第五話 興・味
彼女は学生服を着ていた。
最近は高校生でもアルバイト出来るのか。僕が高校生の時は禁止だったんだけど。まあ学校に無断でしている子なんていても不思議じゃないんだろうけど。
いきなり放り出されて緊張しているかと思えば、棚に置かれたまだ商品前の本や段ボールに封入されたコミックを「へー」と言いながら眺めていた。
その横顔がやけに可愛いと思った。透明感のある目。整った長いまつ毛。髪の毛もボブカットできれいに揃えられ、薄い茶髪と赤いヘアピンのコントラストが映えていた。
彼女の持つ魅力、というやつなんだろう。これを小説で表現したら、どんな感じになるだろうか。だが、気になる部分があった。笑っているようで悲しんでいるような不思議な表情に見える。何を考えているのだろう。よくわからない。そんな印象を受ける。
そんな女の子を前にして、彼女の身に着けているセーラー服に見覚えがあることに気づいた僕は、自然と声をかけていた。
「え、もしかして君。浅野木高校の生徒?」
僕が通っていた高校規定の制服に身を包んでいた彼女は、自身の通う高校の名前を当てられたことに驚いたらしい。丸い目をパチパチさせる。先ほどまで緊張した顔が緩み、にんまりとしたような表情になった。
「どうして私の高校を知っているんです……か?」
「いやー普通に僕も浅野木だったから。見覚えのある制服だなって思っただけ」
「それでは卒業生とバイトの二重の意味で先輩ですね。えーと……シン先輩とお呼びしても?」
大丈夫かと大丈夫かという確認と少しの躊躇いを含んだ問い方だった。どうして僕の名前を知って……いや、店長から聞いたのか。僕が来る前に引継ぎで話していたとしてもおかしくない。
思わず苦笑しながら訂正した。真実の「真」と書いて、一発で「マコト」と呼んでくれる人は少ない。わりと勘違いされる呼び方だった。
「いや、僕の下の名前はマコトだから……」
「いや、私とおそろいなので! シン先輩って呼びたいなあって。駄目ですか……?」
上目遣いで見つめてくる。身長的にも僕の方が彼女を見下ろす構図だから自然なのだが、妙に漫画的な構図だと感じた。それなら小説ではどう表現すれば、今僕の抱いている感情を表現出来るだろうか。数秒考えてみたが、ぴったりな言葉は浮かんでこなかった。
彼女は首をかしげて、人差し指と人差し指を戸惑うように合わせてみせる。その可愛らしい仕草に負けた。まあ、もうなんでもいいんだけどさ。
その視線から逃げるように顔をそむける。せっかく教えたのだから、出来れば名前で呼んでほしかったんだけど。諦めの混じった笑いを向ける。彼女の方はなぜか頬を染めていたが、そのうち思い切ったように質問を続けた。
「ちなみに今は、どちらの大学に通ってるんですか」
「昼ヶ谷大の三年。ここから近いキャンパスの所」
「え、あの大学なんですか! 見かけによらず、けっこう頭いいんですね」
「いや、僕は併願だったからたまたま。というか今、さりげなくディスらなかった?」
「いえいえ、気のせいですよ。ちょっとうらやましいなって思っただけです。私も今年、先輩の大学を志望しようかなって勉強中です」
「あ、今三年生なんだ」
「そうですそうです! でも受験なのに点数伸びなくて悩んでいて……特に私たちの代は先輩とは試験の形式が変わるそうですし。だから合格した先輩はすごいなって」
初対面の相手に率直に褒められて照れてしまう。うまく言葉も返せず、口許がむにっとした。同時にそんな僕をもう一人の僕が後ろから見ていて、そいつが僕のことを薄く口を開けて笑っている気がして、僕の思考は徐々に冷静へと戻っていく。自然に上がっていた口角が下がる感覚がはっきりとわかった。
楽しそうに笑う彼女を見ていると、何かが腑に落ちない。会話を続けながらも、思考は会話の隅の隅まで思い返そうとし、やがて一つの小さな棘にひっかかった。
彼女は僕のことをシンと呼び、それを自分とおそろいだと言った。それはどういう意味なのか。何が同じであるのか。どうしても僕にはわからない。理解するには何か、もう一つ重要なパーツが欠けている気がしてならない。
考えろ僕。同じ高校で、二重の意味の先輩。私とおそろい――。
もう一人の冷静な僕が後ろからそう呟くのが聞こえた。
会話の流れに出来た隙間に、僕は先手を打ち込んだ。
「僕のことはこれくらいにしてさ。まだ君の名前を聞いてなかったんだけど、聞いてもいいかな」
「え」
「さっき『おそろい」とか言ってたじゃん。それってどういう意味?」
「えっと、あの……」
教えてよ、と彼女の方へ一歩迫った。
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