第16話 だから待っていてくれと俺(あなた)は言う
オズワルドは答えながら、リオンから聞いただろう人払いの命令を守っているバーナードに、ハンドサインで指示を出した。
「俺は、どちらも信じきれなかった。君を信じたいと思っていたし、まさか宣託が嘘だったとも思いたくなかった」
正直な答えに、メイベルは苦笑した。
「優柔不断であらせられましたか。……あなたらしい」
「分かってるよ。昔からそうだったものな。あの時も、君が貴族として立ち居振る舞いを守り、俺を立ててくれていたから、俺は王族としての威厳を保てた」
「そうですか。……なら、もし、思春期で誰かれ構わず疑ってかかっていた過去を借りと思ってくださるなら、いま返していただけます?」
メイベルはそう言いながら、期待していなかった。だから、オズワルドから色よい返事が来たのに、逆に面食らってしまった。
「え?」
分かっていたのか、オズワルドは笑う。
「いいよ、って言った。返すさ、あの時の借り」
「じょ、冗談ですよね……? だって、王家になんのメリットも……」
「君の信頼を勝ち取る方が大事だ。俺にとっては。……姉上にとっても。次期国王がそうなのだから、問題あるまい?」
「ユージェニー殿下は、その、独特でいらっしゃるではありませんか。私を信頼しつつ、私の首を切って捨てられる人でしょう?」
それは否定できなかった。必要ならば、それくらいのことはやれる。しかも、自分の手で。
ユージェニーは、メイベルのことならば、間違いなく自分の手で直接、片づけるだろう。
懐に入れた分、私情が深ければ深いほど、国情に基づくとき、自らの手で裁定を下したがる。それがオズワルドの姉なのだ。
「ああ、そうだな。姉上はそんな御人だ。本当のところ、王家というから姉上のことを言ったまで。俺自身には、なんら関係のないことだ……」
オズワルドは立ち上がり、メイベルを連れて森の中を移動した。
「あの、オズ?」
どこへ行こうというのか。どんどん人の目が入らないところまで手を引かれて、メイベルは警戒心を強めた。
するとオズワルドが振り向いた。メイベルの目を覗き込んで、彼女の両肩に手を置く。
「メイベル。俺は君を大切にしたい」
冗談めかして借りを返して欲しいとはいったが、メイベルは最初からオズワルドとよりを戻すことを考えていない。搦め手としか思えなくて、メイベルは言った。
「急に、信じられる話ではありません」
薄いオレンジ色のメッシュが入ったカメリア色の赤毛に、緑色の瞳。聖女たりえないメッシュに、魔女の証である配色。それがメイベルの姿。この大地の化身。
対するオズワルドは、金色の目こそ父親譲りのものだが、髪色は王家の男児に伝統的な黒髪だ。姉のユージェニーも、王家の女児に伝統的なオールドローズの淡い髪で。
彼らの母親に至ってはオールドローズのみならず、王祖と同じ
だから、オズワルドが言った、神君竜王の生まれ変わりというのが本当なら、本来敵対関係にあるアヴァルランド王家の立場では危ういだろう。生まれ変わりを自覚して神君竜王の心を持ったというのなら、メイベルを助けてくれるだろう。
アルビアン<聖なる獣>の肉体に神君竜王の魂を宿していると知って、どれだけの葛藤があっただろう。メイベルには与り知らない。
だが、オズワルドはやはり、王族なのだ。
メイベルが、コルート家の貴族意識を忘れられないように。
どんな時でも、何があっても、生まれ持って教え込まれた義務が二人を縛っている。
「そうだろうな」
オズワルドはメイベルの心情を察するように言った。
「でも俺だって、君の他人行儀が嫌なんだよ。シンプルに、君の信頼が欲しい。そのための努力を、今はどんな理由があっても惜しみたくない。たとえ君が本当に、魔王だったとしてもだ」
メイベルは呆れるしかなかった。
「子供みたいなことを言わないで。あなたは王子じゃない。たかが私の信頼一つで、王族の義務を捨てようなんてこと、」
「どちらも捨てた覚えはない」
オズワルドは吐き捨てた。
「俺の欠点は優柔不断だが、それは可能性を捨てないからだ。状況を整え直せば整合性は取れる。俺が君を好きであってもなくても、君が魔王というだけで君を斬り捨てる理由はない」
「物は言いよう!」
「普段から準備が足りていなかったからだという誹りは甘んじる!」
オズワルドとて、言葉一つでメイベルに信じてもらえると虫のいいことは考えいなかった。だから。
「だから、待っていてくれ。かならず、迎えに行くから」
唐突なそれに、メイベルは首をかしげた。
「むか、えに……?」
オズワルドは覚悟を決めた目で、メイベルを見る。
「おやすみ。あるいは、おはよう。メイベル」
呼応するかのように、どろり、メイベルの視界が崩れた。
「え、いやっ……?!」
溶けている!
