第六話 赤山ららは「水瀬しずくはいないすか」と姿を現した。
赤山ららは僕にとって幼馴染で……一時期は親友ともいえる存在だった。
誕生日が五日違いで、同じ病院だったから家族ぐるみの付き合い。
幼稚園から中学まで全て同じ、家も向かいだから登下校が被るし、話す機会だって多かった。仲良くならないほうが不自然だろう。
四六時中一緒にいて、遊びはいつも二人セットだった。
何度も喧嘩したし、同じ回数だけ仲直りをしてきたから、家族にも話しづらいことすら平気で打ち明けられた。
お互いのことはなんでも知ってる。
そう、言ってしまえば親友だったのだ。
――小学校までは。
中学生になって、成長して、いくらか大人っぽい恋の気持ちが分かるようになった。
二人とも部活に入った。一緒にいる時間が少なくなって、登校する時と赤山の趣味――カフェ巡りに付き合う以外には関わりがなくなっていた。
一緒にいる時間が少なくなったから、すれ違いも起こらない。
それはちょっと寂しかったけれど――
仲良くなれたから喧嘩しないようになったのだと思って、嬉しかったのを覚えている。
そこでやっと、赤山に恋をしている自分に気が付いた。
でも、軽いノリで伝えるのは違う気がして……あとは純粋に恥ずかしくて、その気持ちを伝えられなかった。
無事高校に受かった。赤山も同じ高校だった。
勝手に運命を感じたんだと思う。
小さい頃によく遊んだ公園へ彼女を連れ出し、陳腐な言葉で告白した。
振られた。
「あーし、男の子より女の子のほうが好きっぽくて。……だから、申し訳ないけど友達でいたいです」
その言葉は、今でも鮮明に覚えている。
親友だと思っていた――全部知ってると思っていた彼女もまた、変わっていたのだ。僕が彼女へ恋をしたのと同じだ。
申し訳なさそうに頭を下げる彼女の姿を見るのが辛くて、いたたまれない気持ちになって、その場から走って逃げた。
中学の三年間で心が離れ切ってしまったんだと分かった。
妙に生ぬるい春の空気が辛かった。
これが、僕と赤山の二人の間に起こった出来事で、悲劇の始まりだった。
ショックで二日ほど寝込んで、ようやく調子を取り戻した後。
友達でいたいと言ってくれた赤山に、何か礼を言おうと思ってLINEを開いた時だった。
山ほどの通知が届いていた。
『お前赤山さんに告白したってマジなのか?』
『俺は振られたって聞いたけど』
『赤山がレズだから振られたらしいな爆笑』
告白を誰かに見られていたのだと思う。
僕は田舎の情報網を舐めていたらしい。
それらを一切合切無視して、LINEのアカウントを作り直した。
交流がある人たちにだけこっそりアカウントを教えて、それ以外とは関わっていない。
関わらなくなった人たちの中には、赤山も含まれていた。
嫌いになったとかではない、ただ、彼女に合わせる顔がなかった。
僕はただ愛の告白がバレただけだが、彼女はマイノリティの告白が広まったのだ。
彼女に申し訳なかった。
もう少し周りを確認しておけばよかったとか、もう少し赤山のことを知っておけばとか、自分が告白しなければこんなことにはならなかったのにとか、色々考えた。
でも、行動には移せなかった。
自責の言葉は沸いてくるけれど、謝罪の文面は何も浮かばなかった。
そうやって戸惑ってるうちに、タイミングを見失ってしまって。
なんとなく、顔を合わせるのも大変になってしまって。
今に至る。
◆◇
金曜日で、部活終わりの部室。
水瀬のいない初めての部活は、やけに静かでいつもより長く感じられた。
先輩たちに手を振って別れを告げる。
いつも活動後は水瀬と駄弁ってから帰っていたから、先輩と一緒に帰るのには違和感があったのだ。
どのみち、やらなきゃいけないこともあった。
、水瀬のことを考えていた。
――学校に来ていたのかどうかすら分からないのだ。
水瀬と関わりのある知り合いは居ないといっても差し支えないし、本人に連絡を取るにもなんて声をかけていいのか分からなかった。
二日前で会話が止まっている水瀬とのLINEに、文字を打ち込んでは消してを繰り返していた。
『昨日はごめん』
誠意がないし、謝るのは違う気がする。
『昨日はありがとう』
客観的に見て気持ち悪かった。
『昨日のアニメ見た?』
能天気にもほどがあると思う。僕はそんなキャラじゃないし。
「……はぁ」
変なことを言ってこれ以上に溝を深めるのが怖い。でも、どうにかしなければいけないという焦りがある。しかし焦れば焦るほど何か言わなければという強迫観念に強く襲われる。強迫観念から逃れたくてちゃちゃっと何かを言ってしまいたかったが、変なことを言って溝を深めるのが怖い。
要するに、堂々巡りというやつだった。
やがて考えることを考えるのにも疲れてきて、机に突っ伏した。
こういうのはLINEじゃなくて、面と向かってで言った方がいいような気がする。
そうだ、そうに違いない。
来週の月曜日、学校で探して話しかければいい。
問題を後回しにすることに胸の奥にちくりと痛むものを感じたが、気づかない振りをする。
――今適当に考えたアイデアで変に傷つけるより、きちんと対策を考えてからの方が絶対良いはずだ。
そう自分を納得させて、スマホの電源を落とす。
また逃げるのか、そう思う気持ちを無理やりに黙らせた。
その時だった。
コンコン――、と部室のドアを叩かれた音がして、顔を上げる。
先輩たちが忘れ物でもしたのだろうか。
でもそれならノックなんてしないし……誰だろう。
「どうぞ」
入ってくる気配がなかったから一応声を掛けた。
直後、がらがら音を立ててドアが開かれると、見覚えのある……それでいて新鮮な姿が現れる。
校内でちょくちょく見かけていたくらいで、こうしてしっかり見るのは実に三か月ぶりなのだ。
「みなちゃん――あ、水瀬しずくはいないすか?」
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