第十話 返・信

 早起きしたせいか、眠気が体内にくすぶっていて、時折あくびが出てくる。午前中の「魔女論理学」の一コマが終われば、午後からは暇になる。そんな事を考えながら、ぼんやりと席に座っていた。


「ここからは魔女狩りの詳しい部分を解説していきます。プリントを見てください」


 教授がプリントとプロジェクターを併用して、退屈な文章を読み上げていく。最初の開講から、回を重ねるごとに受講生が減っているのがわかった。黒川は来ていなかった。邪魔されるのは鬱陶しいのだが、いないと逆にそわそわしてしまうものらしい。


「魔女の子同様に、魔女狩りたちも血の契約を交わすことで能力が使えます。各個体には体のどこかに紋章が確認されており、超人的な破壊力や未来予知、テレパシーといった魔法のような能力を使う異人もいるそうです」


 超能力、か。きな臭いと言うか、夢物語というか。どうにも現実から外れきっていて、それはもうファンタジーの世界じゃないか。こんなことを説明した所で、実際に自分の目で見ない限りは、魔女狩りを信じる人もいないだろう。


「危険因子である魔女の子は現在の法律では裁けないため、魔女狩りたちは正義の執行と称して暴走状態前の魔女の子たちを手にかけています。また過去に、魔女の子の魔女化を未然に阻止した実績を上げたことにより、魔女狩りの考え方は世間に認知され始め、今では徐々に国民の支持を得ています」


 教授がボタンを操作すると、十秒くらい待ってからダイジェストのような動画が流される。テレビでも報道された過去の事件のまとめだった。


「魔女狩りが隆興したのは、ここに出ている『不死の能力を併せ持つ荒廃の魔女』が暴れた年ですね。鎮圧に向かった多くの魔女狩りや巻き込まれた一般市民が犠牲になりました。その被害は……」


 一時間ほどの視聴が終了する。寝ている学生が多いと判断したのか、温情で五分ほど休憩を取ると言われた。

 一斉に伸びをする学生もいれば、水分補給のためにバッグを漁る学生もいる。僕もあやかって固まった体をほぐしていると、前の方に座るいかにも真面目そうな男子学生が、


「すみません、魔女の子の方に関して質問なんですが」と手を挙げていた。

「なんでしょう」

「動画の中にあった魔女の遺伝情報がばら撒かれた、というのは具体的にどういう事を指すのですか?」


 少しの沈黙。教授は言葉を選ぶようにして続けた。


「親の遺伝もあれば、周囲の影響を受けて変化するケースも存在します。だから、皆さんも人間から魔女の子になる可能性が全く無いとは言い切れません。ですが、これは忘れないでほしい。差別されている魔女の子たちも、もともとは同じ人間だということを」


 冷静に解説する一方で、教授のニュアンスにはどこか怒りを含んでいる気がした。この人はただの魔女肯定派じゃない。もっと、本質を見ているような――。

 それ以上質問がないと察したのか、また授業が再開される。良いリフレッシュになったのか、眠気が飛んで、いつもより真面目にメモを取った。

 集中していると時間が経つのはあっという間で、チャイムが鳴ったことに驚くと同時に、大きな疲労感を覚えた。



 今日はもう授業を入れていないので、自由になる。

 高校生の時は平日に休むなんていう発想はまるでなかったのに、大学生になればそれが当たり前な気さえしてくる。慣れてしまえば、違和感を覚えること自体が減っていく。減って、最後には消えてしまうのだ。

 人の流れに沿って教室を出た僕は、食堂に向かって歩いていた。

 しかし、混んでいる食堂では昼食を取る気分にもなれず、誰も座らず適当に空いていた席に座るだけにした。だらだらとスマホを弄りながら過ごしていると、どんどん時間だけが過ぎていく。生産性のない無駄な時間だ。もう少し有効な使い方を考えないといけない。といっても趣味に熱中して生きるほど、楽観的な心情を持っていないのも事実。何が正解か、わからないもんだ。

 周りに聞かれて言える趣味は、読書くらいしか持ち合わせていない。それくらい本しか読んでいないといってもいい。休日は書店に出かけて、流行りの文庫本やら漫画やらを買うのが習慣になっている。最近は文芸雑誌のほうがコスパのいいことに気づいた。好きな小説を一冊買うよりは値を張るが、色々な作家の作品を読めるのがずっと面白い。何より出版社によって対談やエッセイなど広く取り扱っていることが、気に入った一番の理由だ。

 週末にストックがなくなりそうなので土日に買いに行く予定だったのだが、あいにく明日に限ってはそうはいかない。約束を思い出そうと、ポップに表示されたシアからのメッセージを開く。軽くスクロールして、画面を確認。

 そこには昨日の深夜まで、僕が眠気眼で返信していた記録が残っていた。


「バイトで話していたこと、覚えていますか?」

「あれか、行きたい場所ってがどうこうやつ」

「そうです。よく覚えていましたね。あの後、店長が先輩のことを裏に連れて行ったんで、怒られているのかと思っちゃいました……」

「誰のせいだ、誰の」

「すみませんでした……」

「店長に仕事出来ていなかった部分あったって言われたけど、ほとんど君の管轄だったんだからな。覚えてほしい所もっとあるから、頑張ってくれ」

(猫が謝罪しているスタンプ)

「だって、先輩が教えてくれなかったんですもん(泣)」

「そもそも夢の話とか、魔女狩りの人とかでタイミングなかったしさ」

「じゃあ、誰のせいですか?」

「君でしょ」

「ひっどーい」(怒っている猫のスタンプ)


 おいおい。ろくなこと話していないな、昨日の僕よ。肝心な約束の話が出来ていないせいで、何時にどこへ向かえばいいのかわからないじゃないか。仕方ない。今日の僕がその作業を引き継いでやるか。

 さらっとメッセージを送る。ゆっくり待てばいいと思っていたのだが、返信は文章ではなく、着信を知らせるバイブレーションだった。

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