第五幕:修羅の剣②

   二



 銃を撃ってきた物見やぐらを薬式銃で撃ち抜いた天晴は、四方八方からの攻撃を避けつつ移動する。

 大勢を相手にするのなら、立ち止まってはならない。

 囲まれれば厄介だからだ。極力、動き続けて一対一を繰り返す。

 天晴は迫る槍を、身を捻り躱すと、そのまま柄を掴み相手を持ち上げ投げ飛ばす。そして、その槍で次の相手と戦う。

 誰も天晴を止めることはできない。

「生きておったか!」

 天守へ続く道に大男が槍を振り回して立ちふさがった。

 二ツ藤の異名を持つ、藤原藤一郎である。

「だがここまでだ。この朱槍の錆びとしてくれる」

 槍が空を切る音が響く。

「お前のような小賢しい男に用はない」

 片手で払うような仕草に、藤原は青筋を立てた。

「ならば死に方、用意せよ」

 そう言った途端。藤原の放つ闘気が膨れ上がり、ビリビリと体を震わせる。周囲のサムライが我知れずに半歩下がるほどに。

 地面を粉砕するほどの踏み込み。確かに速い。

 一気に間合いを詰め、朱槍を振り下ろす。

 が、吹き飛んだのは天晴ではなく、藤原の方だった。

 寸での所で体を捻り、槍を躱して懐へ忍び込みつつ殴りつけた。骨が砕け、肉が潰れる音を響かせ、藤原は転がる。

「義を通さんサムライなど駄馬も同然。獣に得物は不要」

 天晴は拳を振り、汚れた血を地面に飛ばす。

「き、貴様、舐めた真似を」

 起き上がる藤原の顔は血と屈辱に塗れた物であった。

「お前程度では相手にならん」

 実力者の藤原がこれほどあっさりとやられては、さすがに他のサムライも手を出せなくなる。

 今の戦いもそう。

 完全に相手は捉えたと思った攻撃が、気が付けばいなされ、逆に攻撃を受けている。不思議に思っていることだろう。

 それは天晴の『目の良さ』が起因する。天からの才と、実戦で研ぎ澄まされた技が為せる。躍るような軽快なステップで攻撃をいなし、『崩歩(ほうほ)』と呼ばれる特殊な歩法で間合いを惑わす。常に二寸五分ずらされた攻撃は空を切り、逆に天晴の切っ先がまるで決められていたかのように体へと吸い込まれる。

 攻撃を繰り出す相手からは、気付いたら天晴の姿が消えたように見えるはずだ。

 その事の気付いた者は、一人もいないだろうが。

 雄叫びを上げ、藤原は天晴へと猛進する。それをまともに受ければ、一溜りもないだろう。

「ヒヒッ! やはり、生きていたか! 嬉しいぞ」

 よく通る声と共に、天晴は背中に悪寒に走ったため身を屈めて転がった。

 影が閃光となって通り過ぎたかと思うと、天晴のそばにいたサムライの首が飛ぶ。そして、憐れにも突っ込んできていた藤原も餌食となっていた。

 血を噴き出して、崩れ落ちる体の前には異彩な出で立ちの狂四郎。

「雑魚雑魚雑魚雑魚! 邪魔だ。さぁ、存分に殺し合おう!」

 彼は所々に岩の鎧、剛磊が装着され、足には火車が、皮膚には鱗、大刀の握られる腕は数倍にも膨れ上がっている。これこそが狂四郎が力を全開した姿なのだろう。目に見えないだけで、他にも呪式陰妖紋によって様々な力が宿っている。一体、何人の亜人を犠牲にしたのか。

