79. 一刀両断
黒い霧に包まれた部屋の中を動き回る謎の存在。俺やイゴットたちとは明らかに気配が違う。おそらくはゴーストの類なのだろう。
霊体の動きすら認識できるとはなんとも不思議な話だ。とはいえ、原理なんて考えてもわかるわけがない。【領域把握】が有用な能力であるとわかってさえいれば十分だ。
「同士討ちをさけるために、無意味に攻撃をするなよ!」
混乱する面々に念のため注意をしておく。経験豊富な探索者たちなのだから問題はないと思うが、人間パニックになると何をするかわからないからな。
だが、彼らが冷静になるのを邪魔するかのようにボス格モンスターが広範囲の雷撃を浴びせてきた。まあ、奴からすれば遠慮する理由なんてない。当たり前の行動だ。
「ニーデル、暗闇を払えないか!」
「やってみます!」
イゴールが指示を飛ばす声。それにニーデルがしっかりと応えた。
暗闇を払う?
そんな手段があるのか!
ニーデルが使うというなら、法術の一種か。法術は習得していないので、ノーマークなんだよな。どこかに法術を使うモンスターはいないものかね。
っと、悠長に考えている場合ではないな。ニーデルがアーツを発動した瞬間、彼の周りの半径5mくらいの闇が晴れた。ほんの一瞬だけ、お互いの姿が確認できるが……間髪いれずに〈ダークミスト〉を発動。再び闇が俺たちを覆った。
「……駄目か」
「払うことはできても、即座に闇が生み出されるようですね。これではきりがありませんよ」
タイミングよくダークミストを発動させたおかげで、霧は即座に復活すると誤解してくれたようだ。諦めたらしく、それ以降は霧を晴らそうとはしなかった。
いや、危ないところだったな。計画が破綻するところだったぞ。
「しかたがない。防御法術はどうだ」
「広範囲の対魔法障壁を生成します! 物理攻撃は防げないので注意をしてください!」
「といっても、この暗闇じゃあな。いや、もともと見えないんだったか」
「こっちも、結界を張るニャ!」
「わかりました!」
結局、イゴットたちはその場に留まり、防御法術で耐えることにしたらしい。暗闇が晴れるのを待つ気だろうか。すまないが、ボスが倒れるまで霧が晴れることはないぞ。
まあ、俺としては動きやすくて好都合だ。インベントリから白面と外套を取りだして身につけた。外套の特殊効果によって、暗闇の中では認識阻害がかかる。サルボ盗賊も俺の気配が気にならなくなるはずだ。おそらく。
……正直、外套を身につけた前後の気配がどう変化するのかを確認したことがないから、細かい仕様はわからんのだよな。ただまあ、闇の中で謎の存在が大暴れする様を察知されるよりはマシだろう。
さて、今回は早めに片付けないとならんな。イゴットたちがベテラン探索者だとしても、暗闇の中で一方的に攻撃に晒されると、精神的に辛いものがあるはずだ。とはいえ、スキルくらいは確認したいが……暗闇の中じゃさすがに無理か? 〈スキル看破〉は視認していないと効果がないからな。
だが、一応は試してみようと、闇の中を動き回るボス格ゴーストを意識してアーツの発動を念じる。意外にもあっさりとアーツが通った。奴が持つスキルが頭の中に浮かぶ。
やはり、コイツは元シロアリ女王のようだな。各種魔術スキルに、【シロアリ女王のカリスマ】なんてスキルを持っている。そして、やはりというか、【凶魔侵蝕】もあった。強化されたボス格には標準装備されているようだな。
欲しいスキルは……と考えたところで気がつく。スキルドレインは、敵に接触していないと使えない。果たして、霊体に触れることはできるのか?
結論――――無理だった!
近づいて手を触れてもすり抜けてしまう。それでも、奴の体の中に手を突っ込んだ状態を維持できるならば発動できたのかもしれないが、物理的な拘束ができないのでアーツの発動するまでその状態を維持できないのだ。〈スキル看破〉のように、【領域把握】との組み合わせでどうにかできないかと期待したが、それも無理だった。まあ、あくまで“把握”だからな。
せっかく、邪魔されずにスキルが確保できそうな状況に持ち込めたのに残念だ。とはいえ、“ジンヤ”として活動する以上、スキル集めは無理だと思っていた。ここは潔く諦めるとしよう。
ちなみに、ボス格ゴーストは俺がちょっかいをかけ始めた時点で標的を俺に絞っている。なので、他のメンバーは比較的安全な状態。イゴットたちは不思議がっているが、戦闘音――主にゴーストの攻撃によるものだ――は続いているので警戒を維持しているようだ。そのままじっとしていてもらいたい。
さて、スキルも奪えないボス格モンスターに用はない。サクッと仕留めてしまうか。できれば、俺の仕業と見抜かれない方が良い。となると、シャイニング・レイ連打は駄目だな。あれは結構派手に音がする。おとなしく清浄の青刃で斬るか。
『あ、それで斬るの? ちょっと待ってよ、僕、移るから!』
清浄の青刃を取りだしてすぐに、ペルフェが語りかけてくる。イゴットたちとの活動中にはなるべく話しかけてこないように言っていたのだが、我慢できなかったようだ。ルゥルリィも同じように語りかけてくる。
『ペル、ずるい! ルゥは? ルゥも!』
『大丈夫なんじゃない? 暗いからバレないって』
『本当? ルゥもやる!』
勝手に話が進んでいる。迂闊に声を出すわけにもいかないので、止める術がない。まあ、素早く倒せば問題なかろうと黙認することにした。だが、全てを黙認できるわけではない。
『よぅし! 速攻で倒すんだよね? それじゃあ、せんめ……』
「おい?」
ペルフェがアホなことをやりそうだったので、これはさすがに止める。
『……あはは、もちろん殲滅はなしで! わかってたよ、もちろん!』
本当だろうか。また、何らかのお仕置きをした方が良いかもしれないな。まあ、今はボスを倒すことに集中しよう。
こうしている間にも、ボス格ゴーストは魔術や見えない攻撃をしかけてきている。だが、闇の領域で攻撃のタイミングさえ把握できていれば避けるのは難しくない。そして、もちろん、こちらからの攻撃を当てることも。
奴が攻撃を仕掛けるために近づいてきたところを見計らって、清浄の青刃を振り抜けば――――“ぎゃぁぁああ”と凄まじい悲鳴が広間に響き渡った。
『え? え、嘘? もう終わり?』
『わぁぁん! ペルの馬鹿ぁ! ルゥ、まだ何もしてない!』
『だ、だって一撃とは思わないじゃん!』
まさかとは思ったが、本当に一撃で仕留めたようだ。【領域把握】によって、ボス格ゴーストが消滅したことがわかる。すぐ近くにドロップアイテムの類が生成されたので、今度こそ確実にとどめをさしたようだ。どうやら、ヤツは姿が見えずに居場所がつかめないという厄介な性質の代わりに耐久力は極めて低かったらしいな。
ルゥルリィがペルフェを責めるし、イゴット達は突如聞こえてきた悲鳴に大混乱だ。ボス格を仕留めたというのに締まらないな……。
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