第三十三話 元・凶
銃の魔女狩りの叫びにはふんだんに憎悪と悲痛さが込められていた。ドストレートな言い回しの分、僕の心に突き刺さる。
「お前の親が……『荒廃の魔女』だった⁉ 兄が殺されたからってだけで自分の親を殺したのか!」
「黙れ! 貴様には関係ない!」
銃の魔女狩りのヘイトが即座に僕の方へ向けられる。荒々しい呼吸とともに、手の震えは震度を増していく。
「奪われた兄上を想うことの何が悪い! 時間を止めて過去に浸ることのどこが罪か! そのためには、あの女の呪いを受けた魔女を狩り続けなければならんのだ!」
銃の魔女狩りが話した血壊能力、赤と青の二つの銃弾。その意味が露呈する。
「我々には大義があるのだ。魔女の災害で大勢の民間人が死ぬよりも、少数の魔女の子が犠牲になるだけで済む。公共の利益を遵守しているだけにすぎん!」
「それは一般的な話だろ。魔女の子だから差別されるのか? 目の前の人を助けようとする意志を持つ彼女こそ、人間らしい情動だろうが!」
奴の言い分は確かに理解できる。主義主張は自由にすればいい。だけど、それを認めてしまえばこの世界で傷つく誰かが存在することになる。他人の自由を奪ってまで通すルールなんて、エゴでしかないんだ。
「外側で判断するなよ。本当に重要なのは心なんじゃないのか? お前ら魔女狩りは、自分と違う存在を異質だと割り捨ててしまって、単に受け入れられていないだけじゃないのか?」
「き、貴様ッ、魔女狩りへの侮辱のつもりか!」
「だから違うんだよ」
僕は否定の言葉を吐いた。それに応じた銃の魔女狩りの声は微かに震えていた。
「何がだ」
「お前のお母さんが今でも魔女の因果になっているわけじゃないんだよ」
「何をふざけたことを――」
「魔女の子たちは生まれた時から紋章を持っているわけじゃない。彼ら彼女たちが成長過程で受けた精神的なストレスが引き起こしている現象に過ぎない」
貧困や虐待やネグレクト、学校でのいじめや孤立、性犯罪、不登校。そういったあらゆる問題が起因して、魔女の子は後天的に生まれている。原因がたった一つならば、それが反映して強力な血壊能力に繋がる。以前、僕が書店で倉橋と話した時に持ち出した「天草恭太郎殺害事件」もそうだ。事件に関与した魔女の子も両親の死が引き金だったはずだ。
だが、大概の場合はそれの限りではない。何か問題を抱えている子は複数の悩みが絡まってしまって、結び目を解くことも出来ないから苦しんでいるのだ。簡単に解決できていれば、魔女の子だって生まれることもない。
「魔女の子を狩って治安維持なんてのはその場しのぎだ。簡易的な対処法でしかない。大人たちが創り出した環境を変えなければ、根本的な解決にはならないんだよ」
バケツいっぱいに注がれ続けている水のようなもんだ。溢れ出た水をどれだけ拭いて綺麗にした所で、供給される蛇口を閉めなければ意味がない。誰かがそのきっかけを作らなければ、永久不変のルールの中で僕らは困憊していく。
魔女の子と魔女狩りの拮抗した状況は、第三者の僕ら人間だけが崩せるはずなんだ。
黙って僕たちの話に耳を傾けていた隣に立つ彼女も、例外ではないのだろう。そう考えて、気づかれないようにちらりと視線を向けると、バッチリ目が合ってしまった。赤く滲んだ瞳が二回瞬きする。悲しそうに眼が揺れるだけで、小さな唇が開くことは無かった。
そして銃の魔女狩りは、僕の弁に対して明らかに動揺していた。
「我の母は関係ない、とでも……言うのか」
「そうだよ。お前のお母さんは、もういないんだから」
「本当に、関係ない……? では今まで魔女の子を殺してきたのは意味がないとでも?」
「ああ……」
「――けるな」
俯いた声はくぐもっていた。
「ふざけるな! それでは……兄上が浮かばれんッ。どうすれば、どうすればいい!」
一度確定してしまった過去は変えられないし、払拭することも出来ない。
母の残した遺物を狩るために魔女の子を殺し、遺体を兄に捧げていた。そんなことをぶつぶつと吐き続けている。発狂然とした態度に気圧されそうになる。だがそれは奴の隙でもあるわけだ。
ここまでくれば、もう一押し。
ずっと力を交える以外に方法がないか模索していた。銃の魔女狩りの内心が揺らいでいる今がチャンスだ。口にしなくては伝わらないことを、僕の素直な気持ちを表現しなくてはならない。大きく息を吸い込む。
