77. シロアリ女王
扉の向こうは大きな部屋だった。天然洞窟ではあり得ない、整った床と壁。人工的な雰囲気の広間だ。ダンジョンなので正確に言えば違うのだろうが。
左右には幾つもの石柱が整然と並んでいる。照明の役割も果たしているらしく、嵌め込まれた玉石が仄かな青い光を放っていた。遠目に見ればさぞかし幻想的だろう。だが、この場にいれば、そんな感想はとても出てこない。石柱に刻まれた装飾が禍々しすぎるのだ。それが何を意味しているのかはわからないが、不気味な生き物と苦悶の表情を浮かべる人間が描かれていた。まるで、邪神崇拝の神殿にでも来てしまったようだ。
「な、なんだここは?」
驚きの声を上げたのはコマタだ。彼だけではなく、彼のパーティーメンバーも戸惑っている。
「普段の様子とは違うのか?」
「そうだニャ。少なくとも、我々はこんな禍々しい雰囲気のボス部屋は初めてだ」
イゴットが問い、コマタが答える。
どうやら、このボス部屋は特別仕様らしい。タイミングを考えると、魔物の異常発生と同じくエネルギー湧出量が増えていることが原因か?
「どうする? 退くか?」
「ここ最近の異常事態に関係しているかもしれない。できれば攻略しておきたいところだニャ」
「そうだな」
リーダー同士の話し合いで、攻略続行が決まった。
部屋の中央に居座っているボス格モンスターは体高3mほどのシロアリの女王。これは普段と変わらないらしい。多少は強化されているかもしれないが、『パワー&パワー』と『勇猛なる黒豹』が協力すれば撃破できるという判断だ。
戦ってみて倒しきれないと判断した場合には、逃げるという手もある。ボス格モンスターだからといって、逃げられないわけではないらしい。とはいえ、それも普段ならばと言う話。異常事態と思しき現状でも通用するかは未知数だが。
ともあれ、戦うと決まったのだ。いつまでも扉の近くで縮こまっているわけにもいかない。イゴットを先頭にゆっくりと部屋の中央へと進んでいく。部屋の入り口と中央の中間辺りまで進んだとき、シロアリ女王が“ギギギ”と不快な声を上げた。直後、まるでにじみ出るかのように、何もない空間からシロアリの魔物が出現する。
「五体か!」
「少し多いが問題ない」
だが、シロアリの増援は普段通りの現象。事前に聞いていた俺たちに動揺はなかった。数は多いらしいが、何の問題もない。普通は一つのパーティーで挑む相手だからな。十分すぎるほどに手は足りている。
まずは邪魔なシロアリ兵を処理する。道中で現れたシロアリと大差ないので、イゴットたちの実力ならほとんど時間はかからないはずだ。女王が石弾や火球を飛ばしてくるが、それはニーデルたちが法術で防ぐ。俺やコマタパーティーの魔術師はシロアリ兵を無視して、直接女王へと攻撃だ。味方への巻き込みが怖いからな。
順調にシロアリ兵を倒し、その数を二体まで減らしたところで、再び女王が叫ぶ。
「ボス。また増えたわよ」
「なかなかのペースだニャ」
三体倒して、三体増えた。とはいえ、シャスカとコマタの口調には余裕がある。最初の二体は直に沈むし、今のところアーツすら使わず処理できているからな。それに、魔術師組の攻撃は女王に届いている。シロアリ兵を抑えていれば、いつかは女王も倒せるという見込みもあった。
だが――……
「ぐぁ! 痛えなぁ……」
突然、イゴットが攻撃を食らった。シロアリ兵によるものではない。どこからともなく雷の矢が飛んできたのだ。
「魔術!? どこから?」
「わからん。側面から来たみたいだが」
「女王の魔術か?」
「いや、そんな感じではなかったが……」
シロアリ兵と戦いながらも、意見を交わすイゴットたち。だが、まるで状況がつかめない。
俺は女王を攻撃していたので、そちらに注目していたが、女王がイゴットに魔術を飛ばすような行動はとっていなかった。もちろん、それとわからないように飛ばした可能性もあるが。
ただ、何となく違和感があった。イゴットが攻撃を受けた直前、一瞬だけ敵の気配が増えたような気がする。だが、今はそんな気配もない。あれは気のせいだったのだろうか。
「また来たぞ!」
「今度は逆側!?」
そうこうしているうちに、再び謎の雷撃が飛んできた。狙われたのはルバーだ。だが、今の攻撃で確信した。やはり、雷撃の直前に、一瞬だけ敵の気配が増えている!
「気をつけて、ゴーストが潜んでる!」
コマタパーティーの盗賊が警告を発した。俺には気配しかわからなかったが、サルボの盗賊は敵の正体まで看破したらしい。
「ゴースト? どういうことだ?」
「わからないよ、ボス。雷を放つ一瞬だけ見えたんだ!」
だが、それでも攻撃の瞬間しか捉えられないようだ。ゴーストらしく姿を消しているのだろうか。
厄介な相手だ。だが、攻撃の瞬間は確実に姿を現すというのならまだ戦いようはある。
「ニーデル。ゴーストの気配は察知できたか?」
「いえ、私にはさっぱりです」
「そうか。なら、俺が仕留める!」
単体が相手ならターンアンデッドの方が効率良く仕留められるのだが、察知できないのなら仕方がない。姿を現すのは一瞬なので的確に狙うのは難しいが、範囲攻撃で巻き込めば倒せるだろう。
俺は女王への攻撃を止めて、次の雷撃を待つ。気配が増えた瞬間に、その気配に向けてシャイニング・レイを放った。
虚空から輝く光線が降り注ぐ。その一条が、ゴーストを貫いたらしい。甲高い断末魔がひとつ……いや、ふたつ。どうやら二体いたらしい。うまい具合に二体とも巻き込めたようだ。
「倒せたか!」
「ああ、ゴーストは俺に任せろ」
少々効率は悪いが、仕方がない。見えない敵を自由にさせるのは得策じゃないからな。
まあ、それはいいのだが。
「今のがシャイニング・レイ? なんて威力なの!」
コマタのパーティーの魔術師が驚いていた。さすがに本職の目は誤魔化せないか。まあ、何か聞かれたら適当な言い訳で煙に巻くとしよう。どうにかなるだろ、きっと。
ゴーストの存在が判明してからは、特に手間取ることはなかった。どうやら、女王が増援を呼ぶたびに、シロアリ兵とゴーストが合計五体で出現するらしい。しかも、出現直後はひとかたまりになっている。出現したそばからシャイニング・レイを放てば増援の脅威はほとんどなかった。
俺一人で増援に対処するようになったので、他のメンバーで女王に攻撃を仕掛ける。2パーティーによる猛攻に、さすがのボス格モンスターもなすすべはなく、意外とあっさりと女王は倒れた。
スキルはゲットできなかったが、それは仕方がない。イゴットたちに協力すると決めた時点で、諦めていたのでショックはなかった。
だが――……
「ちょっと待って。おかしいわよ。女王の死体が消えていない!」
シャスカが鋭い声で警戒を促す。本来の消滅するはずの女王の死体は、そのまま残されている。たしかに、おかしい。
その場にいる全員の視線を集める中、女王の死骸はどろりと溶けた。黒いゲル状の物体となり、うねうねと蠢いている。
「なんだ? どうなってる?」
イゴットの戸惑いの声。だが、答えられる者はいない。
「どうする?」
「うむ。攻撃してみるかニャ?」
正体不明だが、良からぬ物であるというのは全員の共通認識だろう。ひとまず攻撃してみようかと決断した直後――……黒い物体が爆ぜた。
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