第11話 王都にて王子は対峙する
「おはようございます。オズワルド様」
「おはよう」
王都にて、見事な単色の赤毛を揺らしフィリッパが挨拶するのを、オズワルドは淡々とした表情で返した。
フィリッパの後ろで、侍女のスーザンがしずしずと控えている。
主を捨てたフィリッパは、赤金だった髪から本来のワインレッドに戻ったことで、主の悪行を糾弾した勇気を称えられ、また赤毛の差別を乗り越えた象徴として祭り上げられていた。
フィリッパは本当の顔も隠されていたため、メイベルの批判は止まることを知らない。かつては侍女だった彼女は、変装を解くと驚くほどメイベルに似ていた。
まったくそっくり、というほどではないが、姉妹と言われれば納得する顔だ。
実際のところは、メイベルの従姉にあたる。次期当主となった、メイベルの義弟フィリップの実の姉だった。名前が一緒なのは、彼らの父親こそが名前をフィリップとするからである。
コルート家の当主リチャードは、真実が明かされると喜んでフィリッパを養子入りさせ、侯爵家の正式な聖女候補に据えさせた。
その結果フィリッパは、メイベルが持っていた物すべてを丸っと手に入れたのだった。
ちなみにハーフエルフを携えてこの真実を証明し、フィリッパが侯爵家入りする最後の後押しをしたのがオズワルドである。
挨拶を返したオズワルドは、そのまま退散するつもりだったが、フィリッパが笑みを深くして口を開いた。
「正式なお礼は後ほど致しますが、先日は、わたくしの身分を証明してくださり、誠にありがとうございます。これは今しがた大神官様よりお教え頂いたことなのですが、オズワルド様自ら正義がなされた功により、大神官様は正式にオズワルド様とわたくしの婚姻をお認めになられるそうです」
しかたなく聞く姿勢を取っていたオズワルドは、寝耳に水のそれに面食らった。
「婚姻?」
「はい。婚約の契りは過去を遡り、本来がわたくしとの婚約だったと宣言がなされると同時に、とのことです。わたくし自身の話でしたので、精進の務めのあと、大神官様が、わざわざ」
オズワルドは呆れて頭を振りたかった。あまりにも突拍子もない。裏があることは明白だった。
「時期は」
夫になるはずの相手が、自分の望んだ雰囲気でないことに少し目を細めつつ、フィリッパは声をひそめ、そっと囁いた。
「おそらくは可能な限り、はやく」
そうして言葉を続ける。
「今は王宮内部で分裂している場合ではありませんから。魔王の再臨を阻止するためにも、我々は団結して事に当たらないといけません。ですから殿下は、魔女めの厄を落とし禊ぎ払わなければなりません。これは大神官様の言付けにございます」
そう言うと、それからフィリッパは瞳を潤ませる。
「かの者のことは残念ながら、コルート家の失態。一族の汚名を雪ぐためにも、どうか、わたくしにお手伝いをさせてくださいし」
よく言う。オズワルドはそう言いたい気持ちをぐっとこらえた。
「不要だ。第一、魔王討伐は君が考えることではない。大神官がどの立場なのかは知らないが、彼女は弁えていたぞ」
サッとフィリッパの表情が怒りで染まったのが見えた。
「では、時間が押しているから」
オズワルドは彼女がなにかを言う前に、今度こそ、さっさと退散した。予想外の情報を得たが、あまり気分の良い時間ではない。
「……すっかり我が物顔でしたね」
歩きながら、後ろに控えているバーナードは金目を眇めて言った。
バーナードは、オズワルドの父方の従弟であり公爵家の次男である。彼自身もまた貴族の立場な故か、フィリッパの振る舞いに思うところがあるらしかった。バーナードは生まれた時から従兄の従者となることが定められており、その自負があったのだ。
「そしてスーザンの方は、恐ろしいほど何も変わっていない……」
オズワルドもその言葉には頷いた。
「そうだな。彼女も加担しているはずだが、まるでそんな風に見えない。驚くべき淡泊さだ」
「主が誰かなどどうでもいい、ということでしょうか」
「……さあ。俺に分かると思うか?」
少し深刻な顔をしてから、オズワルドは従弟を振り返りちゃかして言うと、目論見通りバーナードは笑った。
「申し訳ありません。僕もさっぱりですが」
オズワルドは王族というかしずかれる立場から、バーナードは忠誠心から。
おかしみに笑っていたが、二人は目的地に近づくと表情を改めた。
「失礼します。遅くなりました」
実際に遅刻はしていなかったが、オズワルドは豪奢な扉を開けるとそう言った。
従者のバーナードは扉の前で立ち止まり、敬礼の姿勢を取る。扉は彼を廊下に残し、そのまま閉められた。
「おはようございます、姉上」
部屋には一人しか居なかった。窓辺の椅子に腰かけて、優美なさまである。
オールドローズのきめ細やかに整えられた長い髪がそよ風に流れ、オズワルドと同じ金の瞳はやらかく潤っている。
彼女は、ユージェニー・モルガン・アン。
オズワルドの双子の姉であり、アヴァルランド王国、王位継承順位第一位の王女だった。
「おはよう、今日も可愛らしいわね」
儚げな雰囲気の女人の口から、開口一番出た言葉がそれであった。しかし姉の本音である。
オズワルドはいつものこととはいえ内心半眼になって、実際は目礼した。
「姉上も見目麗しい限りで」
気持ちがこもっている姉とは違い、弟は中身のない空っぽの返事で、ユージェニーは残念そうに息を吐いた。
「はぁーぁ……。本当のことを言ってちょうだい。そんな社交辞令ではなくて」
ということなので、弟は率直に答える。
「髪の毛ボサボサですね」
窓辺で風があったのでオズワルドはそう言ったのだが、ユージェニーが思ったことは違った。
「起きたばかりなんだもの」
「寝坊ですか。侍女をどうして付けないんです」
「自分の婚約者のことがあって言うのかしら」
向かいの椅子に座るよう仕草をしながら、ユージェニーが言う。
オズワルドは舌打ちしかけた。
「王女の立場でなにをおっしゃっているのか」
「先に言ってきたのはあなたよ。私はここに人を置く気はないの」
あくまで穏やかな口調である。ユージェニーはおよそ淑女らしく、たおやかで品格のある雰囲気を崩さなかった。
「双子なのに、どうしてこうも違うのかしら」
「へぇ。婚約者が欲しかったとは知りませんでした」
「四六時中、付き人がついていても平気かどうかって話よ」
オズワルドは小さいころから従者が付きっ切りだったし婚約者もいたが、ユージェニーは従者を傍に置きたがらなかったし婚約者はいなかった。彼女が唯一傍にいるのを許したのが、将来の義妹であるメイベルだった、というくらいだ。
「言っておきますが、姉上の方が珍しいんですよ?」
オズワルドは呆れて言った。
「そうかしら」
ユージェニーは頷かなかったが、これ以上話題は広げなかった。そろそろ本題に入る。
「で? なにがあったの?」
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