2. 死後に訪れた白い空間
何もない。ただ真っ白な空間に、多くの人間が集められている。
何故こんな場所にいるのか。その辺りの記憶がぼやけてはっきりとしない。ふと気がつけば、ここにいたのだ。
おそらく、俺以外の人間も同じような状況なのだろう。皆、不安そうに周囲の様子を窺っている。人種、性別は様々。年齢は俺より若い人間が多いようだが、共通点として思い当たるのはその程度だ。
「やあ、債務者のみんな。待たせたね」
急に空から声が降ってきた。声の主は、軽薄そうな笑みを浮かべた若い男だ。ソイツは、ふわりと空から舞い降りてきた。それどころか、地面から三メートルくらいの高さでピタリと静止している。どういう絡繰りなのか。
それも気になるが、俺たちのことを債務者と呼んだことも気になる。俺は誰かに金を借りていただろうか? 少なくとも思い出せる範囲では、そんな記憶は無い。
「債務者? 何の話だ?」
「まさか、人違いでこんな場所に連れてきたのか! ここはどこなんだ!」
心当たりがないのは俺だけではないようで、ざわつく群衆の中から数人が抗議の声を上げた。
だが、宙に浮く男は笑みを崩さない。パンパンと両手を叩いて抗議を受け流すと、マイペースに説明を続けた。
「ごめんごめん。言葉が足りなかったね。身に覚えがないだろうけど、人違いじゃないよ。君たちが債務者であることは間違いありません。借金したのは君たちじゃなくて、君たちの世界の創造主だからね」
男はとある神に仕える“御使い”という存在らしい。男の主張をまとめると、こうだ。
世界を創造するには莫大なエネルギーが必要となる。そのエネルギーを新人創造主が捻出することはほとんど不可能に近い。そこで、新人創造主は貸金業ならぬ、エネルギー貸し付け主から初期投資分のエネルギーを借りるのだそうだ。
借りたからには、返済の義務がある。しかし、世界を運営する上で、創造エネルギーは不足することはあっても余ることは基本的にない。だから、多くの創造主は労働力を提供することでエネルギー返済の義務を肩代わりさせるそうだ。そして、提供される労働力というのが、死後間もない人間の魂なのだという。
それはつまり、俺――いや、ここに集められた者たちは、みな死人だということ。
死の自覚が引き金となったのだろうか。先刻まで、霧がかかったかのようにはっきりしなかった記憶が朧気ながら蘇ってきた。
俺は普通の会社員だ。普通に就職して、普通に仕事をこなす、ごく普通の男。幸いなことに、会社員としての適性はそれなりにあったらしい。仕事も出世もそれなりにできた。
だが、仕事を楽しいと感じたことはない。
俺の生きがいは、やはりゲーム。最近はとあるMMORPGにハマって寝る間も惜しんでのめり込んでいた。イベント期間中ということもあり、溜まっていた有給休暇を一週間使って、まさにゲーム漬けの毎日を送っていたはずだ。
イベント最終日、無理が祟ったのか、俺は激しい頭痛に襲われた。さすがにまずいと思ってベッドに横になったところまでは覚えている。おそらくは、そのまま死んでしまったのだろう。
周囲には、自分の死を悟り、涙する人間もいる。家族を残して死んだことを悔いている者もいるようだ。幸か不幸か、俺は未婚だったので悲しませる家族はいない。両親は健在なので、そちらは心配だが……まあ俺は次男だ。兄がどうにかしてくれるだろう。
「はいはい! 泣きたい気分なのはわかるけど、とりあえず話を聞いてね。死んでしまった君たちは借金返済のための労働力として働かされることになります。でも、悪いことばかりじゃないよ。別の世界とはいえ、もう一度生きるチャンスを与えられているわけだからね」
その言葉のインパクトは大きかった。号泣していた者も、ピタリと泣き止んだくらいには。
死んでしまった以上、元の世界にはどうやっても戻れないのだ。それならば、もう一度生きる機会が与えられているだけ恵まれている。それは確かだろう。
とはいえ、それも転生した先でまともな生活を送れるという前提での話。奴隷のように何の自由もなく、ただただ労働を強制される毎日なら、幸運だとはとても思えない。
「あはは、どんな労働を課せられるか心配かい? 大丈夫さ。ここには適性のありそうな人しか連れてきてないからね」
御使いの男はそこで言葉を切り、ゆっくりと一回転して周囲に視線を送った。釣られて俺も、周りを見回す。だが、やはり集められた人々に共通点は見当たらない。適性とは何のことなのか。書類仕事は苦手ではないが、俺にできるのはその程度だ。
戸惑う俺たちの様子を十分に堪能したのか、御使いは話を続けた。
「君たちにはダンジョン探索者として活動してもらうよ。もちろん、これから行く先はスキルや魔法もあるし、魔物も出るゲームみたいな世界だ。こういうの好きでしょ、君たち」
男の言葉が真実ならば、まさにファンタジー世界への転生。俺がMMORPGでやっていたような冒険の日々が、リアルで体験できるということだ。ゲーム好きとしては心が沸き立たないわけがなかった。
そう感じたのは俺だけではないらしい。先ほどまでの沈んだ雰囲気はもはや吹き飛んでいる。程度の差はあれ、誰もが目を輝かせているように見えた。なるほど、俺たちに共通しているというのはダンジョン探索の適性ということか。
「さて、まずはキャラメイクから始めようか。手元に端末が現れると思うからちょっと待ってね」
どうやら、転生するにあたってキャラメイクまでできるらしい。ゲーマーとしてはワクワクする時間だ。そのはずだったのだが……
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