第六幕:修羅の剣①

第六幕:修羅の剣


   一


 簡単ながら石を積み上げて玉櫛の塚を作った天晴と錬は、律を背負い、山を下りた。

 近隣の村まで辿り着くと、かなりの騒ぎになった。いきなり血まみれの妖狐を担いだ血まみれの人間が妖狐の女と現れたのだ。当然のことだろう。

 村では圷砦での激闘で、ついに秀嗣が泰虎を討ち、勝利した話が広まっており、安堵と歓喜に沸き立つ最中だった。最初こそ村人も警戒したが、泰虎の天狐族狩りは知っており、律と錬はそれから逃げてきたのだと解釈してもらえ、手厚く迎えてくれた。村で一人という医者にも診てもらうことができ、律は何とか一命をとりとめる。

 と言っても片腕はすでに壊死しており、全身に打撲や裂傷。おまけに片目が潰れていた。死んでいてもおかしくはないのだが、彼自身の生命力の高さから何とか命を繋いでいるとか。

 天晴と錬は、看病を受ける律の容態を確認すると、村人に預けて出発する。


 すでに戦いは終わり、今は泰虎派の残党狩りが行われているらしいが、天晴達は難なく卯ケ山城へとたどり着けた。

 大門を通る際は、藤原の命によって天狐族を連れてきたサムライ、ということで、天晴が一計を案じた。これが意外とうまくいき、錬も驚く。

「天狐族狩りはもう終わっているはずなのに……」

「考えてもみろ。天狐(あまぎつね)の復活には多くの天狐族が必要になる。大々的にはできなくとも、続けているはずだ。それに上の者の名前を出されたら、ころっと信じてしまうもんだ」

「そんなもんですか」

「何、任せておけ。隠密に関しては並ぶ者はないと自負している」

 天晴には似合わない隠密の単語に、錬は驚きを隠せない。

「天晴さんって派手なことが好きなんだとばかり」

「もちろん好きだが、俺だって時と場合を考えるわ」

 至極真っ当なことを言われて、錬の調子も狂ってしまう。しかし、正面から堂々と、などと言われるのではないかと心配していたが、杞憂に終わりそうで胸を撫で下ろした。

 最も玉櫛との戦いで天晴も律ほどではないが、大怪我を負っている。全身に包帯が巻かれ、顔には出さないが痛いはずだ。そんな本調子でない状態で無理もできない。

「おい、そこの者達」

 進む二人に声がかけられる。振り返れば、サムライが近づいていた。

「はい、何でございますか?」

 いつもと異なり、目じりを下げて謙るような話し方をする天晴に、錬は心の中で感心した。

「このような場所で何をしておるか?」

「藤原様の指示で、天狐の者を捕えまして」

「藤原様が? 配下の者か?」

 疑うような目付きのサムライに、天晴は「へい」と返す。

「どこかで見たことがある気もするんだが」

「よくある顔でございますから。よく言われます」

「『天狐の者』とはキツネに対して洒落たことを言うではないか」

 サムライの目が厳しくなるのは、錬でも分かった。自然と身構えてしまう。

「藤原様の指示でございますから~」

 天晴は繰り返す。恐らく、これに代わる言い訳を考えていないのだ。それを悟った錬は、付いてきたことを後悔し始める。

「それは先も聞いた……ん? 待て、お前やはりどこかで、圷砦で半妖と一緒に」

 そこまで言ったサムライの顔面を、天晴の拳が襲っていた。鈍い音を立てて、鼻血を噴き出し転がっていく。

「え? え? え? なんで殴ったんですか?」

 見たことが信じられず、天晴と転がるサムライ、異変に気付き騒ぎ出す周囲を見て錬が声を上げる。

「いや、バレそうだったから。何とか誤魔化そうとな」

 参ったと頭を掻く天晴を余所に、周囲にサムライたちが色めき立ち、刀に手をかける。

「どうするんですか!」

「こうなってしまっては仕方ない。錬は隠れていろ」

「隠密、得意って言ってたじゃないですか!」

 嘘つき、と涙ながらに訴える錬に、天晴は快活に笑った。

「俺は派手な隠密が得意なのだ」

「ねぇよ! そんな隠密」

 囲んだサムライたちはついに鯉口を切った。


☆   ★   ☆


 天守部分からは篁の大地が一望できる。どんよりと厚い雲があるため見晴らしはさほど良くはないが、天気がいい日にもなれば絶景だ。

 その一角に秀嗣は立っていた。

「念願が叶いましたな」

 思いにふけっていたのを邪魔されたが、秀嗣は気にすることなく頷く。

「おぬしらのおかげよ。礼を言うぞ、千冥」

 そこには痩せている顔をさらにげっそりとさせ、生気を失いつつある千冥の姿。そして、少し離れた畳にゴロリと寝転がる狂四郎がいる。

「おぬしもな、狂四郎。泰虎の首を持ち帰り、ご苦労であった」

 ねぎらう声にも狂四郎は手をヒラヒラさせて応じるだけだ。

「あまり気になされるな。あれ(狂四郎)は玉霊の護衛を打ち損じて機嫌が悪いのです」

「左様か」

「しかし、これであなた様の当主としての地位は盤石でございます。泰虎の暴虐に多くの犠牲を払いながらもお止めになった。まさに篁の英雄。誰もあなた様を疑うものはいないでしょう」

「この世は声の大きな者の言葉が真実となるからな」

 人には見せない卑下た笑いを見せる秀嗣。

「しかし、殺生石の方はどうなっておる? 酷い顔をしておるが」

 それに対して千冥が曖昧に返す。

「はい。力を使い果たし、しばらくは動けなくなるでしょうな。しかし、玉霊の解放はできました。あとは器が戻ってくのを待っておるのですが……一筋縄には行きませぬな」

「問題か?」

「実は器となる者達とのつながりが切れました。恐らくは未完成の状態で仮面が破壊され、暴走したことが原因かと」

「あのような化け物が放たれれば騒ぎにもなろう。しかし、聞かぬとなると」

「いえいえ。器と言えどその力は大妖のそれそのもの。死ぬことはないでしょう」

「ならば良いのだがな」

 興味を失ったように秀嗣は外へと視線を戻す。

 もはや彼の目的は達成された。天狐(あまぎつね)に関しては、あくまでも烏夜衆の問題だ。

 視線を下げ、城下へと向けると何やら騒がしいことに気付く。

「何事だ?」

 呟くと同時に、爆音を立てて物見櫓の一つが吹き飛ぶ。

「これは?」

 目を見張ると、階段を駆け上がる足音が。

 血相を変えたサムライが息を切らせながら駆け上がってくる。

「どうしたのだ!」

「敵襲です!」

 荒い呼吸で聞き取りにくいがそう言った。

「何? この藩で敵対する勢力はほとんど潰したはず……どこの軍じゃ?」

「いえ、それが……一人です」

 その言葉に一同が目を丸くした。

「突然現れた武芸者が烈火のごとく城門を突破しております」

「そんなバカなことがあるか!」

「ただいま、藤原様が向かっております」

「どんな無謀な奴じゃ?」

「変わったカラクリ刀を持つ大柄な男です」

 そう言われて思い浮かぶのは一人だ。

「絶の用心棒……か?」

 顔を歪ませる秀嗣とは対照的に、狂四郎は目を輝かせて大刀を取る。

「そうこなくてはな!」

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