75. それは開錠ではない

 清浄の青刃の件で、エメラから何となく恨めしげな視線を感じる。が、それも短い間だけだった。何故ならば、清浄の青刃を必要とする場面がまるでなかったからだ。


 ゴースト系が出た場合は、早々に俺がシャイニング・レイを放つ。これでほとんど片がついた。まれに討ち漏らしもあるが、ゴーストならばニーデルが法術のターンアンデッドで消滅させるし、そうでなければイゴットがとどめを刺す。敵が五、六体いても戦闘時間は30秒とかからない。


「……あっさりと倒しすぎじゃない? 何もすることがないんだけど」


 あまりに簡単に戦闘が終わるせいか、やることがないとエメラが愚痴をこぼしている。その背後ではロンズとルバーが謎のポージングをとっていた。もっと出番を寄越せとでも言いたいのか。とりあえず、放置しておこう。


「何を言っているんですか。順調なのは良いことですよ」


 一方でニーデルは機嫌がいい。マナに余裕があるからだろう。これまでの戦闘でも数度アーツを使っただけだからな。


「そりゃそうだな。だが、ジンヤのマナは大丈夫なのか。さっきから景気よく放っているが」

「問題ない。一戦闘に一回しか使ってないからな」

「ならいいが」


 イゴットはマナの枯渇を心配しているようだ。ガラデンは大雑把な性格の人物が多く、イゴットはその典型と言える。だが、パーティーリーダーとして、メンバーの状態把握には気を遣っているらしい。


 とはいえ、実際にまだまだ余裕だ。シャイニング・レイの消費マナは40。バースト系の魔術に比べるとややコストが重いが、【消費マナ軽減】スキルもあるし、マナ回復速度も装備やスキルで上がっている。マナドレインを使わずとも、このペースならあと50回使ってもマナが枯渇することはないだろう。


「心配せずとも大丈夫だ。ポーションだって持っているしな。長くとも半日でゴールなんだろう?」


 大穴ダンジョンはたいてい半日程度でクリアできるくらいの規模らしい。戦闘にほとんど時間を取られていない以上、四、五時間もあれば攻略完了となるはずだ。その程度ならば間違いなくマナは足りる。ついでに、マナ回復ポーションの存在もアピールしてやると、イゴットもようやく納得したようだ。


「なるほど、本当に大丈夫そうだな。それなら、さっさと先に進むか」


 だが、その直後、ドロップアイテムを拾っていたエメラが声を上げた。


「ちょっと待って、リーダー! 宝箱だ!」


 エメラが示すのは俺がいる場所から少し離れた岩陰だ。俺の位置からは見えなかったが、少し移動すれば、そこにはたしかに宝箱があった。


「宝箱か。『パワー&パワー』では誰が鍵開け役なんだ?」

「俺だな」

「……イゴットが?」


 それはまた意外な。イゴットは大剣と大盾を装備したタンクを兼ねたパワーアタッカー。筋力に優れているが、器用さには劣る印象だ。とても、鍵開け役が適しているとは思えない。


 では、他に誰がふさわしいかと言えば、候補を挙げるのが難しいのも事実だ。イゴットと同じパワー系のロンズとルバーは論外。神官のニーデルも適切とは言えない。強いて挙げるならばエメラだ。とはいえ、パーティー内では技巧派のエメラも、開錠をこなせるほどかとなると首を捻らざるを得ない。となると、誰がやっても同じだという結論になるのかもしれない。


 それでも一抹の不安を覚えたので、念のために開錠手順を尋ねてみたのだが……何とも驚きの方法だった。


「別に難しいことは何もないぞ。盾を構えて、大剣でぶっ叩くだけだ」

「……馬鹿なのか?」

「おいおい、失礼な奴だな」


 冗談とでも思ったのか、イゴットは笑っている。だが、馬鹿かと問うたのは冗談ではなく完全に本気だ。どう考えても、イゴットのやり方は開錠ではない。ただの破壊だった。


 とはいえ、話を聞く限り、悪くないやり方なのかもしれない。あくまで『パワー&パワー』のメンバーでベストを尽くすなら、という前提でだが。


 要するに、イゴット達は罠の解除は完全に諦めているわけだ。罠は発動するという前提で、ダメージをできるだけ抑えるという方針らしい。ガラデンは種族的にタフなので、盾で身を守れば、ある程度の物理的なダメージは抑えられる。状態異常発生に関しては誰も耐性がないので諦めて開錠役が受けるしかない。他のメンバーが待避していれば被害は最小限に抑えられる。ニーデルが無事なら法術で治療もできるので実質的な被害は多少のマナ消費くらいだ。


「だが、転送の罠があったらどうするんだ?」

「その辺りは事前に情報を集めているさ。といっても、もう少し上のレベル帯じゃないと、その手の罠はないそうだぞ。高レベルになったときは……さすがにどうするか考えんといかんなぁ」


 一応は、致命的なリスクがないことは確認しているらしい。もっとも、ある程度のパターンがあるとはいえ、絶対ではない。セプテトが言っていたように、エネルギー湧出量が増えると、異常事態が発生する可能性があるのだ。


「まあ、いい。今回は俺がやる」

「何? スキルを持っているのか?」

「ソロだから、一応はな」


 イゴットたちのような大胆な真似をするつもりがなければ、持っていてもおかしくはない。それなりに説得力はあるはずだ。


「なるほどな。それじゃあ、頼む」

「任せろ」


 というわけで、俺が開錠を担当することになった。サブクラスのバグのおかげで、職業特性の【盗賊技能+++】まで持っているのだ。手間取ることもなく、罠を解除。開錠にも成功し、あっさりと宝箱を開くことができた。


「開いたぞ。中身は……うわぁ……」


 思わず呻くような声が出る。中に入っていたのは、やたらと迫力のある般若の面だった。


「それは、何なの?」

「面だな。おそらくは頭につける装備だ」


 エメラに返答しつつ、システムカードで簡易鑑定をしてみる。


 

【鬼人武者の面頬】<呪物>

◆分類◆

防具・頭装備(標準)

◆防御性能◆

物理防御:C 魔法防御:E

◆特殊効果

装備時にスキル【生命の蝕み】を強制取得

装備時にスキル【肉斬骨断】を強制取得

生命減少時に攻撃力が上昇する



「呪われた武具だ」

「そりゃあ、納得って感じだな」


 簡潔に鑑定結果を伝えると、イゴットがそんな感想を返してきた。その言葉に異論はない。見た目が恐ろしいだけでなく、何となく禍々しさを感じるのだ。鑑定もせずにうっかり装備してしまう、なんてことはまずありえないだろう。ある意味では親切な呪物だった。


「で、どうする?」


 尋ねると、イゴット達は顔を見合わせてから頷く。


「今回の探索ではジンヤの貢献が大きい。ジンヤに譲ろうと思う」

「賛成!」

「私もそれが良いと思います。ええ、他意はありませんよ。ええ」


 イゴットの提案に、エメラとニーデルが一も二もなく飛びついた。他意はないと言っているが、意図するところは明白だ。面倒な物を押しつけようって魂胆だろ。


「……お前らな」

「まあまあ。呪物でも多少は値がつきますから。持っていても損はないですよ」

「それはそうなんだがな……」


 ニーデルの言うとおり、ダンジョン産のアイテムならばギルドはどんなものでも引き取ってくれる。所持しているだけならば呪われるということはないので、引き取ることに損はないのだ。


 とはいえ、釈然としないものを感じるのは何故だろうな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る