第22話 フィリッパの悲痛

 その日は、表向きは晴れやかな式典に相応しいような、青空の広がる日だった。

 ハメられた、とフィリッパは怒りに青褪めた。


 目の前には、床に押さえつけられたダイヤモンドスターのリーダーと副リーダー。

 彼らと因縁があるはずのメイベルは、なぜか無感動で。どうして。フィリッパは混乱しながら、内心でうめく。


 ダイヤモンドスターが今日ここに現れた理由など、フィリッパはまったく分からない。だが、彼らと嫌でも関わったことがあるフィリッパの、わずかな反応を取られた。


 出来レース。この式典は、最初からフィリッパを断罪させるために使われていたのだ。

 クーデターが失敗に終わったのを見て、オズワルド派からうまく離れられたと思っての、これ。トーマス大神官に売られたのかと思ったが、あの男もまた青褪めている。


「この手紙は、コルート家の長子に頼まれて、わたくしが確かに認めたもの。このような惨劇が、本当の目的だったのね?」


 メイベルを放逐し、あの女が手にしていた栄誉すべてを手に入れたはずが。あともう少しで、フィリッパが生まれ持って手にしているはずだった幸せが、ついえていく。


「恐れながら、王女殿下……! わたくしは、手紙のことなど……存じ上げませぬ……!」


 声を振り絞りながら、フィリッパはもう少しで手に入るはずだった栄光が崩れていくのを、まざまざと感じていた。

 ユージェニー王女の冷たいまなざしが、フィリッパをゆっくりと見る。


「知らない? この期に及んで、どのような恥をさらすというのかしら? わたくしに、どのような理由があって、見も知らぬ彼らに、わざわざ手を差し伸べるというの?」


 王侯貴族にとって、ギルドそのものは下賤な職人階級に近い。A級ほどの実力があって、ようやく王侯貴族の噂の種になってよい、という程度のものなのだ。

 庶民には人気のダンジョン探索者だが、上流階級の者からすると、ただの野蛮野卑でしかなかった。


 むろん、貴族として義務を果たしている者たちは、ダイヤモンドスターの存在を認識している。だから当然、彼らがメンバーを一人入れ替えてから、すっかり落ちぶれているのも知っていたが、それを口にすることはない。


 今は、国賓を襲った国賊であり、その手引きを、コルート家の長子フィリッパが行った。という事実がある。


 義務を果たさず享楽にふけるだけの貴族たちはもちろん、王女殿下が用意した演目に興ずるのみである。昨日までフィリッパに優しい声をかけていようが、そのようなお遊びでしかなかったのだから、なにを思うこともなく。


 我らが麗しき、王族の御言葉のままに。


 玩具にされていると理解しつつ、いずれは、オズワルドと無事に婚姻を結べば彼らに復讐できるからと、それまで利用するのだと思っていたフィリッパは、彼らを睨みつけたい気持ちをぐっと堪えた。


 今はなにをしても、王の御前を穢すのみ。少しでも生き延びる手を探さなければならない。

 しかし、フィリッパは詰んでいた。


 口先だけでもメイベルを立てておけばよかったものを、コルート家の長子として立ってしまった時点で。

 ユージェニーは、コルート家の長子の願いを聞き届けたと言っているのだ。


「こちらにおわす御方は、先だって立国なされた国王陛下であらせられる。陛下の御意志により、わたくしの宣言式に、ひそかに参られていた。すなわち、そなたらは我が国を貶めた国賊である」

