第14話 邂逅②
「哀れだったので、私は土地神に提案した。私が権能を使えば、キミの民はかならず生き延びる。だけど、異邦の民もこの地に生きていくことになるが、どうだろうかと。私は不器用でね、須らく許すことしか、権能を使う気がないんだ」
「土地神は、承諾されたのですね」
「うん」
土地神ごと生かせたら良かったのだろうが、その土地において最も影響を与える存在となれば、神君竜王より神格は上で、残念ながら土地神は生かせない。
「そうして、神君竜王はこの地をお治めになられた……」
メイベルは呼吸を整えた。真っ暗闇の中、気配があるように感じる方向へ視線を据える。
「御無礼を申し上げます。陛下は、なぜ私にこのことを教えてくださったのでしょう。守護竜陛下は、今は無理だと」
「キミも想像している通り、私を起こしたかったのだと思うよ。キミはカレを目覚めさせた。私も間違いなく目を覚ますと、確信できる力を持って。ここは今、カレを寄せ付けないからね。なんとしてもキミを、私の下に近づけさせたかったんだ」
「それは、私が先祖返りであることと関係があるのですね。しかし、いったい、私にどんな力があるというのですか……?」
急に、竜王の気配が、そわそわとしだした。
「カレは、キミの正体を言ったのかな」
メイベルは思い出して、首を横に振る。
「いいえ、末裔ではあれど、本当のところは分からないと仰っていました」
「そうだろう。カレはキミに対して、できる限り助けようと、したと思う。それはキミを利用するための贖罪ではない。キミが、原初の民に連なる存在だったからだ。原初に近い魂は、生まれた土地にいる限り、無垢であり続ける。私たち神にとって、そのような魂は稀有で、守りたく思う」
前振りのそれに、メイベルは別のことを悟った。
つまり、魔女を迫害していたのは昔から居た異邦の民で、当時アルビアンが守護する民ではなかったのだ。
神君竜王が言う。
「でも、アルビアンは、土地神に会ったことがないからね。それ以上のことを、読み取ることができなかった」
そして今まで、アルビアンは眠っていた。自分の民が迫害に加担しているのを知ることなく。
いや、知っていたとしても、あがめるべき土地神の存在を忘れ、原初の血を薄くしていった原住民など、かの竜にとって守る義理は一切なかったに違いない。
メイベルは先祖返りで、偶々ヨルノスの地に帰ろうとしていたから、助けてもらえたのだ。
そろそろ暗闇の心細さか、あるいは真実を知ったからなのか、どこから来ているのか分からない震えを抑え。精神が昂っていることだけははっきりと、メイベルはそっと問い返す。
「陛下はヨルノスの土地神より、この地を譲渡された……。だから私の正体が、分かるというのですね?」
神君竜王はうなずいた。
「うん。キミはただの原住民ではない。正真正銘、このヨルノスの大地から生まれた、新しい土地神だよ」
「…………はい?」
メイベルは少し、言葉を受け止め損ねた。
――いま、なんと?
「本当は、キミが自覚していたら良かったのだけれど、どうも、そうも言っていられないようだから」
神君竜王のゆったりとした声が、メイベルを通り抜けていく。
ふいに、メイベルは愕然とした。神君竜王の言葉の意味を理解して、どうしようもなく、わななく。
(私には本当に、誰も居なかったんだ……)
確信が、メイベルを一人ぼっちのがけっぷちに追いやった。
神君竜王の言葉を、嘘とは思わない。そもそも竜神のような存在は嘘をつけない。言葉に気をつけないと、呪いになってしまうから。
足場が崩れる。さっき本当に味わった崩落より、心許なさが酷かった。
「わ、わた……っ」
動揺して、押し隠せない震えが、声に乗った。
「私はっ、神君竜王にお会いし、たとえ私が魔王であっても、陛下なら私を庇護してくださるだろうと……っ、わたしは、ただ、誰に気兼ねすることもなく、呼吸を楽に、生きていたかっただけで……っ」
息苦しい、息苦しくて仕方がない生活だった。ずっと。
オズワルドのように、色んな世界を観て回れたら良かった。
土地神の生まれ変わりというのなら、どうして最初から、そのように生まれてこれなかったのだ。
メイベルは人だ。社会から爪弾きにされて、心穏やかに生きていけるものか。初めから人でなかったなら、人の心を持たず、こんな苦しい思いをせずに済んだ。
「むろん、キミが望むのであれば、私はキミを庇護しよう。キミが一生を人のまま過ごしたいのであれば、私はそれを叶えよう」
神君竜王が言う。竜にとって、土地神の願いは何よりも優先されるために。
「……いいえ、いいえ。陛下、それでは意味がありません……」
落雷の火事から、ようやくたどり着いた場所だったが、メイベルはせっかく叶えられる望みをふいにした。
「私には身に余る、ありがたいお言葉です。いままでどれだけの思いで、そのお言葉を待っていたことか……。しかし、自分の正体を知った今、陛下の御慈悲に甘んじるわけには参りません」
メイベルは気持ちを落ち着かせようと、慎重に深く息を吸った。
「ヨルノスレルムは私が守ります。アヴァルランドは私を口実に、領土を拡大させようとするでしょう。これはなんとしても阻止しなければなりません」
別の見方をすれば、正真正銘、ヨルノスレルムに繋がりのある身と分かれば、こんな嬉しいことはない。
それに、メイベルはもう貴族ではないが、貴族として生まれ育った背景が、魂の生まれ故郷といえるこの地を守ろうとメイベルを奮い立たせた。
「それなら、急がなければ」
神君竜王は暗闇の中から言った。身を起こすような気配がある。
「私が目を覚ましたからには、早々と死者は出ないだろう。だが、大地が血に濡れている」
メイベルはハッと思いだした。
「アルビアン神竜が囮になってくださると……!」
そして青褪める。
自分の民よりも、原住民が優先される。
囮と聞いたときは、あれだけ感謝の気持ちでいっぱいだったのが、今となってはなんて恐ろしい。
ヨルノスの大地が穢れては、地続きの
またさらに嫌な推測が出た。
「もしかして、さっきの地震も……?!」
「うん。アルビアンと私の魔法が下手に干渉してしまった。だから向こうも私の目覚めには気づいている。地上が片づいたら、こちらへ来るかもしれない」
竜自身は遺跡が壊れてしまっても気にならないが、メイベルは気にしてしまうだろう。
言いながら、神君竜王は自らの長い首をメイベルの横につけた。
「お乗り。私が運んだ方が早い」
メイベルのためか、ほんのりと輪郭が見える。
あまりの畏れ多さに血の気が引いたメイベルだが、四の五の言っている暇はない自覚はあった。
「失礼します……!」
「では、行こう」
メイベルが乗り上げると、神君竜王は地上を見上げその黒い翼を広げた。
その瞬間、メイベルはドリルが地中をこじ開けるかのように景色が移る。それでいて目の端から土が埋まっていく。
「わっ」
そして神君竜王の言葉通り、あっという間に地上へ飛び出たメイベルは、予想よりもはるかに酷い惨状に目を見開いた。
「オズワルド!」
それを見た瞬間、メイベルは考えるより早く身体が動いていた。魔法が使えるようになっていて、とっさに用いた転移石が発動する。
そんな実際の時間の流れに反して、オズワルドの驚愕に満ちていく目はゆっくり見えた。
「メイベル……! また、君は!!」
その驚きと、怒声が聞こえた瞬間。
助けた相手にどうして怒られるのかと不満に思いながら、メイベルの身体は衝撃に吹き飛んだ。
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