第6話 盗賊退治

 魔法で雨から身を守りながら、メイベルは盗賊の根城になっている見張り塔を見た。

 塔の中からは明かりがいっぱいに広がっていて、見張り塔だというのに無防備もいいところである。


 ギルドに出向いていた頃に噂で聞いていたのが、本当だったらしい。

 しかも、メイベルには、あの見張り塔に覚えがあったので、管轄の騎士団はなにをしているのかと眉をひそめる。


 オズワルドに伝えておけば良かったが、メイベルは現状に自分が思うより堪えていたようで、申し渡し忘れていた。


(せめて、遺跡へ向かう前に。ここを片付けよう)


 屋敷を出た後、メイベルは地図を思い浮かべたところで見張り塔の噂を思い出すと、そう思って嵐の中ここまで来たのである。


 見張り塔の内部は人影が踊っていた。

 楽しんでいるようで、ゆったりと賑やかに忙しない。それらの動きは襲撃前のそれには見えず、酒宴でもしているのだろうと当たりをつける。


 メイベルは、身の丈以上の杖をアイテムボックスから引き出した。屋敷から着の身着のまま脱出しているのでドレスの裾が邪魔でしかたがない。

 盗賊を倒して、それを報告する気はなかった。今のメイベルに、また嘘だと言われてまで報告する義務を感じない。


 パーティーから追放される前、パーティーメンバーの功績を奪っているとまで言われるようになったのを思い出し、メイベルは遠い目をしかけた。

 ここが盗賊の根城でなかったら、深いため息を吐いていたに違いない。


(……よし)


 メイベルは戦闘準備を整え最後に、自分の顔がバレないよう魔法をかけると、正面から扉を開け放ち塔の中へ転がり込んだ。


「なんだ!?」


 完全に出来上がっていた盗賊たちは、侵入者に驚いて腰を浮かしたが、手足に力が入っていなかった。


「——ふっ」


 その隙を逃さず、メイベルは近くの盗賊から、体当たりするように杖を振りかぶる。


「襲撃だ!」


 盗賊の誰かが声を上げる。

 メイベルは盗賊の男たちを相手に軽やかに立ち回った。


 後方で魔法を唱える者が居れば同じく魔法で締め上げ、接近戦となればこれもまた魔法で動きを鈍らせ杖で仕留める。

 酒の入った彼らは、毒煙を浴びた獲物のように狩りやすかった。


 そのため根城の制圧に時間はかからなかったが、メイベルは彼らの酒精を帯びながらも統率の取れた動きに嫌な予感がした。


(彼ら、まさか……!)


 床に転がる剣を、とっさに足で拾い上げ、見覚えのあるそれを見れば、メイベルの懸念は当たっていた。


「お前たち! 騎士団が何をやっている!?」

「コイツ……! 絶対逃がすな!」


 正体がバレて、盗賊あるいは騎士が唾を吐き散らす。その後ろで。


「逃がすなもなにも、お前らは終わりだ」


 奥まった影から、相手を見下すような声音が聞こえた。かと思うと、まだ残っていた盗賊たちがバッタバッタと泡を吹いて倒れる。


「だれ……!」


 メイベルはいつでも外へ逃げ出せるように、開け放ったままの扉を背にし、声のした方へ杖を向けた。


「よう。待ってたぜ、アンタをな」


 壮年の男が、口角を上げこちらを見ていた。

 メイベルは盗賊を倒した技は魔法なのか毒煙なのか、空気の流れを注意した。どうやら前者のようだったので、少し肩の力を抜く。


 それから改めて、声の主を見た。男は茶髪に碧の眼をしていた。くたびれた雰囲気を出しているが、その目元は老人が持つ経験値を感じさせ、それでもなお妙な若さがある。

 そして、呼吸と同じように外気と循環している魔力。


「ハーフエルフ?」

「いかにも」


 男は重々しく頷いた。


「初めて見た」


 メイベルはわずかばかり目を瞠って言った。男はかすかに笑う。


「そうだろうな」

「そんな存在が、私を待っていたって、どうして」

「アンタを待っていたことに、俺がハーフエルフであることは関係ない」


 メイベルの問いに、男は首を振った。


「単なる営業だ。俺は情報屋でね、ま、長生きに任せてさすらっていたらそうなっちまったってだけだが」


 なんだ。と、メイベルは思った。神君竜王とは関係がなさそうだ。


「野次馬根性の間違いじゃなくて? 長生きして、半分は人間だから、飽きて娯楽が欲しくなっただけでしょう」


「思ったより辛辣だな」

「ゴシップは嫌い」


「ゴシップねぇ。たしかに俺はコルート家の秘密を持ってるし、これはゴシップだ。だが、貴重な情報でもある。俺はアンタの優秀さを見込んでんだぜ?」


 ろくな話じゃないと確信して、メイベルは話を切った。


「人違いしておいて、優秀もなにもないわ。さようなら」


 男は慌てなかった。声を、踵を返そうとするメイベルにつきつける。


「本名、シャーロット・メイベル・コルート。この国の第一王子オズワルドの元婚約者で、癒しの担い手たる聖女の素質を持っている。ギルドではメイベル・ホックと名乗り、ヒーラーを、いや、兼業でエンチャンターをやっていたはずだ」


 メイベルは苛立ちを込めた。


「人違いだと、」

「アンタの元お仲間さんなら、もうボロが出てるよ。最初のうちはお前さんが抜けたばかりだから、と言い訳もできていたが、あいつらをカバーしてたアンタが居なきゃなあ」


 男は驚くほど正確な情報を持っていて、メイベルは呆れて頭を振った。


「ストーカー?」


 相手の情報には、身の振り方を考える必要があった。貴族の情報だけなら、ギルドの情報だけ詳しいとかなら、まだマシだったが、その両方を持っているのだ。危険な男だと判断する。


「営業だ。誰もアンタの凄さに気づかないが、俺は知ってる。そこを買ってくれやしねぇか?」

「…………」


 メイベルは言葉に詰まった。ストーカーばりの情報精度を差し置いても、ハーフエルフの言い分は、まったく相手にされなかった過去と現在を思うと、あまりにも魅力的な言葉に聞こえて仕方がない。


 ――だって。


 誰もメイベルの言葉を信じてくれなかった。誰も彼もメイベルは怠け者で無能で言い訳ばかり、と頭ごなしに言ってくるばかりで。


 メイベルからしてみれば、慮外のことを言われて、何が何だかさっぱりだった。


 ギルドの仕事はこなしてきたし、領民を支配する貴族の者として、いづれ王族に連なる者として努力も重ねてきた。聖女の資質を持つ者としても、きちんと研鑽してきたのだ。


 その両方を知る者が居ないのはいいとして、どうして誰も、メイベルの言う言葉を一つとして信じてくれない。


 挙句の果てには、この有様。場所を失い、地位を失い、数少ない味方は最初から存在していなかったと知って。

 メイベルは、無自覚であれ最後の拠り所を失ったばかり。認めてもらうことに餓えていた。

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