 一つの体に全ての亜人を詰め込んだような、複合生物である。

「なんと、醜い奴だ」

 天晴は呟く。

「より首を高く飛ばすためだ」

 嬉しそうに笑う狂四郎の目はまさに狂気に満ちている。睨まれただけで、鳥肌が立ち、恐怖と共に嫌悪が湧いてくる。

「圷砦では中途半端な結果になったが。ここではとことん首を取り合おう。高く高く、飛ばし合おう」

 狂四郎は言葉と同時に斬りかかってくる。それは圷での戦いとは比にならないほどの猛攻。これが全力の狂四郎か。あらゆる能力が天晴よりも圧倒的に上。

「キリがない」

 舌打ちをする天晴は近くに転がる藤原の朱槍を拾い上げ、振り向きざまに狂四郎に打ち据える。相対する大刀との激突で、耳がつんざく様な檄音。

 そして、槍をそのまま逆手に取ると、石垣へと投げ付けた。

「何をする気だ?」

 訝しむ狂四郎を余所に、天晴は駆け出すと石垣を蹴り、槍を掴む。そしてそのまま勢いよく石垣を上り、天守広間まで駆け上がった。


☆   ★   ☆


 広間では他と同様に大勢のサムライが控えている。そして、瞠目する千冥と秀嗣の姿も。

「ようやく、辿り着いた」

 息を整えて悠然と立つ天晴だが、猛烈な怒りを露にした狂四郎も石垣を飛び越えて着地。今にも襲い掛かろうとするも、千冥が手で制した。

「まさか、ここまで……では玉櫛を? いや、あり得ぬ。しかし、おぬし、本当にヒトか?」

 四方から突き刺すような敵意に満ちた視線も、彼には動じる要素にはならない。

「失礼な奴だ。俺は上から下までヒトの体だ」

「ヒトの身で大妖と渡り合える者など……」

 千冥は言葉を飲み込む。渡り合える者は確かに存在する。しかし、それはこのヒヨリガハラでもほんの僅かしかいない豪傑中の豪傑。神の領域に近い存在だ。

 無名の男にそんな力があるとも思えない。

「絶は、どこだ?」

 鋭く周囲を見渡す天晴だが、返答は頭上から聞こえる。

「ここじゃ」

 そこには屋根に胡坐をかく絶がいた。

「ほう。十六と言うのも、強がりではなかったか」

 見上げる天晴は変わらぬ口調でぼやいた。

 その姿はいつもの幼い容姿ではなく、四肢はスラリと伸び、幾分か大人びている。余計に玉櫛にそっくりだ。

 獣のような目を爛々と黄色く輝かせ、銀髪の髪は長く美しく、いつも隠している尻尾は四本に増えている。衣服から見える白い肌には、禍々しい邪印が刻まれているのが見えた。

「見よ、天晴。力が漲ってくる。これほど心が躍ることはないぞ!」

 カカカと盛大に絶は笑う。

「やってくれたのう。クソジジイ」

 吐き捨てる天晴に、千冥は可笑しそうに笑う。

「器は後でまた作ればよい。玉霊の解放だけでも十分じゃ」

 人を不快にさせる笑いに、一層怒気が籠る。

「して、天晴よ。何をしに来たのじゃ?」

「無論、お前を救いに来た」

 その返答に、秀嗣が唾を吐き散らす。

「助けに来た? 何をたわけたことを。確かにここまで来たのは大したもの。だが、まだまだ兵隊はおる。正気ではない。どうやって、このキツネ娘を救うと?」

「必要なら、全て斬る」

 天晴は無明の柄に手を置く。そこには並々ならぬ圧が発せられていた。気が付けば秀嗣は一歩、後ずさっている。その大言を実行するだけの能力を天晴からは感じられたから。

「分からぬ。おぬしには関わりのないことであろう」

 わなわなと身を震わせ、秀嗣は喚く。ここまで来て邪魔をされたくはない。

「おぬしは部外者。篁がどうなろうとも、妖狐が虐げられようとも関係はないはず。なぜ、そこまでするのだ。なぜ、邪魔をする。こんな連中を救って何を得る? 何が欲しい? それとも、公儀が気付いて……」

 泡を食いながらまくし立てる秀嗣に、天晴は頭を掻く。

「同じ釜の飯を食った奴に助けを求められた。それ以上に命を懸ける理由などない。それに、俺はお前にムカついている」

「……ああ、分からぬ。何を言っておるのだ? バカなのか? そんな理由があるわけがない。子供の喧嘩ではないのだ。外部の者が他の家のことに首を突っ込むことは法度のはず。それを犯せば、お家自体が厳しく罰せられる。そんな危険を冒せるわけがない!」

 取り付く島のない秀嗣に、天晴は呆れてしまう。

「どいつもこいつも、理由理由と抜かしやがる」

 小馬鹿にした笑みを浮かべるのに、秀嗣の顔は引きつった。これまで、そのような扱いをされて事がないのだろう。

「確かにお前の言う通りだ。俺にこの戦を止め、篁を救う理由も資格もない。だが、勘違いをしてるぞ。俺は他人様のお家騒動を解決しにきたわけではない」

 全ての視線を一点に集める天晴は、ゆっくりと間を空けてから言った。

「絶を、嫁にもらいにきたのだ」

「はっ?」

 一同の目が点になる。最も素っ頓狂な声を上げたのは絶だったが。

「この期に及んで、よくもそんなふざけたことを」

「ふざけてなどおらん」

 天晴は先ほどよりも大きな声で叫んだ。

「斑霧藩藩主、王来王家家が嫡男。この王来王家天晴影月が、篁藩の絶姫を嫁にもらい受ける! 此度は、その絶の家族の一大事にて、捨て置けずに手を出させていただいたまでのこと」

 周囲がどよめく。特に絶は「なに! 勝手なことを言うでない」までは聞き取れたが、それ以降はテンパりすぎて言葉になっていなかった。

 絶を嫁にするから、自分も家族の一員でその家族の問題に手出しできる。など、とんでもない暴論だ。そんな理屈が通るはずがない。

 ただ、それ以上に混乱させたのが、天晴が口にした名前。

「王来王家? どおりで剣の腕が立つ」

 黙って聞いていた狂四郎の笑みが吊り上がる。

 知っている名。むしろ、その苗字を知らぬ者などいるはずもない。扇喜幕府剣術指南役にして、斑霧藩藩主の家柄。ただし、有名なのは百鬼の役で活躍した王来王家百桜だろう。

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