第8話 どうやら呪われているらしい

「それも全部、あとで聞かせてもらおう」


 メイベルは慌てて割って入った。


「もちろん、盗賊としてですよね? この人、盗賊と一緒に居たんです」


 グレイスは苦笑した。

「さすがだぜ」


「とても重要な情報だ。レディ、教えてくれて感謝します。バーナード、後は任せた。リオンは俺と一緒に。プラトー氏を見ていろ」


「はっ」

 オズワルドが外へ向かって命令すると、闇夜から返事が届いた。


 メイベルは逃げだす瞬間を狙って我慢する。ぎゅっと杖を握った。


「レディ、あなたは私が」

「婚約者が居るんですよね?」


 顔をしかめ暗に不貞を匂わせれば、オズワルドは清廉潔白を示すように騎士然とした。


「淑女をお守りするは騎士の誉。これを蔑ろにしては、逆に怒られてしまう」


 メイベルは一も二もなく逃げたくて、ずり、と後ろに下がった。


「元って言ってませんでした?」

「我が婚約者の名誉にかけて。私は彼女に恥じない振る舞いをしているまでです」

「変に、いま丁寧になってるのも?」


「ええ」

「元なのに……?」

「元であっても」


 魔王の監視が目的なのに?


 メイベルは言葉を飲み込んだ。今は辛抱の時。どんなに焦がれたって、外堀を埋め、相手の本当の目的のために紡がれた嘘を真に受けてはいけない。メイベルがこのことを知っているということも。


「じゃあ、どうして、婚約破棄したんですか……?」

「事情あってのことです。レディ、申し訳ないがこれ以上の問答は出来ない。寒いでしょう。屋敷に着いたら暖かい物を用意させます」

「い、いいです。私、これでも、こいつら倒してますから」


 農村で見た、貴族に屈しないと睨みつけてきた子供を真似て、メイベルはオズワルドを見た。無理やり連れていこうたって、そうはいかない。


「分かった。レディ、失礼する」

「え、ちょっ?」


 オズワルドはメイベルの腕を掴み、雨の降る外に連れ出した。

 メイベルは虚を突かれ、たたらを踏んで引きづられるように外へ連れ出された。王子にあるまじき行為だ。


「ここなら心配ないだろ」


 たしかに雨風に紛れ、人の声は届かないだろう。

 言いながら、オズワルドは結界を張り、二人の身体を乾かした。水を含んだ服から水の塊が浮き上がり、外にパシャッと落とされる。


「で、いつまでこの茶番を続けるんだ?」

「いつまでも」


 メイベルは逃げようとした。見越していたオズワルドが遮る。


「どうして逃げる。火事で屋敷を離れたのは分かるが、」

「あなたが犯人じゃない保証は?」

「だったら君自身の放火もありうる」


「十中八九そういうことになるでしょうね。この盗賊集団の件だって、自作自演と言われそう」

「だいぶ捻くれたことを言う」

「なんとでもおっしゃればいい」


 メイベルは吐き捨てた。


「もう懲り懲りなのです。私は平民になりました。皆さまお好きに陰謀を重ねたら良いんだわ」

「さっき君に言った言葉は本当だぞ。俺の婚約者はまだ君だ」


 屋敷から一転して、すっかり自分に不信の眼差しを向ける婚約者に、オズワルドは言い募る。しかし、メイベルは失望した目でオズワルドを睨みつけた。


「なんてこと……! 信じられない! こんな時まで……! いくらなんでも……っ私は、そんな簡単に丸め込めると思っておいでなのですか……!」


 本当に、お互い相手のことを何も知らなかったのだと、メイベルは改めて痛感した。

 何度、何度こんな痛みを味わえばいいのだろう。長年の信頼はこんなにもメイベルの中に根付いている。不幸なことだった。


「殿下は御国の大事をなさればよろしいのです。平民となったわたくしには最早、王城のことなど与り知らない話なのですから。たかだか不審火の一つで、御国を揺るがす陰謀めいたものがあるとでも?」


 魔王のことを思えば、あるのだろう。

 だが、メイベルは知らない振りをする。だから、些末なことと扱う。


 本当は、オズワルドが他人の振りをしたメイベルに語ったそれは、どれだけ信じられたらいいだろうかと思う。


 でもメイベルは、信じない。

 オズワルドの言葉を信じない。


 ――信じない、信じない信じない……!


