4. 縁もゆかりもない少女たち

 御使い男の修正作業とやらのせいで手持ち無沙汰になった俺は、改めて周囲を見回してみた。


 ダンジョン探索に適性があるという人間が集められたせいだろうか。若者が多い印象だ。多くの転生者はおそらく20代。肉体のピークはそのくらいだと聞いたことがあるので、偶然ではないだろう。


 ただ、そうなると俺がここにいる理由がわからない。俺は既に中年へと片足を突っ込んでいる。今年で38だ。しかも、デスクワークが多いせいか、最近では特に肉体的な衰えを感じている。


 果たして、異世界に転生したところで、思うように体が動くだろうか。少し不安になってきたところで気がついた。脂肪の塊を纏ったことによって自己主張が激しくなっていたはずの腹が、いつの間にか引っ込んでいる。ここ最近、毎日のように感じていた気怠さも感じない。


「あの、お兄さん・・・・


 ふいに呼びかけられた。しかも、“おじさん”ではなくて“お兄さん”と。リップサービスでもそんな風に呼ばれなくなって久しいというのに。どうやら、間違いなく若返っているらしい。


「あの……?」

「あ、ああ、すまない。何だい?」


 不覚にも感動していると、再び声をかけられた。慌てて、そちらに視線を送ると、声をかけてきたのは一人の少女だ。さらに、もう一人の少女が彼女の腕にすがりつくような形で付き添っている。


 少女たちは多くの転生者よりもさらに若い。学生服を着ていることから、おそらく高校生なのだろう。彼女の背後には他にも学生服の集団がいた。学校行事か何かの途中で事故にあったのだろうか。俺のような中年ならともかく、まだ若い学生たちまでがこんな場所にいることに心が痛む。


「私たち、あんまりこういうのに詳しくなくて……。良ければ、アドバイスをもらえませんか?」


 一人の少女がそう言って、もう一人の少女がコクコクと頷く。どうやら、彼女たちはこの手のキャラメイクに馴染みがないらしい。探索者としての適性があるとはいえ、全員がゲーマーというわけではないということか。


 それにしても、何故、赤の他人の俺に……と思ったが、すぐに思い直した。彼女たちの知り合いであろう学生たちは、自分のキャラメイクに集中している。ときおり、ぶつぶつと呟いている者もいて、少々声をかけづらい雰囲気だ。


 本来ならヘルプ役であるはずの御使い男は、俺の端末の修正作業で役割を放棄している。とても話を聞ける状態ではない。


 そんな状況で暇を持てあましている存在。それが俺だ。ある意味、話を聞くには打ってつけの人材だろう。


 だとしても、見知らぬ他人に声をかけるのは勇気がいる行為だ。声をかけてきた少女はともかく、もう一人の少女はオドオドとこちらを窺っている。それでも、声をかけてきたのは、異世界での今後がかかっているからだろう。勇気を振り絞っての行動だと考えれば、無碍にもしにくい。


「ゲームならともかく、異世界のことだからね。俺にも全く分からない。それに、助言はできたとしても責任は持てないよ。せいぜい参考に留めてくれるかい」


 これから俺たちが降り立つのは、未知なる異世界。どんな能力が求められるのか、まるでわからない。ゲーム的な定石はあるとしても、異世界に通じるかどうかは未知数。そして、俺の言葉が誤っていたとしても、その責任を負うことなど到底できない。おそらく、そのときは俺だって自分のことで精一杯だろう。


 念を押すと、少女たちは心なしか表情を緩めて頷いた。


「ええ、わかっています。というよりも、無責任に任せておけという人でなくて安心しました」

「そうか。それなら良かった」


 たしかに、未知の異世界へ旅立つというのに、“俺はゲームやってて詳しいから、任せとけ”と言われたら不安しかないな。もしかしたら、既にそんなことをクラスメイトから言われたのかもしれない。


「俺は早川はやかわ仁夜じんやだよ」


 一応、名乗っておくと、少女たちもそれぞれ名乗ってくれた。俺に声をかけてきた少し勝ち気な雰囲気の少女が皆瀬みなせ愛莉あいり、そして、大人しめな雰囲気の少女が葛谷くずや玲那れいなだ。


「それで、何が聞きたいんだい?」

「まずは限度ギリギリまで能力やスキルを取った方がいいかどうか、教えてくれませんか」


 尋ねると、愛莉からはすぐに返答があった。予め考えてあったのだろう。


「ゲームなら限界まで強化した方が有利だと思う。能力が高ければ稼ぎの効率もよくなることが多いしね」


 問題は異世界の事情だ。ダンジョン探索や魔物退治でエネルギー通貨であるエルネを稼ぐと言うようなことを御使い男が言っていた。で、あれば戦闘能力は高い方が有利だ。問題はかけるコストに見合うリターンがあるかどうか。


 例えば、初期スペックでも十分に魔物を退治できるのなら、あえて借金を増やしてまで能力を上げる必要はないとも言える。逆に、初期スペックでは歯が立たないようなら、借金が増えたとしても、能力上昇は必須だ。その辺りのことを御使い男から聴き出せれば良いのだが、あいにくアイツは修正作業にかかりきり。何の役にも立たない。


「というわけで、情報がない時点でどちらがベストとはいえない」

「……たしかに、そうですね」


 一通り考えを伝えると、愛莉は難しげな顔で頷いた。玲那は、そんな彼女のことを不安げに見ている。


 まあ、今の説明では彼女たちの不安を取り除けなくて当然だ。結局のところ、何も分からないという結論だからな。なので、一応は俺の考えも付け加えておく。


「ただ、俺は限界まで強化しておいた方がいいと思う。これから行く世界が日本のように治安がいいとは限らないし、警察みたいな、しっかりとした治安維持組織があるとも限らない。自分の身は自分で守れた方がいい」


 この意見には納得がいったのだろう。愛莉と玲那は顔を見合わせて頷いた。


 現代でも日本ほど治安が良い国はなかなかないと聞く。異世界なら、なおさらだ。しかも、向こうには確実に魔物よりも手強い存在がいる。それは、俺たち転生者。この場では言わなかったが、この中には同じ転生者に牙を剥くような奴がいるかもしれない。それを考えると、能力はできるだけ強化しておきたいところだ。


 その後も、能力の意味合いや、戦闘職業ごとのゲームとしての振る舞い、また現実となった場合に考えられる要素などを二人に助言していく。そうすることで、様々な状況を考えるきっかけになったので、相談を受けたことは俺自身にもプラスになったかもしれない。

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