cling to

野原想

cling to

平凡な男子高校生である俺の人生は、すごく面白い。だから今日はそんな俺の人生の一部を紹介しようと思う。まぁ、誰にというわけでもないけど。


7時2分、起床。平凡男子高校生である俺の朝は早くも遅くもない。まぁ、大体このくらいに起きる。ちなみに俺は目覚ましを使わずとも同じ時間に起きられるタイプだ。睡眠時間も至って平均的。6時間から7時間程度と言ったところ。布団から出てカーテンを開けて少し降っている雨に気分が重くなったところでトイレを済ませて洗面台に向かう。ここで家の固定電話に着信がある。現在時刻は7時15分。便利なスマートフォンをいう文明の力が存在するこの時代に、あいつは毎朝、あいつの家の固定電話から俺の家の固定電話に電話をかけてくる。

プルルルル…プルルルル…、最近は映画だってアニメだって電話をこの音で表現することはないが、俺の人生においてはこれで正解だ。

ガチャ、

「あ〜もしもし〜?」

いつも通り、寝ぼけたあいつの声が聞こえる。

「はよ、」

「飼ってたサボテンの〜ロシア丸が死んだから〜迎えに来て〜」

無駄にふわふわとしたこの喋り方にももうすっかり慣れてしまった。

「情報量が多いな…。行くからちゃんと家の前に居ろよ」

「は〜い、どういたしまして〜」

プツッ、

要件は決まっているあいつからの電話に出ることも俺の日課になっている。

あ、その要件というのは、登校時、歩くのもチャリに乗るのも駅まで歩いて電車に乗るのもめんどくさい自分を俺に迎えに来いというもの。図解するまでもない、野郎が野郎を迎えに行って二人乗りを晒しながら正門を通過する。ちなみにだが、クラスメイトに固定電話を使う理由を聞かれた時、「あれだよ〜、女の子に連絡先聞かれたりするのが〜めんどくさくなったからね〜高校入ってちょっとで川に投げたの〜」という返事をしていた。まぁ、ムカつくがあいつがモテるというのは事実なので、俺は何も言わなかった。


7時45分、普通の朝ごはんを食べて普通の制服に着替えて普通の自転車に乗ってあいつの家へ向かう。ちなみに母さんも父さんも早い時間に家を出てしまうのでこの時間にはいつも俺一人だ。俺のモノローグが無駄に長く蛇足が多いのは、よく喋る母の影響だと思われる。家を出て数分、目にかかる前髪を何度も避けながらあいつの家へと自転車を走らせる。と、ここで気づいた事がある。傘を忘れた。これまでの雨の日は俺が傘を一本持っていけば後ろに座るあいつが勝手に使って問題解決だったと言うのに。やってしまった、まぁ、こんな日も、あるか…。


8時4分、あいつの家に到着。雨のせいでいつもより少し時間がかかってしまった。

「や〜や〜、よく来たね〜。傘はどうしたのかな〜?」

「悪い、忘れた」

「しょうがないな〜、じゃあ自分の持って来るから〜待ってて〜」

そう言って傘を取りに戻るこいつの声のトーンが変わったことにだって、俺は気づくほどだ。



「…雨、大丈夫か」

8時8分、雨で走りづらくなった道路を見据えながらペダルを漕ぐ。俺の鞄を敷いて自転車の後ろに座っているこいつはやけに楽しそうな気がした。

「ん〜僕は大丈夫だよ〜。いつもだけどさ〜そっちこそ、風邪引かないでよ〜?」

「俺は、大丈夫」


8時26分、なんとか正門前にたどり着く。正門を通る前に一度自転車を止めてこいつをおろすが、いつも通り同級生やクラスメイトに冷やかされる。

「こんな天気でも二人乗りとか仲良すぎかよ〜!」

「また一緒に来たの〜?かわい〜!」

「よっ!お似合いさん!」

そんな言葉に笑顔で返事をするこいつを、俺はどんな気持ちで見ていたらいいんだろうか。

「お似合いだって〜!いっそ付き合っちゃう〜?」

「…冗談言え」


9時55分、1限目が終わり俺は自分の頭の中がグラグラと揺さぶられているかのような感覚に襲われた。やっぱり、朝ずぶ濡れになったのが良くなかった。同じクラスのあいつをみっけて眺めていると、あいつは具合の悪い素振りも見せずに友達と談笑している。身長も低めで声は高め。少し中性的なその容姿とあのふわふわとした喋り方が男子にも女子にもウケているらしく、いつ見たって誰かしらに囲まれている。こういうところ、非常にムカつくがあいつらしいと思ってしまえばなんともない。


12時00分、お昼休みのチャイムが鳴っていつも通りあいつが菓子パンを持って近寄って来る。

「ご飯食べよ〜」

ガタリと立ち上がって、保健室にでも行こうと席を離れた。

「悪い、俺ちょっと具合悪いから保健室行くわ、他の奴と食って」

視界がぐらっと歪む。ズキズキと痛む頭を押さえながら教室を出ようとすると俺よりも小さいその肩がぐいっと俺の体を持ち上げた。

「無理」

いつもより少し低いこいつの声に驚く間も無くガタリと崩れた。


アニメや映画で何度も見た、体調不良や怪我で意識を失って目を覚ました時には白い天井、というやつ。実際に体験してみると、まぁこんなもんか、という感じだな。保健室のベッド、カーテンが閉まりきっていて周りの様子はわからない。今は何時で、どのくらい寝てたんだろうか。スマホも持っていなければ起き上がる気力もなく、無気力なまま数度瞬きをした。体は熱いのに手足はなんとなく冷えていて、肩や腹の怠さを感じた。

シャッ、と横のカーテンが開いて見知った顔が俺を見下ろす。

「生きてんの?」

「あ、ごめ、生きてる生きてる」

「言ったよね?風邪引くなって」

そのまましゃがみ込んで俺の顔にぐいっと近づいてくるこいつの顔は、なんかこう…。

「僕に可愛く命令されたいって言うからそうしてやってんのにさ、何寝込んでんの?」

「あ、いや、ほんと、ごめ、大丈夫だから、」

「バラすよ?」

「え、」

「お前が、僕のこと好きなんだって、皆にバラすよ?」

片方の口角をあげてニヤリと笑うとふわっと立ち上がった。

「僕もね〜こんなことがしたいわけじゃないんだよ〜友達ごっこは楽しいしね〜」

さっきの低くて毒のある声や表情は嘘だったのではないかと思わせるいつも通りのこいつの笑顔に心臓が跳ねる。

「僕も都合いいからまだいいけどさ〜。スマホまで捨てたんだから〜いつか覚悟しといてよね〜」

この目に見られると何も考えられなくなって頭がビリビリと痺れる。


14時58分、カーテンの隙間から見えた時計はそんな時間を指している。俺の視界を奪うように俺の頬を掴んだ俺より小さいその手に、俺は何を思えばいいのだろうか。

「僕の言うこと〜聞くんだよね〜?」

聞き慣れた声がこう言って笑った。

ほら、平凡な男子高校生である俺の人生は、こんなにも、ゾクゾクして、面白い。

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