第21話 偶然と凋落と計略と

 ハーフエルフのグレイスは、目の前に広がる式典前の慌ただしい様子をつぶさに見ていた。

 第一王子の婚約者に商談をふっかけた非礼を咎められるどころか、コルート家に関する持ち前の情報のお陰で王子の関心を得られ、末には婚約者からカースド・メラースの呪いを解いてもらえた。


 盗賊との関わりも、盗賊となった騎士団は古くはグレイスが所属し、また所属理由も貴族の養母が正式に騎士として所属していた縁から、という記録のお陰で、疑惑を解いてもらった結果、グレイスは密かな望みを叶えることとなった。

 栄光ある王族付きの騎士となったのである。


 孤児となったグレイスを、わざわざ拾ってくれた養母。しかし当時は女騎士への風当たりは強く、騎士団がグレイスをデミ・ヒューマンと誤認していたのもあって、ろくな思い出がなかった。

 そのせいで養母への敬意と、かの人が凛々しく勤める騎士団への憧れを、グレイスはずっと燻ぶらせていたのだ。


 グレイスにひょうきんな印象を抱いていたメイベルは、正式な騎士となって様変わりしたグレイスに目をシロクロとさせていたが、話を聞くと納得していた。

 ハーフエルフとして生まれながらに有していた、失われた魔法ロスト・マジックの力があったのも大きいだろう。真実の言葉を告げる魔法。信頼関係を構築するには力強い。


「本当に、かまわないのか? ユージェニー様は、メイベル様の護衛なら受け入れてくださるだろう」


 王子の従者にしてオズワルド王子とユージェニー王女の従弟にあたるバーナードの問いに、ハーフエルフのグレイスはうなずく。


「母の無念は晴らせた。呪いを解いてもらった上、俺の夢も叶った。これもすべてメイベル様と、オズワルド様のお陰だ。ついていかない理由がないな」


 グレイスの父親も盗賊だった。グレイスと同じ呪いで死んでいる。本来なら分かるはずもない父親のことだが、森エルフの異能を受け継いで生まれていたグレイスには、知りたくなくても知ってしまう事実である。


 運悪く人間の世界に迷い込みレイプの末に死んだ母親から生まれたグレイスは、盗賊団ともども森エルフの少女の呪いを受けて、一人だけ生き延びていた。すでに全滅しかかっていた盗賊団にトドメを刺したのが、グレイスの養母が所属する騎士団で、グレイスはその時に拾われている。


 だから、思い入れのある騎士団が盗賊に身をおとす姿は、心底、不快でたまらなかった。それを騎士団より上の立場にある者が粛清してくれたのは、グレイスにとって僅かばかりの慰みである。


 その上に、命を救われ、ひそかな願望も叶えられた。

 恩以外の他に、なにがあるだろう。


「そうか。何度も確認して悪かったな」


 バーナードは目を伏して、謝意を示した。


「構わないぜ。特にこんなゴタゴタの後だものよ」

「ユージェニー様が即位されれば、一応の目処はつく。が、今日はまだ宣言式だからな。あともうひと踏ん張りだな」

「そうだなぁ。それでいくと、お前も大変だったなぁ、ハワード」

「……まったく」


 グレイスに話を振られたハワードは、顔は無表情ながら、げんなりとした空気を発した。


「弟の浅慮にはほとほと呆れる。我がフローゼン家の恥だ」

「神官候補だったのを、神官にしてもらったのだったか?」


 と、グレイス。

 ハワードは忌々しそうに頷いた。


 神官候補ヘンリー・フローゼンは、もともとコネで大神官の小間使いをしていた。ミドルネームがトーマスなのだが、大神官トーマス・ハージーが由来である。そのような縁で、ハワードの弟ヘンリーは、大神官の忠実な僕と化していた。


