第七話 赤山ららは「傷ついた相手に何もしないのは、傷つけてるのとなんら変わらないすよ」と哀し気な目をした。
「みなちゃん――あ、水瀬しずくはいないすか?」
眠たげな瞳、長い茶髪、低い身長、その割に大きすぎる制服。
――赤山らら。
水瀬の友人で、僕にとっては幼馴染で、昔好きだった相手。
きょろきょろと辺りを見回す彼女に短く返す。
「……今日は来てないぞ」
「あ~やっぱり来てないすか。ホームルーム終わった瞬間に教室から出てっちゃったから、もしかしたらもう帰っちゃったのかもなあとは思ったんすよね」
ぺらぺらと話しかけてくる赤山は、部室の中にすたすた入ってくると、僕の椅子の真ん前の席に座った。
その一連の動作があまりにも自然で、驚く。
三か月ぶりだぞ?
いつもそうしているみたいなノリでくるから驚いてしまう。
どうすればいいか分からなくて、僕はそっぽを向く。
――距離感が近い。
それ自体は嫌なことではないけど……なんというか、困ってしまう。
「……久しぶりだな」
「久しぶりすね。元気してたすか?」
「僕は元気だが……お前こそ、上手くやれてるみたいで良かったよ」
声だけ聞いた感じでは、変わりないようだった。
正直ちょっとまだ気まずいし、どういう対応をすればいいのか分からないけど……とりあえずは――赤山が元気そうで嬉しい。
「そすね。うまくやれてる方だと思うすよ」
赤山がふっと笑う気配があった。
これならうまくやれるかもしれない。
三か月のブランクがなんだ、こっちは幼馴染だ。その程度で折れる友情じゃない。
そう思って彼女の方を向くと――
「――うん。あんたよりは上手くやれてるっす」
目が笑っていなかった。
何か言いたげで、複雑な感情を奥に隠しているように見える表情。
――あ、無理かもしれない。
何か言いたかったけど、下手に自分から多く話すのは下策だと、幼馴染特有の経験が告げていた。
「そうか。それは良かったな」
相手を褒めてやり過ごすことにする。
地雷を踏み抜きたくない。
と、思っていたのだが。
「浮かない顔すね。また好きな子に振られたんすか」
向こうからぶち込んできて、揺れてしまう。
謝ろうとか少し思っていた感情が、苛立ちに変わっていくのが自分でも分かった。
努めて冷静に。
「振られたのはどっかの誰かさんの一回キリだ。喧嘩売りに来たのか?」
覚悟はある程度していた。
ある程度恨まれているだろうとは思っていたのだ。
でも、ここまでな対応を取られると悪態も付きたくなる。
「よく分かったすね。目障りだったから文句言いに来たんすよ」
胸が締めつけられたような気持ち悪さ。
顔を顰めた。
……土台無理な話だったのだ。告白した相手と友達の関係に戻るなんて。
でも、なんで今日なのだろう。このごろ全く話していないのに、むしろこちら側から避けていたくらいだったのに。
出そうになる溜息を呑み込んで、赤山が続ける言葉を待った。
「みなちゃんと揉めたんすよね?」
やはりそのことか、と思った。
「……そのことか。揉めた……な」
否定できない。
「あーあやっぱり。泣いてたっすからね。昨日」
「……いつそんな話聞いてきたんだ」
「昨日絶賛逃亡中の本人に会ったんすよ」
走ってマックを出て行った後のことだろう。
ちょうど僕が立ち尽くして何もできなかった時だ。
胸が痛む。
「下校中す。みなちゃんが走ってくのが見えたから、捕まえて話聞いたんすよ。そしたら部活の人と色々あった~みたいなこと言うんすよ。そんなの絶対あんたじゃないすか」
「へぇ」
みなちゃんなんて言ってるくらいだから想像できていたけど、やっぱり仲が良いのか。
友達が多いことは知っていたが、まさか数少ない僕の知り合いに繋がっていたとは。
「……水瀬って愛されてるな」
昨日は自虐的に陰キャ中の陰キャなんて言っていた水瀬だけど、こんなに心配してくれる友人を持ってくれているなら自分に自信を持てばいいのに、と思う。
僕は何様だよって話だけど。
「そうすね。みなちゃんのこと、あーしも大好きすよ」
赤山はふっと表情を和らげてそう言ってから――慌てたように真剣な表情を作る。
「……だから、あーしは傷つけたのを許せない」
息を吸う音が聞こえた。
「あんたが、みなちゃんが感じた苦しみを一番分かってるはずなのにって思ったんだけど、」
いつもの語尾も消えて。
覚悟を決めたような――それでいて、どこか暗みを帯びた表情で、赤山はつらつらと言葉を並び立てる。
僕には何のことか、さっぱり分からなかった。
水瀬の苦しみ?
「傷ついた相手に何もしないのは、傷つけてるのとなんら変わらないすよ」
赤山は僕と……それ以外の誰かを責めるように、哀しげな目をしていた。
「被害者じゃないんすよ。傍観者でもないす。それは自分が一番分かってるんじゃないすか?」
「それって……」
「逃げる相手を立ち尽くして見送ることしかできず、そんな自分の無力感と罪悪感に苛まされていた」
昨日の僕のことを責めているのだと、すぐわかった。
黙って頷いて、続きを待つ。
「『その場で動けていれば、今こうやって悩まなかったのに』なんて過去の行動を悔やむせいで、今も動けない」
彼女の言うことは、心を全て見透かしているかのように的確で、
「そうやって考えているうちに時間もたってしまってLINEも気軽に送れなくなってない。八方塞がり」
彼女の言うことは、取ってきた行動を全て見てきたかのように正確だった。
「あーしが言う事、見当違いすか?」
首を振った。
反感で満たされていた最初の気持ちはいつの間にかどこかへ行ってしまっていて、素直に感心してしまった。
「いや、その通りだけど――」
なんでここまで、完璧に言い当てられたのだろう。
「――あーしと、同じだったからすよ」
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