第4話 専属侍女セラ・テラン


 それから会場に戻ってはみたものの、シビリカ卿との切ない一時が頭を離れず夜会を楽しむ気持ちも湧いてきません。


 必要最低限の義務は果たしていたので、私は魔王陛下に暇乞いとまごいをして会場を後にしました。




「おや、セラ・テラン嬢は一緒ではないのですね?」



 会場を出るとパーティーの警護をしている騎士たちに声をかけられた。


 セラ・テランとは魔王の娘フリージア・ドゥ・ディアボロの専属侍女。


 王女の一番のお気に入りであると周知されており、騎士たちは一緒にいないのを不思議に思ったらしい。


「ええ、彼女は現在よ」

「休業中ですか」



 私の言い方が可笑しかったらしく、騎士たちがくすっと笑う。



「それではすぐに護衛の騎士をお呼び致します」

「いいえ、一人で大丈夫よ」

「ですが城内とは言え王女殿下お一人にするわけには……」

「問題ありません」



 私は早くドレスなんて脱ぎ去りたいの。

 いちいち護衛が来るのを待ってはいられないわ。



「私は魔王の娘フリージア・ドゥ・ディアボロよ。この城で私に危害を加えられる者はそう多くはないわ」

「はっ、失礼致しました!」

「いいえ気にしないで。これは私の我が儘です」



 私がふっと笑うと騎士たちがサッと顔を赤くした。


 の容貌は魔国一の美女ですもの。

 彼らが見惚れるのも仕方ないでしょう。



「あなた方が職務に忠実だから私たちは安心できるのです。これからもよろしくお願いします」



 騎士たちに労いの言葉をかけその場を離れると、私は部屋への帰途についた。


 騎士たちと別れ周囲に人気がなくなると、部屋へと向かう私の足が自然と速くなる。



「まったく……どうして私がこんな事を」



 つい愚痴がこぼれる。


 こんな姿を先程の騎士たちには見せられないわね。


 だけどクサクサした気持ちも見慣れた扉が視界に入ると何となくホッとして落ち着いた。


 扉を開け滑り込むように部屋へと入った私を迎えたのは、とまったく同じ容姿をした銀髪の美少女。



「お帰りセラ」

「ただいま戻りました姫様」



 私は両手を前に揃え、深くお辞儀をする。


 長く綺麗な銀髪が垂れて頭を下げた私の視界に入った。


 が、その髪の色が次第に濃くなり若草色へと変じていく。


 顔を上げ鏡に映る自分の姿は、魔王の娘フリージア・ドゥ・ディアボロとはまったくの別人であった。


 侍女服へ着替える私を眺めながら銀髪の美少女が感嘆のため息を漏らした。



「いつ見てもセラの変身魔法は凄いわね」

「恐れ入ります」



 ――私はセラ・テラン。

 ――魔国の第一王女フリージア・ドゥ・ディアボロの専属侍女。


 私は姫様になりきる為の強力な暗示を解くべく何度も心の中で呟いた。



 そう、私はセラ・テラン。


 部屋でだらしなく寝そべって私の帰りを待っていた目の前の美少女――本物の魔王の娘フリージア・ドゥ・ディアボロの専属侍女。



「ふふふ、誰も……お父様でさえセラだって気づかなかったんでしょ?」



 大成功ね、と屈託なく笑うのは我が主人らしい。

 本当に天真爛漫で悪戯好きな可愛い王女様です。


 いつもお澄まししている王女殿下の姿しか知らない殿方は、今のこのグータラした本性を見たら幻滅なさるでしょうね。


 まあつまりそう言う事です。


 魔王陛下にエスコートされ夜会で数々の貴族たちを相手にしていたのはフリージア王女殿下ではなく、この私セラ・テランだったわけです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る