「その身の上でメイベル様をあのように貶めるなど……メイベル様とオズワルド様の御慈悲がなければ、フローゼン家は取り潰しに遭っていた」

「いやいや、二重スパイが実を結んだんだろうさ。ご苦労さん」


 ハワードは頭を振る。


「まさか。二重スパイなんてそんな大層なものではない……。向こうが勝手に勘違いをしてベラベラと……語る落ちるとはこのことだ……」


 彼はそう言うが、彼の仕事は大層なものだった。

 弟から証言を丁寧に拾い、クーデターの情報を事前にキャッチした。

 この功績は大きい。


「そろそろ始まるぞ」


 バーナードの言葉に、従者はすぐに口をつぐみ、それぞれ配置についた。

 彼らにはまた役割があった。


 バーナードはオズワルドの従者にして、ウーレイン侯爵フォレイン家の者として。

 ハワードは同じくオズワルドの従者にして、フローゼン伯爵フローゼン家の者として。

 リオンは同じく従者にして、チョボア男爵サンウッド家当主として。

 グレイスは一代限りの名誉騎士のため、メイベルの従者として参列し、この式典を支えるのである。




「ヌーンヒル侯爵コルート家の御到着ー!」


 コールマンの声が上がった。

 まだ招待された貴族たちが到着する段階であるが、ここから実質、式典の始まりである。


「こちらは御当主リチャード様! 御令嬢にして長子フィリッパ様! 御令息にして次期当主フィリップ様! 後ろに控えますは、フィリッパ様の侍女スーザン様! ベルックリン子爵ユポンセル家御令嬢! フィリップ様の従者――!」


 未然に防がれたクーデターの話は、もちろん貴族の間で持ちきりだったが、同じくらい注目の的であろう侯爵家の名前と、その口上に、会場はほんの少し、ひそやかに騒めいた。


 メイベルの排斥はともかく、フィリッパが長子として名を呼ばれていた。その上で次期当主ではない。と、くれば。

 と、噂話があちこちで飛んでいく。


「ヒースト大公の御入場ー!」


 王族の入場。

 さしもの貴族たちの喋り声も、ピタっと止まる。


「守護竜の恩寵篤きアヴァルランド王国第一王子にして、光輝く広き大地を治めたる公主! オズワルド・アーサー・オーガスタス様!」


 その場にいる者たちがいっせいに傅く。貴族でない者は式典の後半で入場を認められるので、その動作に遅れる者は一人もいない。

 王族の男児に伝統の黒髪を颯爽と流し、オズワルドが入場する。


「アヴァロン公の御入場ー!」


 ユージェニーが後ろに少女を連れて、式典会場に入った。少女はレースで顔を隠している。


「神竜より賜われたるアヴァルランド王国第一王女にして、神々の恵みを与え給う公主たる王太子! ユージェニー・モルガン・アン様!」


 王族の入場のため、貴族たちは少女が気になったが、それを決して口にしない。

 そして。


「アヴァルランド女王陛下の御光臨ー!」


 最敬礼の中、オールドローズの長い髪を揺らし、女王は現れた。


「アルビアン竜王の御加護によるレルムの統治者にして、トーラス・シターン家に与えられたるアヴァルランド王国国王! ソフィー・ティティス・アレクサンドラ女王陛下!」


 そして最後に、女王の後ろに控える者の名が読み上げられた。


「女王陛下王配にしてイーグッド公爵! チャールズ様!」


 国王の配偶者が式典で一番最後に読み上げられる名前なのは、この国での伝統であった。王を支える者として、敬意を示してのことである。

 女王は上座に着くと、王祖と同じ薄紫色の瞳を貴族たちに向けた。


「今日は、我が娘、ユージェニーの王位継承宣言の式典に、よくぞ参った。クーデターの話は、そなたらの耳にも届いておろう。我が妹パトリシアの息子にして、我が甥ジェームズを、或いは我が息子オズワルドを国王にと望む者あらば、今のうちに申し出よ。話だけは聞こう」


 そう言って、玉座に座る。

 しかし、思いもよらない女王の言葉に、会場は緊張感に包まれる。

 女王は笑った。


「安心せよ、そのことで処罰はせぬ」

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