第15話 二柱の再会
「ぐっ!」
もんどりうってから、耳元で元婚約者のうめき声がした。
メイベルは吹き飛ばされると、オズワルドに受け止められたのだ。
「オズワルド様!」
知らない従者の声がして、気配が近づいてくる。
「リオン、人を近づけさせるな。――いいから、行けっ」
メイベルは全身の鈍い痛みを堪えながら、ゆっくりと身体を起こした。
「でんか、ご無事ですか……?」
くらくらとする頭に気をつけ、オズワルドを見る。そして。息を呑んだ。
「オズっ……」
「俺は大丈夫だ。君の方こそどうなんだ」
オズワルドは被せるように言った。
「そんな姿で!」
だからメイベルは悲鳴を上げる。
オズワルドは血に塗れていた。大きな怪我はなかったが、異様としか言いがたい。
右腕は変形し、赤黒い爪のように硬化していた。いや、右腕どころか身体が全体がそのような有様だった。完全に変質してしまっているのが右腕なので、すぐ目に入ったのだ。
「まさか、呪い?! いえ、でも、これは……?!」
カースド・メラースに至る呪いかと思ったが、最初の印象からして違った。身の内から形成されたように見える。
「一緒……」
メイベルは無意識にオズワルドの右腕をなぞった。それは地上へ上がるときに触れていた感触と、一緒だった。
「神君竜王」
呆然と呟く。オズワルドの指がぴくりと動く。
神君竜王はメイベルとオズワルドを守るように、黒竜の前に立っていた。
「同じ姿の竜……!?」
「なにが、なにが起きて!」
強大な竜神と相対して大混乱をきたす一団を尻目に、彼らは永い眠りの歳月を経てにらみ合っている。
二柱は瓜二つで、鏡を知らず敵意を向ける生き物ののように同じ動きで威嚇した。
『危なかっただろう』
『あの程度、死にはしないが、彼女を危険に晒したのは貴様だ』
グルルルル……。人間には唸り声としか聞こえない声を上げ、二柱は牽制し合う。
『アルビアンよ。アヴァルの守護竜と呼ばれた
神君竜王がそう言えば、アルビアンが答える。
『その血のみならば、そうだろう。だがあれは貴様だ。貴様の魂だ。生まれ変わっておいて、貴様の方こそ何事か』
神君竜王はうなった。
『偶然だ。分かっているだろう。あれは偶然生まれたのだ。或いは、あれが私の想いということだろう。そうでなければ、この地は滅びてなどいない』
目を覚ましてすぐ、神君竜王は自分が思うよりずいぶんと深く眠っていたことに気がついた。それだけ深淵に近づいていたことに驚きながら、その理由はすぐに理解した。
地上に、居るはずのない自分の気配を感じたのだ。
長い年月を経て、どういうわけかアルビアン<聖なる獣>の肉体を得て生まれ変わっていた。
無意識で望んだことなのか、それとも、土地神も似たような形で生まれている点から、そのような時代の流れにあったのか、土地神が生まれるから己も生まれることになったのか。
どちらにせよ、神君竜王の魂から新たな命が生まれている。
それがアヴァルランドの中枢だったので、要らない騒ぎが生まれてしまった。神君竜王によるのっとりを疑われても当然、としか言いようがない。
そしてどちらか一方を目覚めさせるために、アルビアンはメイベルを利用し、地上で囮を引き受けていた。
だが、生まれ変わりとはいえ、アヴァルランド王国の王族である。
守護竜の加護をもっとも与えられ受け継いできた一族の子供は、そのままアルビアンの子供である。
しかしアルビアンは、仇敵の覚醒を促すため、手加減せず攻撃したに違いない。
神君竜王はそこに悲しみを覚えていた。
もし立場が変わり同じことが起きていようと、痛みつける理由などなかったから。
「どうして、神君竜王の皮膚と同じものが……?」
メイベルは焼け石に水だろうと承知しつつ、オズワルドに生じているだろう苦痛を取り除こうと聖女の力を使った。
赤黒い爪に呪いの気配は感じられなかったが、人間の肉体が竜のそれに変質することは異常に違いない。そうでなければ、オズワルドが苦悶の表情を浮かべる理由がない。
「……ハーフエルフが言うには、俺は神君竜王の生まれ変わりらしい。あの竜も、似たようなことを言っていた」
オズワルドは躊躇したが、諦めて状況を説明した。
「俺たちは魔王討伐任務でヨルノスレルムに侵攻した。大神官が、君が魔王となって世界を滅ぼすと宣託があったと言ったからだ。侵攻を始めると、あの竜が現れた。まともに相手できたのは俺だけで、それもこんな有様だ。たぶん、俺が生まれ変わりだっていう、竜の部分が共鳴したんだ」
話を聞いて、メイベルは目を見開いた。
「生まれ変わり? 私をこの地上へ連れて来てくださったあの竜の神は、御自分を神君竜王と名乗ってた。分御霊のようなものかしら……」
「あれが? あれが神君竜王? あの黒竜とまったく同じ姿だぞ……!? じゃあ、俺たちと戦った竜も、神君竜王というのか? 同じ存在が、三つも!?」
勢いあまって、オズワルドはげほげほと咽た。
「だがっ、そんなことより、討伐隊を撤退させたい。手伝ってくれ、メイベル」
「オズ……」
どんな姿になろうが王子の役目を全うしようとするオズワルドに、メイベルは言葉に詰まった。
とうぜんながら魔王討伐の件は胸に鋭い痛みをもたらした。しかし、これ以上、血が無意味に流れるのも危険だ。だから、自分の心の痛みは無視して、メイベルはうなずいた。
「分かった。神君竜王がアルビアン竜王を抑えている間に……!」
オズワルドは、メイベルがすべらせた単語に瞠目すると、すぐに顔をくしゃくしゃに歪めた。
「アルビアン竜王……! やっぱりか!」
「え、やっぱりって……?」
メイベルは面食らった。オズワルドは説明する。
「王族の血に宿るアルビアンの力が、あの竜をずっと、力の源だと言っているように感じていたんだ。今の話を聞いて、確信した」
だから王族は、アルビアン<聖なる獣>とも呼ばれていた。元は神竜アルビアンが永い眠りに就いた後、アルビアンに属する獣を指して、そう呼んでいたのが由来だ。
反対にアルビアンに属さなかった獣を、カースド・メラースと呼ぶようになっている。本来は、呪いを被り、アルビアンが放つ聖なる光を嫌うようになった存在を指していた言葉だった。
「いや、それより、危うく流しかけたが……、もしや君、気づいてたのか?」
ふとオズワルドは我に返って、メイベルを見た。
メイベルは怪訝な顔で見上げた。
「何をです」
「君を、魔王だと」
それを聞くと、メイベルは嗚呼、と息をこぼした。それから、少し意地悪な顔をする。
「ええ、ショックでしたとも。その上、都合よく、わたくしを手伝わせようとして、あなたはいったい、わたくしをどうしたいのです?」
メイベルの向こうでは、竜はにらみ合ったままだった。だが今にも取っ組み合いをしそうな勢いで、危ない。
「悪かった。大神官の宣託だったが、どうもキナ臭くて、……いや。違う」
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