第一話 水瀬しずくは「そんなに気になるんなら、今度はきみがどっか連れてってよ」と上目遣いに言った。

 店内は思いのほか賑わっていて、レジへの列もかなり並んでいた。

 客のほとんどは学校の制服を着ていて、おそらくは我々と同じでテスト終わりの高校生なのだろう。

 ちょっと浮かれた雰囲気に、僕も少し楽しい気分になってくる。


 ――友達とのマック、久しぶりだな。

 中学の時は部活帰りに寄ったりしてたけど、高校になってからぱったりと行かなくなってしまった。

 友達は部活が違うから帰りの時間が合わないし、同じ部活の友人は水瀬しかいないし……水瀬は異性で、誘いにくかったのだ。一緒に帰るくらいで、それ以外のことはしたことがない。

 だから水瀬が誘ってくれて嬉しかった。


 水瀬はスマホを取り出して何やら操作をすると、ずい、と僕の目の前へ突き出してくる。

 メニュー一覧だった。


「好きなの選んで。なんでも奢るよ」

「なんで?」

「なんでも」


 水瀬の表情こそいつもの笑顔だったものの、どこか有無を言わせない凄味があった。


「なんで?」

「なんでもだよ。なんでも奢るよ。なんで二回言わせるの」


 頑なだった。

 だけど、何が彼女をそうさせるのか、どうしても理由が思いつかなくて、尋ねる。


「いや、こっちが理由を聞いてるんだけど」

「……ほら、さっき変な空気にしちゃったから」


 そんなこと気にしてたのか。

 ちょっと辛い記憶がよみがえっただけで、先に伝えておかなかった僕の自爆だ。


「だから、あれは俺の問題だから気にすることないって」

「じゃあ、これも私の問題だから気にしないで奢られてよ」


 そう返されては、もう言い返す言葉が思い浮かばなくて。

 納得は行かないが、大人しく従った。


「……じゃあハンバーガーで」

「どれ?」

「普通の」


 水瀬はむっと頬を膨らませる。


「遠慮しないの。お腹すいたんでしょ」

「……おかんかよ」

「私はあなたのためを思って言ってるのよ! ……なんてね」


 水瀬は冗談めかしてそういうが、かと言ってこれ以上は僕も譲歩したくはなかった。

 彼女が罪悪感を感じているのと同様に、僕だって罪悪感を感じているのだ。


 僕がもう少し平静を保っていればあんな空気にはならなかったし、もっと先に自分のことを伝えて置けば傷つけることもなかったのかもしれない。


 ――水瀬と精神的な距離が離れてしまうのには耐えられない。だから、対等な立ち位置でいたかった。

 言葉にすると恥ずかしいこの気持ちを口の中でもごもご噛み砕いていると、突然水瀬はぱちんと手を打つ。


「良いこと思いついた!」


 水瀬は右手の人差し指をくるんと回すと、僕にもう一度スマホをずいと押し出し、上目遣いに言った。


「そんなに気になるんなら、今度はきみがどっか連れてってよ」


 殺し文句だった。

 ――こういう言葉がさっと出てくるから、コミュ力の神様にしか思えないのだ。

 彼女はいつだってこんな調子で、僕を引っ張ってくれる。きっと友達の中でもリーダーみたいなポジションなんだろう。

 週末の予定を率先して提案している彼女の姿は思い浮かべやすい。


「……分かった。じゃあお言葉に甘えて」

「よろしい」


 してやったり、とでも言いたげに水瀬はにっこり微笑んだ。


 ……男の意地として、ここよりも高い所を奢ろう。

 そう心に決めて、メニューを流し読み。

 特に珍しいものは出ていないようだった。

 じゃあいつもので良いか。


「一応言っとくけど、これで遠慮したら許さないからね」

「分かってる。ダブルチーズバーガーのセット。ドリンクはコーラ」


 スマホを返すと、驚いた顔をされる。


「えっ、決めるの早くない?」

「マック来たらこればっかり注文してるんだ」

「ずっとこれなの?」

「いや、たまにナゲットも食べたりするけど。……あ」


 言ってから、失言だったと気づく。

 水瀬の目が、きらりと光ったように見えた。


「じゃあナゲットも頼んじゃおう!」

「いやいやいや、さすがに申し訳ないって」

「いいのいいの。私も丁度食べたかったし」

「……ならいいんだけど。ありがとう」


 満足げに頷くと、手にしたスマホをスワイプし始める。


「さてさて、私が頼むのは、っと」


 どーれーにーしーよーかな。水瀬は小さくそう呟くと、静かになってメニューの表示されたスマホを食い入るように見つめる。


 水瀬があまりにも真剣に悩んでいるものだから声も掛けられず、暇を持て余して彼女の行動を眺めていた。


 スマホの画面を細い指先でつーっと撫でては首をかしげ、むむむと悩んだかと思いきや、はっとしたようにデザートを調べて、飽きれば店内の期間限定の文字を興味深そうに見つめる。


 要するに、すごく楽しそうだったのだ。

 まるでテーマパークに来たかのようなその表情は、普段と違い子供っぽくて、少し可愛く思えてしまった。

 

 きっと、水瀬みたいな子と付き合えたら楽しいんだろうな。

 ――そう思いかけたのを、かぶりを振ってなかったことにする。

 

 彼女は友達だ。僕に恋愛は無理だ。

 誰かを好きになんてならないほうがいいのだ。

 恋愛は友情を破壊する。身を持って分かっているだろう。


 自分に言い聞かせて、深呼吸した。


 邪念も晴れたところでちらりと彼女の表情を伺うと、丁度スマホから顔を上げたところだった。


「きみと同じやつにする」

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