第二十七話 銃・弾

 タァーンという遠くまで空気の振動する高音がその場を切り裂いた。それが聞こえなくなった後で、立っていたシアがゆっくりと前に倒れた。


「まったく……もうちと早く手を貸して欲しかったのう」


 入れ替わるようにして災藤が立ち上がる。膝の汚れを手で払い、後ろから近付いてきたもう一人の魔女狩りに愚痴を吐いた。そいつは肩から大きなライフルを下げていた。


「ジジイに手を貸す義理はない。加えて我は、脳筋で殴っても倒せないと言ったはずだが」

「そうかもしれんが、炎が一番効果的だと前に話しておったじゃろうに。黒紫炎は燃やす能力を強化したもの。魔女にとっては痛みの根源じゃ」

「言葉を返すようだが、ジジイの血壊能力の性質、それは焼失よりもむしろ打撃に近い。一度の衝撃で核の弱点を破壊しない限りは、魔女は時間経過で傷を修復してしまう。その点、我が『銀の弾丸』は確実に葬れる。加えて近距離で危険を冒す必要すらない。どうだ、我の勝ちだ」


 勝ち誇ったように銃の男は鼻で笑った。軍服ような服と帽子を身に着けている。冷静な表情と冷徹な視線が上から際限なく落ちてくる。纏った雰囲気が今までの魔女狩りとは別物だ。コイツこそが魔女狩りたちの長なのか。


「お前さんはいちいち何と競っとるのかわからんわい。あー……あれじゃ、浄化作用とかいうやつじゃったか?」

「昔から悪しきものには、銀が効くという。外傷ではなく、体内から破壊する。我が血壊こそ悪を貫ける」


 つらつらと自慢げに述べる男に、災藤は呆れの混じった声で突っ込んだ。


「まさかお前さん、一発ずつに能力を使っとるのか?」

「当然のこと。どんな魔女の子だろうと手加減はしない」

「それは早死にしそうじゃのう」

「我が能力で魔女の子を殺して死ねるなら本望だ」

「変わっておるのー。それにしてもワシには、弾で殺したとしても実感が湧かんよ。やっぱり漢なら拳じゃ。ふはは」


 銃の男が包帯を災藤へ放り投げた。すぐに災藤は欠損した右腕の先をグルグル巻きにして止血する。ガーゼは元の色がわからないくらいに一瞬で真っ赤に染まった。


「それよりも、だが」


 銃の男は肩まで伸びたまっすぐな長髪を手で払った。癖なのか、クイッと眼鏡の丁番を指で押し上げる。そして地面に倒れたままだったセーラー服の少女へ銃口を向けた。連続で二発の銃声。反動で体が痙攣した。

 それだけで終わらず、先端が尖った重厚なブーツで横腹を蹴飛ばす。無抵抗なその体は、重力に従ってコンクリートの床に血の跡を作った。完全にその女の子はこと切れていた。

 そして、何事もなかったかのように僕の方を振り返った。レンズ越しの視線には、純粋な狂気と敵意だけがあった。透明な青色に淀んだ黒色が混じった瞳。たったそれだけで、蛇に睨まれた蛙のように僕は動けなくなった。

 抑揚のない淡々とした声がする。


「そこの人間はどうする。殺すか」

「まてまて、ただの人間じゃろうに。下手に死人を増やすと、後々の帳尻合わせが面倒になるから放っておくんじゃ」

「だがそのガキは魔女と関係を持っていたのだろう。魔女の陰謀を受けてこの世界で画策されては困る。やはり殺すべきだ」

「お前さんこそ、そのすぐ殺そうとする脳筋思考をやめんか」

「おいまて。この我が脳筋だと? 訂正しろ。貴様の脳髄ごと撃ち殺すぞ」


 ライフルを肩の位置まで上げて脅す。それを災藤は片手で下げさせた。どうやら脅しは意味ないと言っているらしく、なぜか僕に不敵な笑みを作って見せた。


「必ずお前さんには借りを返すからな」

「……?」


 災藤は溜め込んでいた息を一気に吐き出して、曲がっていた背筋をぐっと伸ばした。そうして、身体の関節を動かして音を鳴らした。コキコキという耳あたりの良い音だった。


「ではひと段落した所で。――お嬢さんは連れていくぞ」

「おい、待て! シアに触るな!」

「おいジジイ。ほら見たことか。魔女を救おうとするなど言語道断。やはりコイツは殺すべきだ。既に魔女の洗脳を受けている」

「放っておけと言っておるじゃろう。ワシらの優先順位はいつだって魔女の子じゃ。あとは回収と……記憶のリセットも一応の保険じゃな」

「あいつらも趣味が悪い。死体すら研究材料モルモットにする必要はあるとは思えぬ。焼却してしまえば灰しか残らないのだからな」

「愚痴ばかりこぼさんと、お前さんも手伝っておくれ」


 銃の男は災藤を無視して、銃口をシアの額にぴったりあてがう。まさか、と思った瞬間には、銃弾がまた二発放たれた。銀の破片が飛び散る。だらんとした四肢が揺れるだけで、彼女はもう何も言わなかった。

