第7話 信じない信じない信じない
男は駄目押しとばかりに言葉を続ける。
「あいつらの様子、見てみるか? 酷ぇもんだぜ? 新しく入った奴が取りなしちゃいるが、リーダーが周囲に当たり散らしててな。なに、サービスだ。今後の御贔屓にってな」
メイベルは唇をきゅっと結び、深く息を吸った。
この様子だとフィリッパが代役をしていた時もバレているだろうことを、メイベルは悟ったが否定を口にした。
「何度も言うようだけど、人違いだから。そのシャーロットって人には忠告しておかないとだわ。アンタみたいな奴が居るって」
実力を認めてもらうより、ずかずかと人の心に踏み入ってくる不快感の方が上回った。メイベルは、傷ついているのだ。だからといって誰かれ構わず泣き縋りたいとも思わない。
どいつもこいつもメイベルをなんだと思っているのか。
利用価値とか、何かを出来る出来ないとか、そういったもの全部を取っ払って、何者でもないメイベルを、どうして誰も見てくれない。
愛してくれる人も受け入れてくれる人も居ない。
努力をしても認められず意味がないのなら、ここに居る理由はなかった。他人に利用されるだけなら、そうならない場所を見つけ出すしかない。
やっぱり、神君竜王へお会いしに、メイベルは遺跡に行くしかないのだ。
遺跡の外れにでも住む場所を見つけて、そこで生きていく。なんだったら神君竜王が居そうなところをめぐって行けばいい。
サバイバル技術はギルドで身につけたし、ダンジョンクリアで実践も済んだ。聖女候補としてヒーラーの技量もある。ずっと孤独だったから、たった独りぼっちの生活になろうが問題はない。人の世の中に居るでなし、最初から独りの世界なのだから。
もし定住した場合、世情は偶の遠出で見ていけばいいのだ。禁足地へ踏み入ろうとする情勢だけ気を付けていれば。
ほら、何も不便はない。
メイベルは内心晴れ晴れとした気持ちで、知らず落としていた視線を上げた。
「二度と、私に関わろうとしないで。これは
引き際を悟って、男は苦笑いを浮かべた。
「分かった。俺はこれで引く。だが、
「情報もそうでは?」
「駆け引き次第だぜ、嬢ちゃん。だから、頼むぜ?」
よほどメイベル自身に、男に関わる
風来坊に恥じず、たとえ今後出会うことがなくても、
その願いは、今のメイベルには少し分かるような気がした。
追放された身であれ高貴なる者の務めは、この盗賊の件のようにメイベルを駆り立てさせるが、本当はもうこんなことはしなくていいのだ。ましてメイベルは令嬢。淑やかに慈善事業をこなすだけでお釣りがくる。
その、これらから解放されることの心地良さよ。何を気兼ねすることもない自由さは、城の窓から見る大空の小鳥のようだった。
それでも立ち上がってしまうのは、メイベルに義憤があるせいだろう。
そこに。
「
穏やかで、だけども、うすら寒さをまとう声が、メイベルを捉えるように塔の中を通った。
「……これはこれは、オズワルド王子」
男が言う。
メイベルは瞠目し、肩を少し震わせた。
今、こんなところに居るはずのない声。恐るおそる振り向けば、合ってほしくなかった見知った顔。
温和に、されども表情の読めない視線をこちらに向けていた。嵐の中を防雨せずにいたらしく、王子はずぶ濡れだった。
メイベルには王子が防雨しない理由が分からなかった。まさか、メイベルに悟られないよう魔法を使わなかったのか。だとすると、雷の火事を工作だと思われたかもしれない。今までのことを鑑みると、充分ありうる。
「どういう事情か、説明してもらおうか?」
王子が言う。
ザザザァアア! 暴風雨が塔の中に入り込んだ。
外に居る王子はもちろん扉の近くに居たメイベルは、戦闘に合わせ撥水の
「…………」
切実に、魔力切れの心配をせずに済むようになりたい。
髪が頬に張りついて、メイベルは何とも言えない気持ちで濡れた顔をぬぐってから口を開いた。
「……オズワルド、王子?」
白々しく、さも初めて知った風に。
オズワルドはすっと目を細める。メイベルは盗賊たちを杖で指し示した。
「ちょうど良かった。この盗賊集団、騎士の人たちみたいなんです。王子なんですから、任せていいですよね?」
奥で、ハーフエルフが肩をすくめた。
「もちろん」
オズワルドは首肯した。
「ああ良かった。じゃ、あとはお任せします。あ、この人あなたの婚約者のストーカーですよ。私を勘違いして迷惑してたんです。まあ、
メイベルは市井の言葉遣いで、早くここから離れたい思いのまま早口で喋り、そそくさとこの場から離れようとした。が、オズワルドに阻まれてしまう。
「レディ、この嵐の中をあなた一人で歩かせるわけにはいかない」
「彼らが目を覚まして、逃げたらどうすんです?」
それは君だろう。
王子の無声が聞こえた。
「安心してくれ。部下が外で控えているから彼らは逃げられない。それから悪いが、君たちには目撃者として話を聞きたいんだ。
「元婚約者だろ? 実家から勘当されて、もう貴族でもないはずだ」
オズワルドと男の間で、見えない火花が散った。
「……詳しいな」
「情報屋なもんで。そこの彼女には営業をかけてたんだよ。失敗したが」
オズワルドは全体の流れを掴もうとしていた。情報屋がわざわざ自分の正体を明かしたということは、後で知られるより先に言うことで得たいものがあるはずだった。
たとえば、彼女に関して。
「……情報屋か。名前を聞いておきたいな。俺はオズワルド。君が言った通り、この国の王子だ」
「グレイスだ。グレイス・プラトー。ヒースト大公の武勇伝は国内外でよく聞くよ。必然的に、その婚約者の話もな」
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