第5話 S級に至るはずだった人たち

 ――どうしてこうなったんだろう。


 キャロル・メイズは、憂鬱な気分でいつもの場所に向かっていた。


 念願のS級に上がる前に、ぜんぜん仕事をしてくれない人をお払い箱にして、自分たちはこの青空のように前途洋々だったはずだ。


 それがどうして、こんなことになっているのだろう。


 キャロルが所属するギルドのパーティーは、今やだれが見ても落ちぶれてしまっていた。


 ランクはA級のままだが、飛ぶ鳥を落とす勢いだったのが閑古鳥が鳴くような状態なので、周りからの雑音がすごい。


 あるパーティーからは「幸運の女神を手放しちまったんだなぁ」とニヤニヤ笑いながら言われて、腹立たしいといったらなかった。あいつらもバーバラにおもねって彼女を貶していたのに。


 キャロルは付与術師エンチャンターだが、ギルドでは仕事をしてくれない人の代わりにずっと治癒術師ヒーラーをやっていた。


 パーティー本来の治癒術師ヒーラーは本当に何もしなくて、キャロルは腹立たしくて仕方がなかったから、どうせ兼業なら居ない方がずっとマシだと思っていたのに。


「バーバラ、また部屋を汚して。ココはアンタだけの場所じゃないんだよ」


 キャロルが訪れたのは、ダイヤモンドスター名義で借りられている、パーティーメンバーみんなの場所だった。

 パーティーメンバーから追放した彼女、メイベル・ホックが、バーバラの意向で契約してきた。


「アタシがリーダーだ」


 バーバラがギロリと睨みつける。


「リーダーは独裁者って意味でも、家長って意味でもない」


 キャロルは忌々しく言い返すと、散らかったゴミの山を見て鼻にしわを寄せた。


「うっ……汚い……」


 ダンジョンでもないのに汚れ物なんて触りたくなかった。


 キャロルは深くため息をつきたいのを我慢して、指で魔法陣を描いた。それから二言三言呪文を唱えて手をかざし、一個一個片づけていく。


 浮遊魔法なんて繊細で高等な術を、こんなことに使うなんて。キャロルは凋落ぶりにまたげんなりとした。本当に、とても難しい魔法なのだ。両手も塞がってしまうので、限られた場面でしか使えない欠点もある。


 キャロルがやっと深くため息をつけたのは、そんな根気のいる作業を終えて部屋の空気も換気しおえた後だった。


「あーあ……。どうしてあたしがこんなこと……」


 こんな雑用、今まではメイベルがやっていた。それしかまともに仕事らしい仕事が出来なかったからだ。やっぱり、雑用としてなら再雇用してもいいとか、そういう契約の見直しにすれば良かったんじゃないかとキャロルは思う。


「ああ、すまん。間に合わなかったか」


 男の声がして、キャロルは急いで入口の方を振り向いた。


「サイラス!」

「よっ。悪いな。一人で片づけさせちまって」


 キャロルが喜びの声を上げたのは、新入りのサイラスへだった。

 彼は部屋の隅に押しやられているゴミの山を見て、キャロルに謝る。


 かつて、ダイヤモンドスターは、バーバラ、キャロル、メイベルの女三人とジャンの男一人、計四人のパーティメンバーで構成されていた。サイラスが入ったのは、メイベルが抜けてからしばらくしてである。


 キャロルから見て、このサイラスという男は非常に優秀な人物だった。年長でも新入りだからと雑用を率先してこなし、キャロルが本来は付与術師エンチャンターで、治癒術師ヒーラーの仕事は不慣れで当然なのに文句を言うバーバラから庇ってくれるだけでなく、モンスターも倒してくれるのだ。


 それでもダイヤモンドスターが、栄光から転がり落ちる現状は、変わらないのがつらいところだ。キャロルとしては、サイラスにこのパーティーは本当にS級なのだと言いたいのだ。


 そのサイラスは、ごみ屋敷を作り冷めた目で頬杖をつくリーダーに目を向けると、苦笑をこぼした。


「浮かない顔だな。依頼がこないのか?」

「クエストの承認も全滅だ。メイベルの奴が裏で手を回してるに違いねぇ」


 以前はギルドに行けば、指名を受けたクエストを自分たちで選べば良かった。


 今は鳴かず飛ばずで、ギルドにわざわざクエストをもらいに行っても、近頃のバーバラの素行の悪さが原因で門前払いの目に遭っている。


 自分のせいなのに文句を垂れるばかりのバーバラに、キャロルはまたため息を吐いた。


(あいつは死んでるでしょ。言い訳してないで、リーダーの仕事ちゃんとやってよね)


 別に自分たちがメイベルを死なせたわけじゃないが、彼女みたいなのがA級ダンジョンで一人生き延びられるわけがない。


 ダンジョンの置き去りは、パーティーからの追放宣言だけではこちらが迷惑していると気づいていないメイベルに分からせるため、リーダーのバーバラが発案して、副リーダーのジャンが一緒になって計画し実行したものだ。


 本当に実行されたのには驚いたが、ダンジョンに一人置いていかれ、びっくりした顔でこちらを見るメイベルの表情は、鬱憤の溜まっていたキャロルを清々しい気持ちにさせた。アハハざまあみろ。


 言い訳ばかりするような人物だからか報酬もしっかり取り分を要求してきて、腹が立つったらなかった。


 キャロルは二人分の仕事をしていたのだ!


 というか今だってそうなのに、現在も分配は均等のままのが解せない。

 バーバラがリーダー特権を振りかざして自分だけ少し多めにしようとするのを、幼馴染のジャンが抑えてくれなかったら、さらに取り分は減っていたかもしれない。


(彼女が消えたらすべて上手くいくと思ったのに……)


 メイベルを追放するまでは、バーバラとは悪い関係じゃなかった。お互い使えない人の愚痴を言って意気投合していたくらいだ。メイベルが居なくなって、バーバラの本性を知ることになって、げんなりする。


(あーあ……。ジャンが居るし……って我慢するんじゃなかったなぁ)


 他のパーティーに移っていれば、ダイヤモンドスターがもっと落ちぶれたころに声をかけて、ジャンもバーバラを見捨てて頼ってくれたかもしれない。


(今からでも遅くないかなぁ……。ううん、泥舟から一人だけ逃げたって印象を与えるだけかな……)


 今は頼れるサイラスも居るから……。


 青空の眩しさに目を細めつつ、キャロルは自分にそう言い聞かせると、ごみを外に出しに行こうとするサイラスを手伝いに窓を離れた。


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