3. 用途不明の改造版の端末

 御使いの男がパチンと指を鳴らすと、俺の目の前にタブレットのような端末が出現した。端末に触れると、ゲームのキャラメイクと似たような画面が表示される。


「画面上部にタブが表示されているのがわかるかな? 君たちが設定できるのは、その四項目だよ。自由に設定できるけど、取得や強化にはエルネというエネルギー通貨が必要となるから気をつけてね。君たちは現状、無一文……というか借金がある状態なので、その返済額が増えると思って」


 説明を聞きながら画面を確認すると、御使い男の言葉通り、画面切り替え用のタブが並んでいる。左から“能力値”、“戦闘職業”、“初期スキル”、“個人特性”、“設定完了”の五項目。前の四つがキャラメイク用の項目だ。


 タブの右側には借金額の表示もある。1のあとに並ぶ0の数は七つ。どうやら、俺は1000万エルネの借金を背負っているらしい。


 現地の物価がわからないと何とも言えないが、少額ということはないだろう。縁もゆかりもない異世界で膨大な借金を背負っていると思うと、少し目眩を覚える。


 だが、思い悩んだところで借金は減らないのだ。それならば、今はキャラメイクを確認した方がいい。借金返済のためにも、ダンジョン探索を円滑にするためにもきっちりとした能力が必要だ。ここで躓くと、借金生活から抜け出せないなんて事態になりかねない。


「あ、多分大丈夫だと思うけど、キャラメイクは6時間以内でお願いね。それ以上経過すると勝手に終了しちゃうから」


 端末に視線を落としたまま、御使い男の注意事項に耳を傾ける。


 制限時間は六時間か。スキルの数によってはかなりの時間悩むことになると思うが、六時間あれば十分だろう。


 まずは能力値設定画面を表示してみた。設定できる項目は生命、筋力、体力、器用、敏捷、マナ、魔力、精神、抗力、幸運の十項目だ。直接的な能力値ではなく資質を設定するらしい。それぞれの項目は1~9の九段階に変更できる。初期値の1が最低で、5まで上げてようやく標準だ。


 とりあえず、生命の項目を2に設定してみたが、特に身体能力の変化は感じない。代わりに、借金額の数値が2万増加した。5にすると増加量は16万で、9まであげると256万に達する。全項目を最大まで上げると借金は元の1000万を含めて3560万エルネになった。


「気付いたと思うけど、資質を向上させるほど、借金額も跳ね上がるようになってるよ。スキルも同様だね。欲張りすぎると借金額が増大するってことさ。もっとも、借金が増えすぎても困るから、キャラメイクのコストは1000万エルネまでに制限されてるよ。つまり元の借金額と合わせて2000万エルネまでってことだね」


 どうやら借金額でキャラメイクを制限しているようだ。

 あれこれ頭を捻って制限内での最強キャラを考えるのがキャラメイクの醍醐味と言える。だが、それはあくまでゲームの中の話だ。現実ならば、とにかく上げられる能力は上げておきたいというのが本音。一方で、無計画に能力強化すると借金が膨れあがって首が回らなくなる。制限があるのは妥当なんだろうな。借金を返済するために借金を重ねるのは本末転倒だ。


 さて、どの能力を伸ばすか。それは以後の項目を見てから決めることにしよう。まだキャラメイクの方針を決めるにも十分な情報が集まっていない。


 とりあえず、能力設定はそのままに、次の項目へと表示を切り替える。今度は戦闘職業の項目だ。


「戦闘職業は、ゲーム的な職業だね。選べる戦闘職業は全員共通だよ。職業として、盗賊とか海賊とかあるけど、別に犯罪者ってわけじゃないから気にしないで。あくまでダンジョン探索のスタイルの話だから」


 なるほど。戦闘職業で戦闘スタイルが決まるわけだ。剣士なら剣の扱いに長け、魔法使いなら魔法が使えるようになるのだろう。


「戦闘職業にはランクがあって、上級ランクの方が借金額は増えるよ。でも、上級ランクの方が強いとは限らないから、注意してね。下級の方が特化型で強かったりもするから」


 職業の名前のとなりに、星マークが並んでいる。これがランクを表しているってことか。


 御使い男の言う通り、特化型の方が強いというのはゲームではよくある話だ。だが、現実の話ならば、どうだろうか。チームを組んで弱点を補えるならば良いが、現実には相性の問題がある。人間関係の拗れで、チームとしてまとまらない可能性もある。バランスが良いチームが組めるとは限らない以上、ある程度の汎用的な能力を持っていた方が無難ではないだろうか。


 まあ、あれこれ考える前に、戦闘職業の把握が先か。ざっと見て、良さげな職業をピックアップしてから考えるとしようか。そう思って、戦闘職業のリストを流し見ていく。


 すぐにおかしなことに気がついた。俺の端末に表示されている戦闘職業だが――何故か、全て星が五つだった。例を挙げるなら、大怪盗やウエポンマスター。いずれも強力そうな戦闘職業だ。



◆ 大怪盗 ◆ ☆☆☆☆☆

 

* 職業特性 *

盗賊技能+

魔術技能+

特殊スキル:盗む

特殊スキル:幻惑


* 成長傾向 *

生命:C  マナ:B

筋力:B  魔力:B

体力:C  精神:C

器用:S  抗力:C

敏捷:S  幸運:S



◆ ウエポンマスター ◆ ☆☆☆☆☆

* 職業特性 *

全武器技能++

頑強+

不屈


* 成長傾向 *

生命:A  マナ:C

筋力:S  魔力:C

体力:A  精神:C

器用:S  抗力:B

敏捷:A  幸運:C



 そして、その中に盗賊や海賊なんて職業は見当たらない。御使い男は選べる職業は共通だと言っていたのだから、真っ当な状態とは思えなかった。端末のバグなのかもしれない。


 バグであるならば申告すべきだろう。オンラインゲームでもバグを利用したチート行為はBAN――つまり、アカウント禁止のペナルティを受けることもある。異世界転生でBANに相当する処罰を考えるとすると、最悪は死だ。さすがに試してみたいとは思わない。


 とはいえ、強力な職業というのは興味が引かれるのも事実。とりあえず、大怪盗を選択してみたところ――――借金額が1200万増えて、4760万エルネになった。一発で制限額の1000万を超えている。明らかに想定している挙動ではなさそうだ。


 いずれの戦闘職業を選んでも、借金額は変わらない。つまり、制限額を超えてしまう状況だ。当然ながら、このままではキャラメイクを完了できない。こっそりと☆5職業を選ぶという選択はそもそも不可能だったらしい。


 面倒だと感じながらも、俺は御使い男に呼びかけて端末を見てもらった。結果――……


「ええ? あれ、なんで? これ、改造版じゃないか! なんでここに? ちゃんと分けといたはずなのに!」


 御使い男は端末を見て頭を抱えている。どうやら、俺の端末は改造版だったらしい。ゲームでもあるまいし……と思わないでもないが、そもそもゲームのような世界だ。そういうこともあるのかもしれない。誰が改造版を使うのかは不明だが。


「それで、俺はどうなるんです? 代わりの端末がもらえたりは?」

「代わりと言っても……すでに君の魂と紐付いてるんだよ。今から用意するのはちょっと難しいな。すぐに修正するから、ちょっと待っててよ!」


 一方的に宣言してから、御使い男は端末をいじくり始めた。おかげで、俺は完全に待ちぼうけ状態だ。貴重なキャラメイクの時間だというのに。

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