第10話 心優しくも強大な古代の神獣②

「毛色だけで末裔と呼べるなら、お前の先祖は恐れられてなどいない。お前には力も備わっているから、僕は末裔だと言っている」


 奥歯に物が挟まったような言い方に聞こえた。

 メイベルは慎重に相手を見る。


「陛下は魔王に、私は末裔に違いなく、しかし私にかけられている魔王の嫌疑は、心当たりはあるけれど確証がないと、そういうことでよろしいですか?」


「その通りだ。お前には興味深いところがある。だが、お前が魔王であれ、それだけならお前の面倒を見ようとは思わない。お前は僕が放っておいても、一人で生きていけただろう」


「では、なぜ」

「僕がお前を拾ってしまったからだ」


 永い眠りから目が覚めて、その原因を興味本位で拾い上げた。聞きたいことがあったから、弱っている姿に、そうなった。


 だからこちらが世話をするのは、魔王が本物でも、メイベルが魔王の臣下である魔女だからではなかった。


「では、心当たりというのは。……教えていただけないものでしょうか」


 疑問が増えれば、とうぜん投げかけられる問い。しかし。


「今は無理だ」


 魔王は教えなかった。


「失礼をしました」


 承知してはいたが、メイベルはそっと目を伏せる。


「僕も聞きたいことがあるんだが」

「なんでしょう」


「ヨルノスレルムは、お前の家の領地と目と鼻の先だぞ。追手がかかるなら間違いなく、この地に侵入してくる。逃げているのなら避けるべきだったのではないか?」


 メイベルは少し笑った。


「少々油断をして余所見をしていたら、追いつかれてしまいましたから。なので、目的のためには最短コースで行くと決めました」


 その答えには一応の納得はしたが、魔王はそのほかに気になることがあったので口にした。


「なぜ復讐をしない」

「そう仰るところが、陛下が神君竜王でない証左と受け止めております」


 澄まして答える顔。


「それは構わない。だがお前のそれは理解不能だ。お前の母は、お前を生んだことで殺されたのだぞ。お前の父に」


 お前たち、という言葉を片隅に引っ掛けながら、メイベルは以前にも魔王に言われたことを思い出した。

 メイベルの実の母親が、メイベルの実の父親に殺されたことを。

 お前も気づいていただろう、とさらに言われていた。


 確かに、メイベルはうっすらとそのことを察していた。父が再婚してすぐ義母が軟禁され、そのような中で子供がなかなか生まれないせいで、父がどんどん見るも堪えない姿になっていくのを見れば否応もなく。


 そして父の弟が不摂生で病死し、父は喜んでその息子を引き取ったことで、疑念は確証に変わった。

 侯爵家のきらびやかな栄光に反して、コルートの家は陰惨だった。


 長年の軟禁で、義母の雰囲気は健康と言い難かった。軟禁から解放してくれたも同然の、義理の息子を猫可愛がりしている。そんな義母に対し、義弟となったメイベルの従弟は、困惑と心配を綯い交ぜにしつつも受け入れているようだった。言葉の綾だが。


 そのうち新しい弟妹が増えても、もはやメイベルには知らない話だ。

 それくらい、父の魔女への嫌悪は大きかった。


 女王陛下が自分の息子の婚約者に、まだ赤ん坊だというのにメイベルを指名してくれなければ、メイベルの命はどうなっていたことか。想像に難くない。

 だから復讐心の代わりに、女王陛下にはひそかに恩を感じている。


「そうは申しましても……」


 そもそも思い出したくない感情とあれば。

 メイベルが小さくため息をついて俯くと、魔王は話を変えた。


「そうか。なら、お前に不快な思いをさせた詫びだ。アヴァルから離れるつもりなのだろう? 餞別に受け取れ」

「そんな。もう十分に頂いています」

「早く言わなければ僕が勝手に加護エンチャントするが」


 魔王がそういうと、メイベルは何故かぞわっとした。


「嫌な予感がするのはなぜでしょう。分かりました有難く頂戴いたします」


 しかし準備は今日、持ってきてもらった種で整っている。すぐには、良さそうなものが思いつかない。


「……そうですね。撥水の受動効果パッシブスキルでお願いします」


 メイベルはふと、この前げんなりしたことを思い出した。

 この世界において受動効果パッシブスキルは、永続的な効果が望めない。先天的に有しているものならいざ知らず、体内で魔力を生成するのが基本の人間には魔力の分配が難しいのだ。いかに効率よく、魔力量を節約していられるかが鍵になる。


 だが、神クラスの存在から賦与されたなら話は別だ。生来的なスキルなら多くあるように、自分の魔力を使う必要がなくなる。

 メイベルは良い案だと思ったのだが、魔王は真顔で言った。


「撥水はやめておけ。事故になったら水を飲めなくなるぞ」

「え゛ッ」


 ぎょっと肩がはねた。

 水があるのに水不足で死んでしまったら、とんでもない地獄だ。あとよく考えたら、事故にならず水は飲めても、顔を洗うことが出来なくなるかもしれない。撥水だから。


「じゃ、じゃあ、どうしましょう……。あ、石です! 転移石をお願いします! 私が持っていた物と同じ物を!」

「いいだろう」


 魔王はうなずくと、あっという間に転移石を複数個も作った。

 メイベルは慌てる。


「一個だけで十分です! 一個だけで!」

「一個か。これを受け取るか、必ず石を一つか、どちらが良い」


 予想していたのか、魔王はしれっと言う。


「たくさん作ってくださり、ありがとうございます」


 またも嫌な予感がしたので、メイベルは数のある転移石の方を即答した。


「貴様の欠点は短絡的で目先のことしか考えられないところだが、今の判断は悪くなかった」

「うっ……。痛み入ります……」


 メイベルは身を縮めた。

 王都で駆使していた悪知恵も、たいていはその場の思いつきで回っていた。要はセコいことしかできないのだ。短い付き合いで魔王に諭されるくらいには。


 メイベルはこれで痛い目を見たばかりのはずだが、長年の癖とあれば、なかなか抜けきらないものらしい。だが多少は学習していて、嫌な予感はおそらく痛い目から来た警戒である。


「久し振りに目を覚ました分には、貴様は興味深く飽きなかった。今後も期待している」

「ありがとう存じます。陛下が見守ってくださっているのだと、解釈させて頂きます。魔王陛下より賜った数々の御厚意を、決して無駄にはいたしません」


 魔王はすっと身を寄せた。


「日取りの日までお前を眺めていたかったが、僕の気配はそう簡単に隠せるものではない。残念だが、今日で最後とする」


 囮になろうというのだ。

 一瞬、最敬礼と迷ったが、メイベルは深く気持ちを込めて礼を言った。少しの寂しさをおし隠して。


「どれほどの感謝をお伝えすればいいか……。魔王陛下に拾っていただいた私は、誠に幸せ者にございます」


 すると竜は、最後にやさしく笑った。


「達者であれ、メイベル」


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