 喉がきゅっと閉まる。視界が液体で濁り、顔の端から二つ筋が流れていった。

 抑えていた感情が一気に爆発した気がした。


「お前ッッ、何してんだよ‼ 女の子だぞ、傷つけていいと……げほっ」


 僕が最後まで言い切る前に、腹部に強烈な痛みを感じてむせてしまった。喉から込み上げてくる嘔吐感が抑えられず、ドロッとした吐瀉物が口から飛び出した。僕の手は口ではなく、胸の辺りを押さえていた。嫌な感触が手のひら全体に広がっていく。


「まだ喋る元気があるとは。今の行為は魔女への加担と判断する。そこで死ね」


 額に向けられた銃口は青黒く光っていた。それでも僕は、黙ることは出来なかった。怒りと反抗心と無力感。それらが色々混ざった名前の付けられない思いが胸の中でくすぶっていて、吐き出したくてしょうがなかった。


「お前ら魔女狩りなんて……ただの殺人者じゃないか。こんなのはただの犯罪だ」

「ふん。犯罪か」

「人を殺すなんて、狂っているとしか思えない」

「貴様ら信念を持たない一般人が狂気を口にするか。笑わせるな!」


 空気が振動するくらいにピリッとした大きな声が響いた。


「常に集団でしか行動できず、年齢だけを重ねた人間の妄言を鵜呑みにし、多数の意見だからと賛同してしまう、愚かしい生き物め! 誰が正しくて、誰が間違っているか。それを見極めようとせずに他人に乗っかることしか能がない人間!

 貴様らたちがこの国を堕落させていくのだ。自分が正常だと信じているようだが、その正気は一体どこの誰が保証してくれる?」

「誰ってそんなの……」


 自分が正しいなんていう証明が、自分自身でできるはずがない。周囲の賛同や客観的な同意があって初めて人は「正しさ」を認識する。主観で語れるやつなんて自己満足の端くれに過ぎない。銃の男は眼鏡を押し上げて言った。


「無知な貴様に一つ教えてやろう」バカにしたように、銃の男は鼻で笑う。

「法律国家において、最も罪が重い行為とは何か。知っているか」

「……?」

「それは殺人や強盗ではない。国家転覆だ。計画の遂行を問わず、その意思の片鱗が見えただけで罪に問われる。次点で偽札の偽造だ。なぜかわかるか」


 連続した問いかけは、答えを求めていない独白へと変わる。

 無言の圧力がこんなにも重いと感じたのは初めてだった。侮蔑の感情が頭上からぶつけられる。


「暴力による反逆か経済による破綻か。そこに人を殺める力があるのは変わらん。よく聞けよ間抜け。魔女の子を育てることは、この国の崩壊を招く行為と同等だ。明らかな犯罪だ。それなのに、なぜお前は魔女の子を擁護する。自ら惨劇を招くのは馬鹿としか思えん。これでもお前は、まだあの女を助けたいのか? んん?」


 思い切り頬を掴まれ、そのまま無理やり顔を上げさせられた。男の青い目がすぐ目の前まで迫ってくる。目が離せない。透き通るような青い瞳の奥に、濁ったような闇がある。

 この魔女狩りのどろどろとした信念が垣間見えた気がした。

 無言のまま、数十秒くらい掴まれていた。だんだん視界が白い靄で霞み始めた所で、僕は地面へたたきつけられた。顎を打った痛みに悶絶して、声も出ずに半開きの口から血と唾液が垂れていく。


「罪には罰を。それが道理だ。ここはあえて言葉を返すとしよう。犯罪者は、お前の方だ」


 言葉という言葉をすべて失う。僕の口から出てくるのは、薄い空気だけだった。熱と痛みと悔恨が僕の感覚のすべてをゆっくりと塗り潰していく。

 ズドンという大きく響く音が体内を貫通した気がした。感じるこの痛みは、撃たれた痛みだけではない。最後に残ったのは抱えた想いだけ。もう僕という人間は、そこにいなかった。

 魔女は死んだのだ――。

 災害はもう起きることは無い、と安堵するもう一人の自分が見えた気がした。

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