84. 巨大樹モンスター

 夜の狩りは気が楽だ。人目を気にしなくていいのがありがたい。昼間なら人が多くて選択肢に入らない狩り場も、夜なら選び放題だ。ここ最近は、連日宿を抜け出して狩りに励んでいた。


 問題があるとすれば、そのせいで起床時間が遅くなりつつあることだろうか。夜間にやることがないエルネマインでは探索者も早寝早起きが基本なので、多少世間の目が気になるところだ。宿の主人にも“こいつ大丈夫か”と思われている気配がある。それでも、昼近くまで寝ていても追い出されないのでありがたい。


 そんなわけで今日も今日とて夜の狩り。岩だらけの場所が多いコークスロー周辺では珍しく、草木が茂る自然豊かなエリアを狩り場として選んだ。植物系の魔物が出現するのは、この辺りではここくらいだろう。


 対峙しているのは、ここのボス格モンスターの巨大樹だ。巨大樹と言っても高さは5、6mくらいだろう。ボス格モンスターとしては珍しいサイズではない。そして、例に漏れず【凶魔侵蝕】を標準装備している。いったい、いつになれば異常事態は収まるんだ。


「グルォォォオ!」

「おっと、初見スキルだな。これが【爆裂果実】ってヤツか?」


 巨大樹が葉の茂った上部を震わすと、そこから幾つかの実が飛んできた。スキル看破でおよその手の内はわかっているので、油断せずに大きく飛び退く。直後、木の実は着弾を待たず破裂。種らしき物を周囲にまき散らす。なかなかの攻撃範囲だ。ギリギリで躱していたら、思わぬダメージを負っていただろう。


『ルゥ、あれが欲しい!』

「はいはい、わかってるよ」


 宿環からルゥルリィの弾んだ声が聞こえてくる。外に出ていれば目を輝かせていただろう。


 あれはどう見ても植物系スキル。ルゥルリィの強化には最適だ。まあ、ルゥルリィを強化できそうなスキルを調達するためにこの狩り場を選んだのだから、そうでなければ困るのだが。


「とはいえ、わりと隙がないんだよな」


 巨大樹は強い。以前戦った砂嵐恐竜もレベル帯に合わない強さだと思ったが、コイツもかなりのものだ。【凶魔侵蝕】のレベルが高いので、より強化されているのかもしれん。


 とにかく、手数が多いのが面倒だ。地面から鋭い根が槍のように襲いかかってくる。避けた先でまた別の根が狙ってくるので油断ならない。かといって、足下ばかりに注意を払っていると、巨大な枝の振り下ろし攻撃。単純な攻撃だが、枝も相応にデカいので影響範囲も広い。ルゥルリィが使うような葉っぱ手裏剣も飛ばしてくる上に、【爆裂果実】もある。これを一人で捌くのはなかなか大変だ。


 攻撃する隙がないというほどでもないので倒すだけなら難しくないのだが、スキルを奪おうとすると難易度が上がるんだよな。やはり、スキルドレインの発動条件と発動速度はネックになる。


「ペルフェ、例のヤツやってみるか?」

『いひひ、いいよ! 僕の大活躍、見せてあげる!』


 ここはペルフェに頑張ってもらおう。コイツが巨大樹の気を引けば、ドレインを使う隙も生まれるに違いない。


「ほら、行ってこい!」

『変身完了! 行くぞー!』


 変幻自在ツールの変化状態を一度解いて、別の姿へと変形させる。変化したのは斧だ。ただし、めちゃくちゃデカい。刃の部分だけで1mほどあるであろう巨大斧。人間が扱うのは不可能なくらいの大きさだが、ペルフェは自力で動ける。いや、【念動】で動くにせよ、重いと不利なはずなのだがな。それでも巨大斧ペルフェは意外にも素早く動く。


 ここ数日で存在値を稼いだとはいえ、今のペルフェの攻撃性能は高いとはいえない。かろうじて物理補正がDに届いたところだ。だが、デカいというのはそれだけで強い。細かい動きに対応できなくなるが、相手もデカいので問題なかろう。


