第12話 ヨルノス遺跡
気配があった。それも、大量の。
ヨルノス遺跡に入って早々、メイベルは想定外の出来事に震えた。
不退転の覚悟は、ヨルノスレルムに辿り着いたときから決まっていたけれど。
嗚呼、本当に。
自分はどうしてこうも、あと一歩考えが及ばないのだろう。
人が入るダンジョンと違って、整備されていない真っ暗闇な遺跡。当時の建築技術をたたえるように一寸の光もない。
その、天井。
なにかが居た。
真っ暗闇で姿かたちは分からない。暗闇でも目が見えるように魔法を使えばいい話でも、メイベルの直感がそれを拒否する。
それは珍客を前に静かだったが、メイベルをまったく認識していないわけではなかった。
そんなことは当たり前である。彼らは生きている。眠っているのではなく、起きていた。
メイベルは顔を上げたくなかった。杖を持つ手が震える。一歩でも前に進むのが恐ろしかった。なにがなんでも、それを見るのが嫌だった。全身の震えは避けたい。これ以上、動けなくなる。
だから。
メイベルは。
「ぎぃゃあああああああああああああああーーーーーーーーー!!!!!!!!」
身体のこわばりを解くように、奥底から絶叫を上げると、天井にうごめくそれを魔法でごっそり薙ぎ払った。
びゅおおおお、と大きく風が吹き、音という音ごとそれらを駆逐する。
「消え去れ!」
最後にトドメの一言を叫べば、風は渦を巻き、風に閉じ込められたそれは空間圧縮されるように跡形もなく潰された。
静寂が訪れる。
「ふ、ふふん……! ――荒療治!!」
危機が去ったと見えると、メイベルは片手は杖を握り腰に手を当て、自慢げにふんぞり返った。念には念を入れて結界を身の回りに張っての仁王立ちである。
「あ、あー怖かった!」
一瞬、古代種の保存とかが脳裏に過ぎったが、すぐ忘れるようにした。次があったら、固定魔法をかけようと決める。
たとえそこが人類の手によってつくられた場所だろうと、人の手が入らなくなった場所は、あらゆる野生生物の王国だということを失念していたメイベルは、遺跡に入って早々、その洗礼を受けたのだ。
「……もうやだ」
すぐにシュンとして、メイベルは小さく弱音を吐いた。
しかし不退転の身である。進むしかない。
「ああ……。さっそく魔力消費が多くなってしまった……」
その結果、周りを警戒して歩きながら、メイベルは嘆いた。
先の洗礼が怖すぎて、結界をまとうしかなくなったのだ。身を包むように結界は最小限にしているが、繊細さを要するので集中力の消耗も大きかった。
食料備蓄の要である籾の種を、恐れ多くも魔王陛下に調達してもらったお陰で食事の心配はまだないが、油断は禁物である。
(高難度ダンジョンのクリアで思い上がってた……。恥ずかしい……)
もしこれが、取り返しのつかない危険な場面での失敗だったら、詰んでいた。そういう時のための転移石でもあるが、本当だったら何個も持っていられる代物ではない。
(神君竜王にお会いするまで、倒れるわけにはいかない……!)
メイベルは喝を入れなおした。
幸いにして、夜の寝床は確保できた。真っ暗闇の遺跡なので昼も夜もないが、体内時間で、ある程度の外の時間を把握できるようには鍛えてある。
暗闇の中でも、しっかりと周りが見えるように魔法をかけているメイベルは、手ごろな石を探した。浮遊魔法で石を浮かせ、手と視線を使って臨時の安全地帯を作っていく。
メイベルは魔法を使うのに、特に魔法陣を描かなかった。たいていの魔法は視線一つで行えるからだ。
そのせいで役立たずのレッテルを張られてしまったが、当時のメイベルにはどうしようもなかった。
今でこそモンスターを相手に一人で立ち回っているが、ダンジョンに一人取り残されるまで、メイベルはフロントを張るのが苦手だったのだ。
だから怒涛の勢いでS級に上がろうとするパーティーのクエストには、わざと遅くして魔法を発動するということが出来なかった。万が一それで、誰かが死んでしまっては目も当てられない。
パーティーは、クエストを完了し報酬を受け取れば即時解散だった。
彼らが後で落ちあっていようが、二足わらじですぐに王宮へ戻る必要があるメイベルが気にすることではなく。フィリッパが折に見て集っていたようだから、それで充分だろうと思っていた。
その結果、自分の魔法を証明する機会がなく、今に至る。
(私は人を見る目がないみたいだけど、みんなは誰かの能力を見る目がないみたい)
視線は寝床に向けたまま、死角にいた小型のモンスターを気配だけで察知し、追い払いながら、メイベルは独り言ちる。
(バーバラとジャンは、攻撃型で自己強化の魔法に特化してるから、防御力が高くない。キャロルの魔法は敵を弱体化するのであって、バーバラたちの薄さをカバーするものではない。というのに)
メイベルが所属していたダイヤモンドスターは、こういう理由から敵に先手を取られる戦法を弱点としていた。
だからメイベルは、その弱点を補おうと探索技術を磨き、前衛が致命傷を負えば即座に回復させてきた。
しかもダイヤモンドスターは、前衛の敏捷が高いせいで、彼らの目まぐるしく激しい戦闘に追いつかなければならなかった。
手を使い、杖を使っていては、到底すべてに対応しきれない。メイベルはそのうち、視線だけで魔法を使えるようにした。
前者のタイプもいたには居たが、せっかちな前衛たちが味方が
(……私じゃなくても駄目だったかも)
もしかしたら、メイベルのせいで不穏な形でパーティーの寿命を延ばし、彼らを逆に不幸にしてしまっていたのかもしれない。
メイベルはそれに気づくと、やはり自分の見る目のなさに半笑いになるのだった。
*
――待っていた。
竜はひそかに、そのときを待っていた。
少女の気配に目を覚ましてから、一日と欠かさず。
王国の北が、どの国とも隣接しておらず空白地帯なのをいいことに、魔王討伐を名目に騎士の一団がやってくる。
今まで伝説への畏怖と伝統だけで守られていた神聖なる土地に、王国軍はやってくる。
竜は牙を研ぎ、そのときを待っている。
*
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