「大切な人と歩んできた日々を否定してまで過去にすがるのか? 過去に戻ってまで邂逅を果たそうとするのが正しいのか? 確かに心の中でずっと最愛の人が生きているなんて言葉はきれいごとだよ。酔い痴れるほどに美しい言葉だ。でも、もっとひどく自己欺瞞で、詭弁だよ」
美しくて醜いなんて、なんて矛盾した言葉だろうか。
「だけど、それでも。非人道的であろうとも、どんな手を使ってでもその人に会いたいっていうのは、人間としての生臭い感情じゃないか。お前は魔女狩りなんかじゃないよ。ただの人間だ。魔女の子なんて関係ない。みんな最初から、ただの人間なんだ。だったら、その最愛の人のためにも、生かしてもらった今を大切にするべきじゃないのか?」
一気に息を吐き出した。
銃の魔女狩りに向けた言葉だったはずなのに、なぜか自分の胸にも突き刺さる。
なぜ僕も過去を繰り返してきたのか。それは彼女に対して未練があったからなのかもしれない。まったく、僕も大概だな……。誰かを救いたいなんて傲慢だと、倉橋に怒られてしまいそうだ。
静かに嘆息する。そこに自虐的な含みはなかった。
銃の魔女狩りは何も言わなかった。脱力して垂れるように、顔を下げたまま動かない。
「もういいじゃろ。仕舞いにせんか」
銃の魔女狩りの動きを封じてくれていた災藤が構えを崩して一歩寄る。だらんとした奴の肩に災藤の大きな手が置かれる。それに反応して、
「こんなはずではないッ!」
突発的に銃の魔女狩りはライフルを構えた。その銃先は僕へ向けられていた。内部に装填されている銀の銃弾が徐々に赤く光り始める。禍々しいその赤は黒と混ざって、不気味な演出を施していく。銃本体の熱が弾薬にまで伝導しているのか、ライフル銃自体が赤く点滅している。
コイツ、暴走も構わず本気で撃つつもりか!
なんとか言葉で説得していたが、逆上されては為す術もない。近距離で撃つ銃弾を防ぐなんて無理がある。どうすればいいッ――。
「魔女に加担する悪魔ども! 断罪するは我に在り!」
「これ以上はやめんか!」
発射するその瞬間、災藤は膝で銃口を天井へ逸らさせる。
「ぐうぅ!」
ギリギリ着弾した銃弾を拳で受けた痛みに声を上げながらも、次弾を撃たせまいと、災藤は思いっきり殴り掛かった。左の拳はきれいに銃の魔女狩りの顔面を捉えていた。
「がはっ……」
うめき声とともに後方へ倒れる。ひるんだ隙を逃さず、奴の落としたライフルを足で蹴飛ばした。血壊の供給を失ったライフル銃はエネルギーを絶たれたことで、暴発に似た大きな音を立てながら転がっていった。銃の魔女狩りは左半身を地面につけ、ぴくぴくと痙攣している。今度こそ動くことは出来ないようだった。
全身で呼吸をしている災藤は、大きく息を吐くと僕らの方に振り替える。
「いい大人が迷惑をかけたな。すまんの、若人よ。怪我はないな?」
痛そうに左手を振りながら、災藤は顔をしかめてそう言った。下げた手の先には赤い血がぽたぽたと垂れていた。
「ああ……」
隣の彼女にも視線を送る。無言で頷いてくれる。その反応に満足したのか、災藤は堀の深い顔で口角を上げた。ガハハとひとしきり笑った後で、左手で寝ている銃の魔女狩りの胸倉をつかんで自身の肩に担ぐ。相変わらずとんでもない力だ。どんな筋肉してんだよ。
「ここらで邪魔者は退散するわい。ワシらは魔女狩りの契約で罰せられかねんからな。魔女の子とは遭遇しなかった。それで片づけるとするかの」
「おい、待ってくれよ!」
まだまだ聞きたいことがある。そう思って、立ち去ろうとしていた災藤を咄嗟に呼び止めていた。
「シン先輩」
声をかけた僕を遮ったのは彼女の声だった。首を横に振って「これ以上はやめましょう」と小声で制止させる。反対することは出来なかった。
「お嬢さんの方が利口じゃな。ガハハハ! まったく、人の好意を無下にするもんじゃないわい。言ったじゃろ、借りは返すとな」
別れの挨拶もなく、災藤は歩き出す。もう片方の腕でも残っていれば、手でも挙げていただろう。いや、そんなことを言っても仕方がないか。
担がれた銃の魔女狩りも沈黙を貫いたまま、災藤とともに姿を消してしまった。
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