 オズワルドが放った甘やかな言葉など、聞くに値しないのだと。


「転移!」

「それは!」


 オズワルドは目を瞠る。

 メイベルは虎の子の転送石を持ち出した。使いどころはダンジョンになると思っていたのに想定以上に早い使用になったが、仕方がない。


「メイベル!」


 オズワルドが手を伸ばす。


 ――さようなら、オズ。


 口だけを、動かす。

 彼の手が触れるより早く、メイベルは姿を消した。


***


 ——ベチャッ。

「…………」


 メイベルは森のどこかに現れると、そのまま倒れ込んだ。

 魔力切れである。


 急で無理な転移とオズワルドの邪魔で、ごっそり魔力を持っていかれてしまったのだ。危険な地域でしか使用を考えていなかったメイベルの失敗だ。


「…………あーー」


 雨が通った後なのか、地面はぬかるんでいた。撥ねた泥が顔にかかっている。口にも入ったかもしれなかった。


「……ダサ」


 メイベルは乾いた声で笑った。せっかく逃げられたのに、身動きが取れない。勇ましく戦略的遁走をしたはずが、これでまた見つかったら目も当てられない。


 とっさに頭に思い描いた行き先と合致しているか、今すぐにでも現在の場所を把握して、遺跡へ行きたいのに。


「…………」


 メイベルは力不足に悔恨をにじませ、抗いもむなしく目を閉じた。


***


「まさかアンタも逃げられるとはな」


 メイベルに逃げられたオズワルドは、部下を回収すると町の方へ戻り、グレイスに事情を聴いていた。

 ハーフエルフは同調するように笑って、先の言葉を言った。

 オズワルドは閉口し、ため息をつく。


「その理由くらい、貴様は承知しているんだろう」

「憶測程度ならな」


 グレイスは机に腕を置き、オズワルドを見た。


「オズワルド・アーサー・オーガスタス。眉目秀麗、剣も魔法も優れてると話題の王子にして、トーラス=シターン王朝の待望の男児」

「男児なら従兄もいるが」

「当時も盛況だったぜ。あまりおおっぴらには言われなかったがな」

「我が王国は長子継承だ」


 オズワルドはうんざりと言った。


「双子だろ? 王家は誠実な産婆を揃えたようだ。惜しかったな?」

「なにが惜しいのかさっぱりだな」


 そう言って、オズワルドは侮蔑を乗せた眼差しをグレイスに向けた。


「それにしても、情報屋はそんなにペラペラと喋るとは、知らなかったな」

「どちらかといえば何でも屋だからな、俺は。長生きの結果だ」


「なるほど。長生きすると口が軽くなってしまうのか。覚えておこう」

「人間の寿命だとどうなんろうなぁ。参考になるか?」


 オズワルドは嫌そうな顔をして、グレイスは親しげに笑った。


「ま、同じ呪われた者同士、仲良くしようじゃねぇか」


 間が空いた。


「は?」

「ア? 自覚ねぇの?」

「呪いって……、貴様はなにを知っている」

「あー。いいぜ、俺もあやかりたいからな」


 グレイスはなにかしら思案した後、うなずいた。


「あやかりたい……?」


 オズワルドは怪訝に男を見遣る。

 グレイスは人差し指を立て、説明した。


「俺は呪われてる。生きている間はまだ対抗できるが、死ぬまでにこの呪いを解けなけりゃ、俺はカースド・メラースになっちまう。だから。同じ土俵にあるソレをな。コルート家の令嬢がアンタのそれを抑えてたんだ。間違いない。俺は自分の呪いを解くための情報を集めてるからな」


 オズワルドは目を白黒とした。


「メイベルは、たしかに聖女として高い資質を持っていると聞くが……」

「魔女の外見だものなぁ。でもアンタは神君竜王の生まれ変わりだろ」

「ハ???」

「だから気にせず婚約したん……ア?」


 両者は見つめ合った。


「まさか、それすらも自覚がなかったのか……?」

「……人は誰しも、何者かの生まれ変わりだと思わない」

「アンタは特別じゃねぇか」

「伝説では神君竜王を滅ぼしたのは我が王家だったと記憶している」


「滅ぼされたのではなく、眠りについただけだとしたら? 功績なんて後でどうとでも捏造できるだろ。時間が経てば、なおさら」

「このまま不敬罪で貴様を捕らえられるが?」


 魔王の再臨はメイベルだと聞かれさていたが、一瞬、事実は自分の中にあるのではないかとオズワルドは思った。


 神君竜王を魔王とも呼ぶのは、王族だけが知る歴史だ。かの竜王があまりにも仁徳で知られているので、市井の反感を鑑みて口をつぐんだ結果だ。長い年月を経て、貴族ですら忘れてしまっている。

 グレイスはかるく笑った。


「暴政と言ってやんよ。こういう時ばかりは半分エルフの血を引いてて助かったと思うぜ。からな」


 オズワルドは、深く息を吐いて腕を組んだ。


失われた魔法ロスト・マジック……。ハーフエルフなんて初めて見た」

「あの嬢ちゃんも同じことを言ってたよ。夫婦は似る者だな?」

「…………」


 オズワルドは鼻白む。

 男の言葉を無視したかったが、現状の遣る瀬無さには、どうにもならなかった。


「無駄話は終わりだ。貴様の知っていることを、洗いざらい話せ。報酬は出す」


 気持ちを振り切るように、オズワルドは八つ当たり同然に語気を強めた。


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