第6話 立浪草の墓標 その肆
鉄貫老人は一通り語り終わると、椀に入った水を一杯飲み干した。
「儂の話せることはここまでだ。あまり納得はいかんとは思うがな。」
確かに荒唐無稽と思える。もし話を信じるのだとしたら、私が知る限りではまず有り得ないことがある。
「私の師匠は『人が死後塊にならず、自らの魂を保つのは難しい。魔祓いであれ、大僧正であれ、人は例外無く魂から澱が滲み出す。澱が無ければ魂はこの世に留まることが難しく、錨を失った船のごとく川の向こうへ渡っていく。』と言っていた。だから少々信じ難い。」
少々失礼かと思ったが、鉄貫老人はそれに怒ることはなく、
「彼奴が言うなら、この老いぼれた鍛冶屋の昔話よりは信じれるであろう。儂もそこまで頑固では無い。」
と言ってまた水を飲んだ。
先代の立浪草が亡くなったのは三十年程前、その頃私は生まれてすらいないし、四禅が父親から守護を受け継ぐのはその十年後だ。
故に四禅がこの事を知らないのは納得ができた。
流石に話ぐらいは聞いた事ないのか?と思うが。
「他に尋ねることはあるか?」
「先代立浪草の墓標の場所を教えて欲しい。睡蓮の弟子として参っておきたいんだ。」
墓参りも兼ねて、完全に安全かどうかを確かめたくもあった。
それに対し鉄貫老人は
「村の西、この村の全てを見渡せる丘に行くといい。険しいから気を付けるんだな。」
と言い、床の間から立ち上がった。
「調査の仕事もするのであろう?刀を貸せ、終わるまでに研いでおこう。」
刀を渡すよう促してきた。好意にあやかって渡す。その際に折れてしまった方の刀も目に留まったようで
「その折れた物は打ちなおしじゃな、鉄平!炉を起こせ!」
と言って折れた方も持っていかれてしまった。
「へいへい…休みなしかよ」
二人は立ち上がり、鍛冶場に向かう。
「良いのか?会って間もない小娘なんかに刀を。」
「気にするでない!あの糞餓鬼に恩を売りたいだけのことよ。」
そう言って鉄貫老人はニカッといたずらっぽく笑みを見せた。
「
「鉄平!さっさと始めるぞ!」
へいへいと言いながら鉄平も鍛冶場に行ってしまった。
玉鋼が打たれる音を聞きながら、一旦鉄貫老人の家を後にした。
外に出ると、日はもうすぐで天の頂に至ろうとしていた。
村の西の方へ向かいながらも、塊の痕跡が少しでもないかどうか調べる。
被害が全く確認されてないとはいえ、不安材料は取り除いておきたいのだ。
「土にもほぼ影響が無い?」
塊が近くで発生すれば、澱の影響で土に黒い濁りが混じる。
しかしそれすら一切ない。明らかにこの土地は異常だった。
「師匠に聞いておくべきだったか…」
三十年前以降、ここには訪れていないようだし知っているかは微妙だが。
調べては歩き調べては歩きを繰り返し、ようやく坂道に差し掛かる。
少し丘と言うには高く見える。この高さなら確かに村全体を見渡すことが出来るだろう。
道自体は大して整えられておらず、普通の人々には少々険しく思えるかもしれない。
「鉄貫老人が『恩知らず』というのも納得かもしれないな」
草を踏み分け、ようやく上まで登りきる。丘の上は開けた場所になっていて木の1本もない。
奥にはここからでも大きく思えるほどの大刀が突き刺さっていた。あれがどうやら先代立浪草の墓標のようだ。
近づくとその大きさがわかってくる。目測だが一間と少しの長さがあるらしい。
師匠が『勝てない』と言ってたのも納得だ、ここまで大きな刀を神速と称される速さで振るえるのは人間とは思えない。
「教えを乞うてみたかったものだな…」
墓標の下に立ち、静かに、深々と手を合わせる。
死から出づる物の怪を狩る生業をしているが、死者の魂はどこに行くのかは分からない。
魂は塊として祓われるか、澱を吐き出すかいずれかの方法で澱と分離した後、川を渡るとされる。
川を渡ったあとに仏教で言うところの極楽や地獄があるかもしれない、六道を彷徨うのかもしれない、輪廻転生の輪を巡るのかもしれない。
結局どこに行きつこうと、人は死ぬのだ。それが戦であれ、病であれ、災いであれ、塊の仕業であれ、老いであれ。
生まれて、死ぬ。そんな呪いのような理で巡っている。殺伐で残酷なのがこの世の常だ。
私だって師匠に拾われなければ
手を合わせるのは、この命を繋いでいる縁への感謝もあった。
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