第4話 逃げるしかない!
断罪者曰く、メイベルはつねづね、王子の婚約者であることを笠に着て、同じ立場にある聖女候補を尊大に指図していたらしい。
しかしそれを見咎められると、今度はメイベルを諫めたその男性神官を誑かしたらしい。あげくに、彼を利用して大神官に近づき聖女に選ばれようとしたと。大神官に気に入られれば、大聖女も決して届かない栄光ではないから。
だが、男性神官は見事そのたくらみを打ち破り、メイベルは彼の慈悲によって救済の機会を与えられていた、らしい。
その理由は、王子の婚約者にしてコルート家の御令嬢だから。
ある時は、侍女フィリッパの本来の髪色を知っているメイベルは、嫉妬から彼女の髪色を隠し、聖女候補に入れさせなかったらしい。
あまつさえ侍女がすることではない仕事を与え、痛みつけていたという。フィリッパにある怪我はそのせいだと。彼女が、パーティーメンバーの代役をしていた時の怪我を指して。
なんともまあ、荒唐無稽な話である。
影武者が侍女に与える仕事じゃないことには頷くしかないが、それ以外は言いがかりも甚だしかった。
メイベルは自分に、メッシュがあることを気に入らないと思ったことはないし、フィリッパの見事な単色の赤毛を妬ましく思ったこともなかった。
第一、コルート家の令嬢として礼儀を尽くされ魔女の外見だと影で囁かれていたメイベルには、メッシュがなかったとて大聖女の道のりは最初から遠いものだった。
親から愛されない原因として悲しく思うことはあっても、それでもメイベルは己の容姿を嫌いになり切れなかったのに。聖女候補になっていたのだって、お家の兼ね合いがあってのことなのに。
赤毛だけなら、夕日の美しさとともに誉めそやされただろう。緑の瞳だけなら、瞳の色に相応しい湖畔の宿があると誘われていただろう。
だが、メイベルは赤毛と緑目を揃えて生まれてきた。
いまさらなのだ。すべてが。
「そうだ。神君竜王にお会いしよう」
メイベルは、いきおいよく顔を上げた。
王子が去ってから、どれだけ時間が経ったかは分からないが、嵐は過ぎ去っていなかった。
満月はすっかり暗雲に隠され、部屋はランプの明かりだけがほのかにあった。
王子らの気配も雨風に紛れて拾えない。とはいえ、さほど時間は経っていないはずだ。無防備でいることはダンジョンだと命取りになるので。
「かつてこの地を統べ、あまたの種族を救った神君竜王なら、たとえ私が本当に魔王だろうと関係ないはず」
メイベルの血に流れる古き一族はとっくの昔に滅んだ。コルート家がその生き残りなわけだが、見ての通り由緒正しき立派な侯爵家となっている。
つまり、同じ髪、同じ目の色は世界のどこかに居ても、国家や一族のように同じ集団意識を持つ同胞はこの世に居ないのだ。
それと比べて神君竜王なら、神代の存在ではあるが、まだ会える可能性がある。古代遺跡に行けばいいのだ。国外もいいが禁足地なら人の目がなく、歴史から消えたとしても不思議ではない。
行き方は二通りあった。
ダンジョンから入るか、直接、禁足地へ向かうか。
地上は人の目が厄介だった。足が付きやすい。一方で、地下はトラップが厄介である。ダンジョンが遺跡の一つと言われる所以だ。地下モンスターは、地上と比べて逃げる手段が限られているのが問題だった。
人の目は、メイベルが屋敷を出たところで探そうとする貴族はいないだろうに、魔王疑惑が気にかかった。何を根拠に言われているのかは分からないが、このまま軟禁されるのは絶対に嫌だ。
オズワルドとは、決められた結婚であれ良好な関係を築けていると思っていたのに。王子には国を守る義務があるのだから彼だけはこの落胆が筋違いとは分かっていても、今ばかりは思ってしまう。
だって、生まれた時から誰にも愛されていなかったことを、改めて突きつけられたのだから。ほのかに期待していた自分の甘さに反吐が出る。
(……でも、私は人だから。社会の中に居て人と関われないのは、無理がある)
どうしたって誰かに愛されたい。メイベルは、人だから。誰か一人くらい、味方が居てくれたっていいのにと思う。酷く心が乾いてしまった。
そこでメイベルは、ハッとなった。
だからだろうか。だから、魔王だと思われている?
魔王は、邪悪を生み人々を悪逆に染め上げる、忌まわしい存在だ。
魔女はその手先とされている。魔女は、いにしえより人々を誑かし魔王への贄にし、大地を血に染め上げてきた。また魔女は嫉妬深く自分より美しい存在には不幸の呪いをかけ、そのエキスを飲み自らを若返らせていたと。
そのため魔王を封じた当時のアヴァルランドの王は、その罪を贖わせるため魔女の命を取らない代わりに消えない罪の証を残し、彼女らの外見を髪を赤く瞳を緑にしたと伝えられている。
つまり、封じられた魔王が臣下である魔女を通して復活しようとしていると、おそらく王家はそう睨んでいるということだ。
その証拠にメイベルは魔女の配色をしていて、嫉妬と虚栄心で人々を誑かし貶めた罪を咎められ、憂いている。
「冗談じゃない。これ以上、誰かに振り回されるなんて嫌だ!」
しっかりと脱出を図るべく、メイベルは屋敷からありったけの物をかき集めた。
実家から持ち出せた物はあまりなく、屋敷の中もほとんど何もないといっても良かったので、微々たる量にしかならなかったが、ないよりはマシである。
どうやら、昔から魔女扱いに内心腹が立って何も我慢せず生きてきた根性だけは、メイベルを裏切らずにいてくれるようだった。
びっしゃーん! と、特大の雷が落ちる。
直近で落ち凄まじい音だったが、自らを奮い立たせることにいっぱいいっぱいのメイベルは、雷が鳴ったなー程度にしか思っていなかった。
だから、落雷に遭った木が燃え上がり屋敷に倒れてようやく、雷がすぐ傍で落ちたことを知る。
「え、嘘……」
ドンと音と揺れがあって何事かと屋敷を見渡したメイベルは、木から屋敷へ火が燃え移っていることを認めると絶句した。が、すぐに。
「ううん、違う。このまま屋敷を出よう。火災はいい。殿下たちが引き返してくる前に……!」
気を取り直し厨房へ急いだ。料理をしない貴族令嬢なので、どこに何があるかすべてを把握していないが、冒険はする貴族令嬢なので最低限の目星はついている。
真水は精製出来るから良い。栄養も野生で生っている果実などを摂れば良い。と、くれば残るはカロリー。
「食べ物もかき集めておけば良かった!」
傷むのを避けてこれである。
厨房に入るや、メイベルは視線一つで視界に入る引出を片っ端から魔法で開けていった。勢いあまってナイフやフォークが飛び出してしまったが、ササッと避けて食べ物を探す。
目的の食べ物を見つければ、アイテムボックスに詰め込んだ。メイベルの技量では視線誘導と思考の両立は完璧にこなせないので、ここだけは手作業になる。
「よし……!」
決して充分ではないが、深追いして火に巻かれては事である。メイベルはほどよく切り上げると屋敷の外へ向かった。
星明かりのない嵐で真っ暗闇な夜の中、メイベルは後ろを振り返らず走った。
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