撃を防ごうと刃を振るおうとするが、どう足掻いても間に合わない。
「これで終わりだ!!」
そして僕の攻撃は男の腕を斬り落とす――――事は無く、その途中で甲高い金属音を立てて止まった。
まるで何も無い虚空に金属で出来た何かがあるかのようだった。
「…………っ」
一体何が起こったのか、それを理解する間もなく男が刃を振るう。
「残念だったな。オレの勝ちだ」
「――――それはどうかな?」
攻撃が僕に届くよりも先に足に力を込めて跳ねる。
僕の攻撃を防いだ虚空の、異世界の謎パワーを利用して棒高跳びの要領で跳躍する。
男が振るったフランベルジュの斬撃は誰にも当たる事無く、空を切った。
「なっ!?」
「今度こそ、これで終わりだっ!!」
驚きに満ちた表情を浮かべる男の頭部に向かって、空中を一回転しながら刀を振り下ろした。
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