78. 闇の領域

 黒い物体は飛散すると同時に溶けるように消えていった。結果だけならば消滅したように見える。だが、誰一人として安堵している様子はなかった。まあ、当然だろう。明らかに普通ではない現象が起きている。


「なんだ? どうなった!」

「わからん! みな、異常はないかニャ?」

「こっちはなんともないよ、ボス」


 各々、声を掛け合って状況把握に努めるが……特に異常は見つからない。それでも、注意を怠らず、全員が周囲を警戒していた。


 終わったのだろうか。いや、そんなはずはないと、直感が告げる。


 そもそも、これは直感なのか?


 直感と言うには具体的な……何かが潜んでいるという感覚。これは【気配察知】が働いている……?


「……いる! いるよ! 何かが潜んでる!」


 サルボの盗賊が叫んだ。


 やはりだ。やはり何かがいる。だが、どこに。


 気配はするが、具体的な場所が特定できない。目の前にいるような、頭上にいるような、それでいて背後にいるような。薄らとした気配が広間中に広がっているような……そんな感覚。


「どこだニャ?」

「わからない……わからないよ! でも、確かにいるんだ!」


 サルボの盗賊も同じ状況のようだ。得体の知れない感覚に襲われて、ヒステリックに叫んでいる。


 そのとき、広範囲の雷撃が俺たちを襲った。


「ぐぅ……!」

「やはり、まだいたか!」


 威力はそこそこ。だが、範囲が広いせいで、避けようがない。何より、発動の予兆すら把握できなかった。


「ゴーストの親玉かな?」

「シロアリ女王が化けて出たか」


 エメラとイゴットの軽口。ありえそうな最後だったが、確認する術はない。いずれにせよ脅威となる存在がこの広間にいることだけは間違いなかった。


「ジンヤさん、攻撃の瞬間を狙えませんか?」

「無理だ。気配が捉えられない」


 ニーデルの提案は、さっきのゴーストと同じ策が使えないかというもの。だが、雷撃が放たれる前後にも、それらしき気配は察知できなかった。確認のために、サルボの盗賊に視線をやるが、彼女も首を振るだけだった。


「駄目だ。気配がつかめないんだ。というより、全体に薄く広がっている感じ……もう、なんなんだよ!」


 そうなんだよな。気配がないと言うよりは全域に広がっていて、ぼやけてる感覚だ。いるのはわかるんだが、場所が特定できない。いや、もしかして、本当に部屋全体に広がっているのか?


 試しに、適当な場所にシャイニング・レイを放ってみる。降り注ぐ光線が周囲を明るく照らすが……謎の存在にダメージを与えたようには思えない。


「どうだ?」

「いや、駄目だろうな」


 イゴットに返事をした直後、強い衝撃とともに俺の体は吹き飛ばされた。


「ジンヤ!?」


 誰かの悲鳴が響く。


 完全な不意打ちだった。だが、威力はそれほどでもない。受け身を取ってすぐに立ち上がる。


「大丈夫だ。ダメージは少ない。だが、見えないし気配もないな。これは避けられんぞ」


 ステータスの影響もあり、このメンバーの中でも俺の回避と気配察知の能力は高い方だろう。だが、まるで反応できなかった。それどころか、吹き飛ばされるまで攻撃されることを察知できなかったのだ。他のメンバーも狙われれば同じことになるだろう。


 威力がさほどでもないのが幸いだ。だが、無効化できるほど弱くもない。一方的に攻撃を受け続ければ、敗北は免れないだろう。


「……退くか?」


 イゴットが撤退を口にする。それも一つの手だろう。だが、コマタが首を横に振った。


「見えんのだ。追われればどうする? 下手をすれば街に連れ帰ることになるぞ」


 エルネマインはゲームのような現実の世界。それ故にボス格の魔物から逃げることもできるが、同時にボスが部屋に留まっているという保証もない。普段の大穴ダンジョンでは、ボス格モンスターは部屋から出てこないらしいが、現時点で普段とは明らかに異なる状況だ。コマタの懸念も杞憂と断ずることはできない。


「仕方ねえ、やるか!」


 腹を決めたのかイゴットが声高に宣言した。仲間達も気持ちを奮い立たせるように賛同する。コマタたちも同様だ。みな、覚悟を決めたらしい。


「ジンヤはどうする?」

「無論、やるさ」


 イゴットの問いには、当然、そう答える。


 こういう熱い展開は嫌いじゃない。まあ、ゲームや創作として体験するならばの話だが。現実となれば命の危機などない方が良いに決まっている。


 だが、だからこそ。ここで自分だけ戻るという選択肢はとれない。


 彼らは優秀な探索者だ。どうにかして勝利の糸口を掴み、何事もなく見えない魔物を倒すかもしれない。だが、逆に彼らの力を以てしても、撃破には至らないかもしれない。いや、どちらかと言えば、その可能性が高いだろう。未だに敵の正体すらはっきりしていないのだから。


 となれば、彼らはここで屍をさらすことになる。そんなことを許容できるか? いや、できはしない。命の危機などない方が良いに決まっている。俺だけじゃなく、仲間の命もな。


 というわけで、自重は終わりだ。全力でボスを吹き飛ばしてやる!


 最悪、正体がバレても構わない。だが、一応は誤魔化せそうな手段を使うとするか。ちょうど、今の状況で使うには悪くない戦法だ。


「今度は何だ?」

「視界を封じられた!?」

「みんな無事か!」


 部屋中を覆う黒い霧が発生した。突然のことに、イゴットたちは慌てている。だが、俺に動揺はなかった。当然だ。俺が〈ダークミスト〉で発生させた霧だからな。


 この状態なら多少やらかしたところで、俺の仕業だと断定はできないだろう。それに、この霧は俺の領域。【領域把握】のスキルがあれば、内部の状況は把握できる。以前の実験では範囲が広すぎて全域の情報を精査するのが難しかったが、この広間くらいなら詳しく調べることもできそうだ。


 イゴット、ロンズ、ルバー。ガラデンの男達は、わかりやすい。他のメンバーもその周辺にいるので、判別できる。そんな中、離れた場所をこそこそと動き回る存在を見つけた。


 間違いない。コイツがボス格モンスターだ!

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