「ユージェニー様!」


「気安く我が名を言うでない! そなたは所詮、母親が下賤な身。レルムの民ではなかったのだ。近衛兵、コルート家を全員捕らえなさい!」

「お待ちください」


 フィリッパが悲鳴を上げる前に、貴族たちがもうずっと、気になっていたその人物の声が、した。


「メイベル女王」


 ユージェニーが目礼する。

 それだけで、今までと立場が異なるのだということが伝わる。

 フィリッパを筆頭に、メイベルを蔑んでいた貴族たちは青褪めた。




 メイベルは、さすがに憐みの気持ちを抱かずにはいられなかった。

 ヨルノスレルムの主となっては、冤罪などいまさら些末なもの。なにも従姉やダイヤモンドスターを断罪する必要はなかった。


 本当に。立国するにあたり人の身を捨てたメイベルにとって、不要と断ずるほかない彼らはもはや、有象無象に等しいのだ。

 たかが一人間。王侯貴族であろうがなかろうが、神と呼ばれる身になったメイベルには、どうでもよい。そのうち忘れる存在である。


 しかし隣国との良好な関係のためには、立国と即位ついでに膿を出す手伝いくらいは、メイベルにも人らしい感情が残っている。

 そもそもが、ユージェニーのため、そのための立国だ。

 そういった経緯で、アヴァルランドの貴族からすれば庶民でしかないはずの、メイベルが宣言式に参加していたのだが。


 フィリッパたちが愚かにも、性急に栄光を望んだかりに。

 メイベルは、彼女たちが栄誉を望むことを愚かとは思わなかったが、その手段の拙さは憐れんだ。


 とはいえ、そんな拙い計略に、まんまと落ちてしまっていたのがメイベルなわけだが、ある程度心を許していた侍女なのだから仕方がないだろう。手落ち程度には相手にした結果、こうもあっさりと話が進むと苦笑するほかない。


「ソフィー女王。この者らの処断、今しばし、お待ちいただけますか?」

「命を狙われたのは御身です。この場であれば、御随意に。後はわたくしどもが責任をもって、お片づけいたしましょう」

「ありがとう存じます。女王陛下」


 メイベルは目礼し、ダイヤモンドスターと元侍女を見た。

 フィリッパは顔色を悪くしていたが、後ろに控えるスーザンは、断罪の今にあっても平然としている。


 その心はいまだに分からないが、ここまで来るとスーザンの姿は感心させられた。スーザンは貴族の子女。その賢さもメイベルは知っている。少なくともこの侍女には、今の状態を理解する頭はあるはずだった。


「まず、床に捕らえられている者たちよ。伝えることがあります。そなたらの同胞、サイラス・コールドですが、彼の本名がアダン・フロワというのはご存じでしょう。パーティーキラーとして指名手配を受けています。彼はすでに捕らえてあります。わたくしのことは構いませんから、指名手配犯を匿っていた咎について、釈明があるならば考えておきなさい」


 メイベルがリオンを護衛に彼らと再会した際、サイラスの言動に違和感を感じ、オズワルドに相談すると、外様ではもっぱらの話題だったその指名手配犯に行き当たったのだ。

 周辺諸国の被害状況に曰く、その男は三角関係にあるパーティーを引っ掻きまわすのを好むらしい。


 メイベルの思い違いでなければ、今はここに居ない付与術師エンチャンターキャロル・メイズは、ここにいる副リーダー、ジャン・リークに想いを寄せていたはずだった。リーダーのバーバラ・スレイもそうで、まさに三角関係といえよう。


 メイベルは幼馴染の二人がくっつくものと思っていたのだが、話を聞いたオズワルドたち男性諸君の見解によれば、ジャンはバーバラをキープ感覚でキャロルを本命にしている、とのことであった。なるほど?

 キャロルが居ないところをみるに、案の定、のようである。


 そして襲撃を決行したバーバラとジャンは、衛士に口を強く縛られて声を出せずにいた。もがくたびに強く殴られる。

 衛士が頭を下げる。


「お見苦しいところを」

「構いません」


 話を済ませたメイベルは、二人から視線を外した。それを認めて、ユージェニーが命令を出す。


「近衛兵、彼らはもう牢屋へ下げてよろしい」

「はっ」


 次に、とメイベルはフィリッパではなく、大神官を見た。

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