76. つながっていた

 大穴ダンジョンの探索を続けて、どれくらいが経過しただろうか。日の光の届かない穴の中では時間経過を推定するのも難しいが、おそらくは三時間ほどは経ったように思う。


 出現する魔物は変わらない。数は増えているし、多少は強くなっているのかもしれないが誤差の範囲内だ。最初にシャイニング・レイで一掃して、残りを仕留めるという手順で問題なく排除できている。


 極めて順調な進行ペースだ。となれば、そろそろ最奥部にたどり着いてもおかしくない。


「分岐しているな」


 たどり着いたのは、少し開けた空間。小部屋のようになっているその場所は、イゴットの言うように幾つかの通路とつながっている。俺たちが進んできた穴を含めると四つだ。


「奥はこっちよね?」

「おそらく、そうでしょうね」


 エメラとニーデルが話しているのは俺たちから見て左側の通路。他は通路と言うよりは穴そのものと言った感じだが、左手の通路だけは明らかに整っている。たしかに、何かありそうな雰囲気だ。


「じゃあ、こっちの道は何だ?」

「……待て、何か来る!」


 イゴットが他の穴をのぞき込もうとしたとき、俺は近づいてくる気配を察知した。警告を発すると、『パワー&パワー』のメンバーは即座に身構えて周囲を警戒する。


「どこからだ?」

「正面だな。数は多くない。だが、さっきまでの魔物とは違うぞ。おそらくは強い」

「そうか」


 近づいてくる足音。おそらくは人型の何かがこちらに向かってくる。そして、少しずつ聞こえてくる人の声――……人の声?


「これって……」

「ああ、そうだな。こりゃ、別の穴とつながっていたのかもな」


 エメラとイゴットには、声の主に心当たりがあるようだ。というか、俺にもある。声もそうだが、時折語尾に混じる“ニャ”はあまりにも特徴的だ。


「おや、君たちは『パワー&パワー』ではないか。たしか、別の穴を攻略していたのではなかったかニャ?」


 果たして、通路から現れたのはピュトンの探索者であるコマタと、彼の率いるパーティー一行だった。コマタの丸い目は驚きに見開かれている。どうやら、アイツにとっても予想外の出来事らしい。


「やあ、旦那。あたいらは、こっちから来たんだ。どうやらつながっていたみたいだね」


 エメラが背後を指さしながら説明する。コマタもその説明に頷いた。


「なるほど。ということは、こっちはまた別の穴につながっているということか」

「そうかもしれないね」


 コマタが見ているのは、俺たちから見て右手側の通路。確かなことは言えないが、見える範囲では俺たちが歩いてきた穴と大差ない。コマタの言うとおり、別の穴につながっている可能性はある。攻略を進めるならば、まずは左手側の整った通路を確認すべきだろう。


 それはともかく、まさかダンジョン内で別パーティーと鉢合わせとはな。こういうときはどうすべきなのか。


 協力するのか、それとも早い者勝ちか。協力するならば、お互いの取り分をどう決めるかという問題がある。とはいえ、早い者勝ちというのもどうだろうか。このダンジョンはこれまでほぼ一本道だった。そして、おそらく、ゴールは近い。このままではほぼ同時に最奥にたどり着くことになる。


 探索者の性格によっては大きく揉めるだろう。だが、今回はリーダー同士の話し合いであっさりと決まった。


「君たちの目的は宝箱かニャ?」

「というよりも攻略そのもの、だな。もちろん、宝も欲しいが」

「なるほど、君たちは初攻略だったか。ならば、宝箱は君たちに譲ろう。私たちはボスのドロップを頂く。それでどうだね?」

「いいのか?」

「つまらないことで揉めても良いことはないニャ」


 イゴット達が初攻略ということで、コマタが譲った形だ。やはりコマタの器は大きいらしい。シャスカ……というかパーティーメンバーが絡まなければの話だが。他のメンバーも異論はないらしく、俺たちとコマタパーティーは合同で探索を続けることになった。


 目的の通路は整っているので、さきほどに比べるとずいぶん歩きやすい。コマタのパーティーには正式な盗賊職がいるので、彼らが前、俺たちが後ろという並びで進む。


「君はいつかの異常発生の時の探索者だニャ。『パワー&パワー』に正式加入したのか?」


 少し歩いたところで、コマタが小声で話しかけてきた。いつかの異常発生というのは、イゴットたちと出会ったあの日のことだろう。特に話したりはしなかったが、あの場に集まった探索者にはコマタもいた。俺――ジンヤのことを覚えていたらしい、


「ちょっとした手助けだ。魔法が苦手らしいからな」

「ああ、なるほど」


 俺の答えにコマタは大きく頷く。だが、それが本題というわけではないようだ。コマタはさらに声を潜めて尋ねてくる。


「変なことを尋ねるが、君はうちのシャスカ――ヒュムの女性と面識はあるのか? ああ、あの異常発生以前の話だ」


 また、おかしな因縁をつけるつもりかと警戒するが、コマタの顔は至って真剣だ。少し躊躇したが、素直に話すことにした。


「面識というほどのものはないな。ただ、前日に一度会っている。俺がコークスローに移ったのがその日でな。だが、うっかりと街の外で夜を迎えてしまったのさ。偶然会ったシャスカが夜に街の中へと入る方法を教えてくれた。それだけだ」


 よくはわからないが、コマタに合わせて小声で話す。すると、コマタは深いため息をついた。


「やはり、そうだったか。シャスカが君のことをぼんやりと覚えていると言っていた。だが、どこであったのかは思い出せないと」

「ん? そうなのか?」


 前日に短い間話しただけだ。顔まで覚えていなくてもおかしくはない。だが、ぼんやりと覚えているという言い方に違和感がある。前日のことだったのだ。どこで会ったのかはわからずとも、覚えがあるかないかははっきりしていそうなものだが。


 俺が不思議に思っていることを察したのだろう。コマタは軽く頷いて事情を説明しはじめた。


「実はシャスカには夜間の記憶がない」

「……どういうことだ?」

「正直に言えば、私にもよくわからない。夜も意識はしっかりしているように見えるが、翌朝になるとその間のことをすっかりと忘れているのだ。それに……夜の間は性格も変わっているように思える。君が出会ったとき、シャスカはおかしくなかったか?」


 おかしかっただろうか。どちらかといえば、ファントムとして出会ったシャスカの方がやばい奴という印象だ。だが、もしあちらが平常運転ならば、初日のシャスカはわりとまともだったとも言える。


 とはいえ、ジンヤとしての俺はシャスカとほとんど面識はないのだ。答えようがない。


「普段の様子は知らないから、何とも言えんな」

「それもそうか。ともかく、シャスカは夜間の記憶がないのだ。そして、それを指摘すると、取り乱す。だから、その日のことは話さないようにして欲しい」


 それが本題なのだろう。俺としても別段、困ることがあるわけではない。承諾すると、コマタはほっと息を吐いたあと、離れていった。


 結局、どういうことなのか。よくわからず首を捻っていると、先頭で盗賊職のサルボ探索者が声を上げた。そろそろ終点らしい。前方では雰囲気のある大きな扉が俺たちを待ち受けていた。


 さて、ようやくボス格と戦えるわけだが……コマタたちもいるしどう立ち回ったものかね。

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