89. 隠せてなかった

 翌日、呆れるような店主の視線を受けながら、宿を出る。正直、まだ寝足りない気はするが、仕方があるまい。


 これからの方針は昨日決めた通りだ。探索者に【凶魔の贄】を植え付けている人物を探す。


 その手段がスキルならスキル看破で見つけられる。その他の手段ならば発見は難しいが、その場合は【凶魔の贄】を所持している探索者が手掛かりになるはずだ。その周辺を探ることで怪しい人物をある程度絞れるのではないかと期待している。そのとき、ついでに【凶魔の贄】を取り除いて正常な状態に戻してやれば良い。


 まずは、【凶魔の贄】を所持しているだろうシャスカとコンタクトを取りたいところだ。コマタパーティーの活動拠点については知らないが、コークスローでは有名なパーティーなので適当に聞き込めばすぐに判明するだろう。


 街での活動ということで、今日の俺はジンヤスタイルだ。探索者相手の情報収集ならば探索者ギルドは外せない。というわけで、まずはギルドに向かった。


「あ、いた! アレじゃない?」

「本当。ようやくね……」


 目的の建物が近づいてきたところで、その前に立っていたサルボとヒュムの二人組が声を上げた。明らかにこちらを見ている。どうやら俺を探していたらしい。


 サルボの見分けに自信はないが、ヒュムの女は見知った顔だった。あれは、コマタパーティーの魔術師だ。だとすれば、サルボもそうなのだろう。神官職もサルボだったが、格好からすればコイツは盗賊の方だな。


「あなたは、ジンヤで間違いないわよね?」

「ああ。アンタはコマタの仲間だよな」

「ええ。名乗ってなかったかしら? リーザよ」

「アタシはソーナね」


 いったい、コマタのパーティーメンバーが俺に何の用事なのか。だが、こちらとしては手間が省けた。


 何やら話があるということで、落ち着いて話せる場所に移動した。といっても、店には入らず人気のない路地裏だ。普通なら話し合いの場所として選択肢に上がるところではない。のこのことついて行けば、怪しげな男達に取り囲まれて襲われそうなシチュエーションだ。気配察知の特性のおかげで、それはないとわかっているが。


「おいおい、危ない話じゃないだろうな」

「ああ、そうね。確かに、警戒するわよね」

「純粋に話がしたいだけだよ。ちょっと急いでて……」


 怪しいという自覚は本人たちにもあるようだ。それでも場所を変えるつもりはないらしい。よほど急ぎということか。


「まあ、いいさ。それで、どういう用件だ?」


 ついてくる前ならともかく、今更場所を変えることに意味はない。俺としても余計な時間を取られたくはないので、そのまま話を進めることにした。


「落ち着いて聞いて欲しいのだけど……」


 そう切り出したのは、リーザだ。少し緊張した様子で、俺を見据えている。厄介ごとの気配はあるが、話を聞かなければ判断はできない。無言で続きを促すと、リーザは驚くべきことを口にした。


「私たちはファントムに用事があるの。あなた、ファントムよね?」

「……何の話だ?」


 少々動揺したが態度には出なかった……と思いたいが、実際はどうなのか。だが、俺がポーカーフェイスを貫けたか否かはあまり関係がなさそうだ。この二人は確信を持っているらしい。


「ごめんなさい、急いでるの。とりあえず、その前提で話を進めるわ」

「言いふらすつもりなんてないから隠さなくていいよ。ボスも何も言わなかったでしょ?」


 “ボスも何も言わなかった”という言葉から察するに、コマタも俺がファントムであることを把握しているようだ。言わなかったというのはいつのことだろうか。あの、大穴ダンジョン攻略のときか?


 何にせよ、誤魔化すのは難しそうだ。バレてしまったのなら仕方がないが、言いふらさないというのならそれほど問題はない。


 俺が困るのは、バグ職の存在を知った探索者に妬まれること。それと、噂が広がって、セプテト以外の御使いに目をつけられることだ。コマタたちのところから広がらないのならば、痛手と言うほどでもない。口止めを約束させるために、用事とやらを聞く必要はあるかもしれないがな。


 それはともかく。


「何故、俺がファントムだとわかった?」

「何でって……」

「あの状況で一番怪しいのって、キミじゃない?」


 尋ねると、二人は困惑の表情で答えた。何を当然のことを、とでも言いたげだ。


 たしかに、あのメンバーで一番怪しいのは俺だっただろう。イゴットとコマタの両パーティーは知り合いで、付き合いが浅いのは俺一人。しかも、時期的にファントム出現と俺がコークスローに移った時期が被っているのだ。怪しまれるのは当然とも言える。


 だが、明確な証拠はないはずだ。少なくとも、イゴット達は怪しんでもいなかった。それを話すと、二人はいやいやと首を横に振る。


「あの状況で狙ったように乱入するよりは、メンバーの誰かがファントムだったと考えた方が自然でしょうね。普通はそう考えると思うわ。イゴットさんたちはまあ……アレだけど」


 アレとは何だ。脳筋ということか。まあ、たしかにガラデンたちは種族的にそういう傾向がある。が、ニーデルよ。お前、一緒くたにされてるぞ。


「それにさ。盗賊職としては、探索者でもよく知らない人は警戒するよ。暗闇の中なら特にね」


 ソーナが意味ありげな視線を寄越す。これはつまり、あのダンジョンでダークミストを展開した後のことがバレているというだな。おそらく、警戒されている状態では、宵闇の外套の認識阻害は機能しないのだろう。


 やっぱり盗賊職は鬼門だな。まあ、勉強になったと思っておこう。


 もちろん、それでわかるのは、ボス格を倒したのが俺ということだけ。ファントムと同一人物であることには繋がらないが……あの状況でこそこそと動けば余計に怪しまれるか。探索者が実力を隠すことは往々にしてあるとはいえ、あそこまで大がかりに隠せばよほどの秘密があると言っているようなものだからな。裏目に出たか。


「ま、それについてはわかった。で、用事って何だ?」


 改めて本題について尋ねる。もともと、話の腰を折ったのは俺だ。話を振ると、リーザはすぐに飛びついてきた。


「あなた、魔物からスキルを抜き取れるわよね? それって探索者を対象にできるのかしら? もし、できるのならシャスカからとあるスキルを抜き取って欲しいの」

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