メイベルは驚愕に目を見開き、そして自分が今ここに居ないことを悟った。
夢うつつ。垣根が崩壊する。
自覚がなかったそれに怖気が走った。自分が消えていく恐怖。いつの間に。だって、メイベルはいつの間に?
無意識に縋り伸ばした手を、オズワルドが手に取った。
「おずっ……」
「すぐ君のところへ行く……!」
森の中。
最後に、婚約者の真剣な表情が、メイベルの目に映った。
これでも、オズワルドには勝算があった。
神竜アルビアンに本気の一撃を入れられそうになったとき、メイベルは真っ先にオズワルドを庇ったからだ。
あの時は彼女を失くしてしまうのかと肝を冷やしたが、メイベルが現れたことでアルビアンが攻撃を止め、また神君竜王の
神竜の二柱に庇われたことは気になるものの、メイベルがこちらを完全に切って捨てていないことが分かったのは、収穫である。
「――よく分かったね」
風が吹いて、木々がなぎ倒される。
赤黒くうろこのように硬質化した身体が重い。もうひと踏ん張りだと、自由の利かないその身体を動かした。
顔を上げれば、黒竜が覗き込んでいる。メイベルと現れた竜だ。
オズワルドは竜を睨みつけた。
許さない。
「なにが、よく分かったね、か。貴様は神君竜王なのだろう。仁徳に優れたと音に聞く神が、なぜ彼女を利用する」
メイベルは意識だけが地上にあった。自分の存在が不確かなものだと気づいた時の、あの表情。
神君竜王が口を開くより先に、アルビアンが言った。
「こいつは利用していない。望みを叶えるだけ。利用したのは僕だ。それで怒っているのなら僕に言うんだな」
「同じだ。神が聞いて呆れる。たかが一人の人間を使ってまで、喧嘩ごっこか?」
「そういうお前は、時間稼ぎが終わったのか? お前も同じだ。部隊を撤退させるのに彼女を使った。その血肉が僕に連なる者であればこそ、度し難い。この僕に恥をかかせたのだと知れ」
「それだと私も当てはまってしまう」
「お前は黙っていろ」
オズワルドは鼻で笑った。
「あいにくと貴様らと違って、俺は承諾を得ている。アルビアン、我が祖国の竜神。そのことも気づけないほど堕ちたのか?」
言いながら、オズワルドはせり上がるものを吐いた。
「ゴホッ……」
血がボトボトと落ちたが、肉体がすでに赤いせいで、血の味と臭いで悟るしかない。
「アルビアン、この子の身体が危ない」
神君竜王は明らかなオズワルドの不調を見て取ると、アルビアンを見た。が、守護竜は頷かなかった。
「お前の魂だ。お前もいる。これで死ぬ道理がどこにある?」
「ああ。情けは無用だ。そろそろ教えてもらうぞ。貴様らはメイベルの正体をどう見ている。彼女を利用する目的はなんだ……!」
魔力放出で、黒髪がなびく。
オズワルドは魔法で剣を呼び出し、刃を神竜に突きつけた。
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