74. アンデッド特攻……?

 大穴のダンジョンで最初に遭遇したのは大型の虫の魔物だった。数は二体だ。白い外骨格を持ち、足は六本。だが、歩行に使うのは四本のみで、前脚の二本は浮かせた状態で構えている。カマキリの威嚇のポースに近い。


 なるほど、硬そうだ。魔法の方が効率的にダメージを与えられそうな魔物ではある。だが、『パワー&パワー』の面々が苦労するような相手とは思えない。


 確認のためにニーデルに視線をやると、まだまだ余裕の表情。コイツが厄介な相手というわけではないらしい。


「コイツは俺たちでやる。ジンヤはマナを温存してくれ。やるぞ!」

「はいよ!」


 イゴットが号令をかけつつ、虫の魔物に突っ込んで行く。それにエメラが続いた。二人で十分という判断なのか、ロンズとルバーは待機したままだ。


 遭遇したのが比較的狭い横穴――といっても直径で3mほどはあるが――なので大剣を自由に振り回すほどの空間的な余裕はない。だからか、イゴットはそれをランスのように構えて、シロアリもどきに突撃した。ズドンと、およそ人がぶつかって出るような音じゃない爆音を響かせながら大剣の先端が虫の外骨格を貫く。


 その脇を通って、エメラがもう一匹のシロアリもどきに迫る。迎え撃つ前脚の攻撃をギリギリで避けると、エメラは白い装甲の隙間に長剣をねじ込んだ。シロアリもどきは痛覚がないのか、平然と反撃に転じようとするが……すでにエメラは待避している。ガラデンの大柄な体格からはイメージできないほどの俊敏さだ。


 一方的な戦いだった。二人は淡々と、一切の反撃を許さずにシロアリもどきを処理していく。一分と経たずに、二匹の虫は光の粒となり消えていった。


「さすがだな」

「まあ、慣れてるからな」


 声をかけると、イゴットは苦笑いを浮かべる。実際、戦いと言うよりは解体作業といった様相だった。それくらい手慣れるほど、ダンジョン攻略に手間取っているということか。


 その後もしばらくは、マナ節約ということで、ガラデンの四人が魔物を倒していく。その間、俺はただの照明係だった。ニーデルも同じだ。俺たちの出番がやってきたのは、大穴に入ってから一時間ほど経過した頃だった。


「来ましたよ、ジンヤさん! アイツらです!」


 興奮気味にニーデルが声を発する。その視線の先にいるのは、先ほどからよく見るシロアリもどきが三体。だが、その周囲に白いもやのようなものが浮かんでいる。よく目をらせば、その中に顔のようなものがあった。


「ゴースト系か」

「その通りです。物理攻撃は完全に無効化されますので、ご注意を!」


 完全物理無効か。だとすれば、イゴット達にとっては戦いにくい相手だな。ほぼ物理特化のようだし。


「俺の魔術が通用するか試してみる」

「わかりました。お願いします」


 一応、このために来たので、ちゃんと仕事ができるかどうかは確認しておきたい。申し出ると、ニーデルたちからも異論はなかった。俺はイゴット達の前に出て、魔物と対峙する。


 さて、何のアーツを使うか。ゴースト系なら光魔術が有効なイメージだな。いや、神官は魔術じゃなくて法術を使うわけだから、属性はあまり関係ないのかもしれない。まあ、試してみればわかるか。


「いくぞ!」


 かけ声とともに発動したのは〈シャイニング・レイ〉という光魔術のアーツ。対象の頭上から輝く光線が何度も降り注いで周囲を攻撃する発生型の範囲魔術だ。


「おお、これは強力ですね!」

「ゴーストだけじゃなくてシロアリにも有効みたいね」


 ゴーストは、一度でも光線が掠めればそれだけで消滅する。魔術による攻撃には致命的に弱いらしい。もしくは光属性が弱点であったか。いずれにせよ、攻撃が当たれば確実に倒せる。シロアリもどきは一撃とはいかないが、それでも耐えられるのは三度くらいらしい。体が大きい分被弾確率も高いので、たいていはシャイニング・レイ一発で沈みそうだ。


「一体、仕留め損なったな」


 シャイニング・レイの欠点は、降り注ぐ光線の軌道がランダムである点だ。そのせいで、確実性に欠ける。今も、ゴーストの一体が攻撃を受けることなく生き残ってしまった。


「まあ、ちょうどいいか」


 実はゴーストを見てから、試してみたいと思っていることがあるのだ。



【清浄の青刃+】

◆分類◆

武器・剣(長剣)

◆攻撃性能◆

物理補正:B 魔法補正:D

◆特殊効果◆

不浄なる者への攻撃にプラス補正



 清浄の青刃。ペルフェが以前宿っていた長剣だ。存在値が蓄積されて、強化されているが特殊効果自体は手に入れたときから変わっていない。


 注目すべきはこの“不浄なる者”という言葉。おそらく、アンデッド系の魔物を指すのではないか。だとしたら、ゴーストにも有効かもしれない。もしそうなら、エメラに貸すことで攻撃手段が増える。


「おい、来るぞ!」

「大丈夫だ。任せてくれ」


 イゴットから注意が飛ぶ。それに軽く返答して、飛来してきたゴーストを迎え撃った。燐光を発しながら青い刃が煌めく。まるですり抜けるかのように抵抗はない……が、清浄の青刃はたしかにゴーストの体を引き裂いたらしい。甲高い断末魔を響かせながら、白いもやは一瞬だけキラキラと輝き……そして、消失した。


「ゴーストを……斬ったの?」

「ああ、うまくいったな」


 呆然とするエメラに、にやりと笑みを返して頷く。もちろん、種明かしも忘れない。説明を聞いたガラデン四人はなるほどと頷いたが、ニーデルだけは首をひねっている。


「武器の特殊効果ですか。ですが……」

「どうしたんだ?」

「いえ、“プラス補正”くらいの記述だと、ここまでの威力は出ないはずなんですが」


 ……おお、なるほどな?

 そういうことも、あるかもしれない……。


「いわゆる特攻武器でしたら、記述が“倍化”のような表記になるそうですよ。なので、武器の強さと言うよりも、ジンヤさんのステータスの高さか、もしくは何らかのスキルか特性の効果である可能性が……」


 ……たぶん、どちらも正解だな。ステータスは高いし、神官の職業特性である【破邪】もある。その相乗効果によって、ゴーストを一撃で倒せる威力が出たのだろう。言えないが。


「確認ですが、ジンヤさんは魔法戦士なんですよね?」

「あ、ああ、もちろんだ。武器の特殊効果は“プラス補正”じゃなくて“倍化”だったかもしれない。いや、五倍化だったか」

「五倍化ですか!? それなら、この威力も頷けます」


 特殊効果について適当なことをでっち上げると、今度こそニーデルは納得したようだ。驚きながらも、何でも頷いている。


 危なかったな。うまく誤魔化すことができて一安心だ。


 だが、残念ながら清浄の青刃をエメラに貸すことはできなくなってしまった。武器の威力がそれほどでもないことがバレてしまうからな。


 結果としてただ武器を見せびらかすだけになってしまった。エメラが何か言いたげな顔をしているが……気づかないふりをするしかない。


 すまないな、エメラ……。

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