88. 珍しく慎重

 凶魔と聞いて思い浮かぶのは、強化されたボス格たちが所持しているスキル【凶魔侵蝕】だ。あれが、魔物の異常発生に関係しているのなら、【凶魔の贄】も無関係とは思えない。


「そういえば、セプテトから連絡がないな」


 【凶魔侵蝕】について知らせたときには調べてみると言っていたが、あれからどうなったのだろうか。


 一応、ヤツ自身の職域に関することだ。調査をサボっているとは思わないが、突発的な思いつきで脇道に逸れている可能性はある。こちらから、責付せついてみた方が良いかもしれない。


 だが、まずは男のスキルを何とかするのが先決か。スキルドレインを発動すると、それほど待つこともなく結晶体を抜き出すことができた。



【凶魔の贄】<スキル結晶体 lv3>

ソノ力ヲ凶魔ニ捧ゲヨ



 このスキルが原因だとすれば、男は正気に戻っているはずだ。


『で、どうするの? 起こすの?』


 ペルフェの言葉に少々考える。


 正気に戻っているのなら、自らの足で戻らせれば、防壁を飛び越えてコイツを街の中に放り込むという面倒くさい作業をせずにすむ。夜の野外を一人で移動するのは危険だが、街道沿いをいけば魔物に襲われることも少ない。どうにかなるだろう。


 だが、目覚めたときに対面するのは避けた方が良いかも知れない。正気に戻ったとしても、それまでの記憶がはっきりしているとは限らないのだ。もし、今夜の記憶がなければ、コイツは今、“宿屋にいたはずなのに気がつけば縛られて街の外に転がされている状態”ということになる。間違いなく俺にさらわれたと判断するだろう。そうなると面倒だ。絶対にうるさい。


「ま、姿さえ見られなければいいか」


 結局、拘束を解いたあと、闇に潜んだ状態で目覚めさせることにした。ルゥルリィは再び宿環に戻しておく。


 夜間であれば灯りがあっても宵闇の外套は効果を発揮する。だが、念のためにランタンの灯りから十分に離れて、男に小石を投げ当てた。ほんの僅かなダメージだが、それでも睡眠状態は解除されたようだ。男がゆっくりと身を起こすのが確認できた。


 記憶がはっきりしないのか、男は酷く混乱している様子だ。だが、夜の野外で騒ぐほど愚かではないようで、しきりに首を捻りながらコークスローへと引き返していく。念のためにそれを追い、街の裏門で守衛に怒られるのをこっそりと見届けた。


「ヤツに関してはこれでいいだろ。だが、今日の狩りは中止だな」

『えぇ~!?』

『ざんねん……』


 血の気の多い二人は不満のようだが、不気味なスキルを見たせいで狩りという気分にはなれない。それよりも、セプテトと連絡をとった方が良いだろう。


 防壁を飛び越え、宿の部屋へと戻り、システムカードからヤツを呼び出す。前回のことを考えると、呼びかけに反応があるとは限らない。ただ、今回は事が事だ。奴が反応するまで呼び出しつけるつもりだった。


 予想に反して、セプテトはあっさりと呼び出しに応えた。しかし、いつもとは雰囲気が違う。普段から浮かべている胡散臭い笑顔がないからだろうか。


「例のスキルのことだったら、調べている途中だよ。まだ、話せることはない」


 こちらから何か言う前に、セプテトが言い放つ。話が早いのは良いが、先回りして情報を伝えたというよりは、触れて欲しくないという感情が垣間見える。それと焦りか。


 気にはなったが、まずは話を進めるべきだろうと思い、こちらの要件を伝えることにした。


「そのことに関係していると思うんだが、また別の怪しげなスキルが見つかった」

「なんだって!? 何ていうスキルなの?」

「ほら、これだ」


 インベントリから【凶魔の贄】のスキル結晶体を取りだして、セプテトに手渡す。受け取ったセプテトは、結晶体を確認すると、厳しい顔で呟いた。


「そうか。こんなものまであるのなら、やっぱり……」


 意味ありげな言葉だ。この様子だと、凶魔系のスキルに何らかの心当たりはありそうだが……。


「何かわかったのか?」

「……ごめん。まだ言えない。さすがに、これは憶測で口にすべきことじゃないから」

「そうか」


 普段のセプテトからは想像がつかないほどの慎重さだ。コイツにも、こんな一面があったとは。いや、セプテトが慎重になるほど、この件が厄介なのかもしれんな。


「それで、俺はどうすればいい? まだ、魔物狩りを続けるのか?」

「そうだね。そっちも継続して欲しいけど、できればこのスキルの出処でどころを探って欲しいかな。エネルギーの異常湧出にも関わってる可能性が高いから」

「わかった。だが、出処というのは?」

「魔物はともかく、探索者が自然にこのスキルを獲得することはないよ。絶対に何らかの原因がある。それを突き止めて欲しい」


 セプテトには確信があるようだ。その確信が正しいかどうかは不明だが、他に当てがあるわけでもないので、指示に従うことに異論はなかった。


 とはいえ、手がかりが少ない。スキルを獲得するとはどんな状況なのか。思い当たるのは、やはり呪いスキルだ。


 セプテトにも意見を求めると、少し視線を余所にやったあと、頷く。


「たしかに、呪いっていうのは近いかも。というか……それをベースにしたのかな? それだったら、このスキルを強制獲得させるアイテムを持っているか、もしくは強制獲得させるスキルを持っている人物がいるかもしれない」


 なるほど。呪物のようなアイテムか、【呪い:生命の蝕み】のようなスキルが存在するかもしれないわけだ。


 だとすれば、コークスローの住人に片っ端からスキル看破をしていくのが早そうだ。マナーとしてはよろしくないが非常時なので仕方あるまい。


 ついでに【凶魔の贄】を持っている住人の治療もしておくか。まずは、シャスカからだな。

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