『ガツーン!』

「グルァァァア!?」


 ペルフェの巨大な刃が、巨大樹の硬い樹皮に食い込んだ。両者のスケールから考えれば浅い。だが、普通の武器であれほどの傷をつけようと思えば、かなりの重労働だ。デカさのアドバンテージが発揮されている。


 実際、巨大樹もペルフェを脅威と見なしたらしい。ペルフェを迎撃するために、攻撃の比重がそちらに傾く。その分だけ、俺が自由に動けるようになった。


「よし、俺たちも行くぞ」

『あい!』


 ペルフェが派手に引きつけているので、こちらへの攻撃は散発的だ。ほどなくして、巨大樹の根元にたどり着いた。


「ルゥルリィは防御を頼む。ドレイン中は動けないからな」

『守る!』


 気合いの入った返事を聞いてから、アーツを発動する。とにかく、厄介そうなスキルから順に奪っていこう。


『ぬぬぬ……えい!』


 ルゥルリィは木の枝を編んで作ったような防壁を築いて巨大樹の攻撃を防いでいる。強度はないが、破損しても枝が生長してすぐに修復されるようだ。それとは別に地面にも何らかの対策をしているらしい。ひっきりなしに出現していた根の突き刺し攻撃がぱたりとやんでいる。これなら、スキル強奪に専念できそうだ。


 まずは【爆裂果実】、次に【樹魔術】を奪った。これがヤツの主な攻撃手段だったらしい。その二つを奪った時点でかなり余裕が生まれた。


「スキル♪ スキル♪」

「あとでゆっくりと確認するから、待ってろ」

「あい!」


 宿環から出たルゥルリィが、青い結晶体を両手に持って不思議な踊りを踊っている。よほど嬉しいらしい。


 まあ、こうなるとほぼ消化試合だ。マナの不足も、巨大樹自身から奪えば問題にならない。相手が強くなった分、吸収量が増えたので、マナドレインに関しては白猿を相手にしてたころよりもかなり使い勝手が良くなった印象だ。


「よし! ペルフェ、もういいぞ!」

『了解! ねえ、ジンヤ、最後にあれやって!』

「肉斬骨断か? まあいいが……」


 ペルフェの要請を聞き届けて、【付与:肉斬骨断】を使う。スキル付与を確認したペルフェが再び巨大樹へと迫った。


『どーん!』

「グルァァァアアア!!」


 巨大樹が悲鳴のような叫び声をあげる。ペルフェの豪快な一撃は巨大樹の硬い樹皮を切り裂き、太い幹の四分の一ほどに食い込んだ。相応にダメージを与えたらしい。


『むぅ……不完全燃焼』


 反動ダメージで変化が解けたペルフェが、不機嫌そうに戻ってくる。おそらく今の一撃で葬りさりたかったのだろうが、さすがに今の攻撃性能では無理だ。俺のステータスで振ったのならまた違った結果になったのかもしれないが……あのサイズの巨大斧はそもそも持つことができない。どの道、無理な話だったということだな。


「ぶつくさ言うな。とどめを刺すぞ」

『了解!』


 肉斬骨断を付与したまま、ペルフェを長杖と変える。コピー元はアースリルで頂いた杖の一つ。炎属性の攻撃を僅かに強化する特殊効果を持つ。放つのは炎魔術のアーツ〈フレイムピラー〉だ。


 地から噴出した炎が柱となり巨大樹を襲う。範囲強化込みで発動しても巨大樹を飲み込むとまではいかないが、それでも効果は絶大だ。どうも肉斬骨断は魔法にも適用されるらしい。


「グルァァァ……ァァァ……」


 強烈な炎の一撃は、狙い通りに巨大樹の生命を削り切ったようだ。巨大樹はその体を無数の光の粒へと変え、やがて溶けるように消えていった。

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