第7話 立浪草の墓表 その伍
どれぐらいの間手を合わせていたかわからなくなってくる頃、突如ごうと風が吹き、草を揺らす音がした。
目を開くと、空が茜色に染まっている。
「なん…だ!?」
おかしい、先ほどまで太陽は天の頂にあったというのに、まるで黄昏のような空になっている。
刀を預けてきた事を後悔した、自分はは兄弟子の
周囲を警戒し、いつ何かが飛びかかって来ても対抗出来るように身構える。
「いかんな、そこまで殺気を漏らしてはいかん。まだ半人前だぞ。」
背後からいきなり声が聞こえて驚くが、飛び退いて振り返る。
そこに居たのは、人にしてはあまりにも背の丈が高い男だった。全身から発せられる気配も相まって、まるで天を衝く山を想像させるような初老の男であった。
「睡蓮の気配がすると思ったが、正体はお前さんか。何者かな?」
「私は睡蓮の第八弟子、魔祓いの彼岸花だ。」
「ほぉ睡蓮の弟子…アイツが弟子をとるようになったか。」
男はまるで孫を見るような目で私を見て穏やかに笑っている。師匠をよく知ってるような言動から、もしかしてと思い、問う。
「もしかして貴方が、先代の立浪草殿か?」
「いかにも。立浪草、先代黒楔とはワシの事だ。」
男は当然とばかりに答える。だがまだ完全に信じることは出来ない。
「貴方はとうに死んでいるはずだ…それなのに何故、私の目の前に現れる?」
「確かにワシは既に死んでいる。この地に残っているのはその魂の残滓にすぎん。」
「魂の、残滓?」
「左様。ワシは死の数年前から、人が澱を抑え込み魂の形を保ち続ける方法を求めていた。」
「しかしそれは…」
「うむ、我々魔祓いが現れた奈良の時代より叶わぬ事であった。しかしワシは、この地を後にすることがどうしても不安でならなかったのだ。」
澱は言わば現世に残した業の様なもの、と言われている。これがなければ魂は吸い込まれるように川を渡ってしまう。
しかし、これを取り込んだままいることは出来ない。澱はそのままでは魂を侵食する。そうなってしまえば魂を吸収した、より強力な塊へと変じてしまう。
いわゆる三大怨霊と呼ばれるような者たちは、澱に飲まれてもなお、その強力な精神で自我を保ち、他の魂より出てた澱の混ざりあった体を我が物にする力を持っていた。
これはいわゆる例外例であり、普通の人間は混じり合う自我に飲まれてしまう。時々浮かび上がることもあるが、それはただの泡のように一瞬の物に過ぎない。
「結局、ワシはそこにはたどり着けはしなかった。」
「ではどうやって、貴方はこの世にとどまっている?」
「ワシはこれを使ってこの世に自らを縛っておるのだ。」
立浪草が指さしたのは、墓標とも言える大刀であった。
「大刀?」
「そうだ。正確には鍔に埋め込んだ浄め石。死の寸前ワシはそこに、自らの魂の一部を縛り付けたのだ。」
「魂を縛り付ける…?」
理解ができない、というか理解が追いつかない。魂を縛り付けるなんて聞いたことも無い。
「地縛というものだ。かつて魔祓いが祓いきれなかった菅原道真の事は知っておるだろう?」
「確か、浄めの力が強かった北野と大宰府の地に分けて封じ込めたという…」
菅原道真公との戦いは、三大怨霊の中でも多くの民草、魔祓いが死んだとされる戦いだったと聞く。結局封じ込め、神として奉ることによって時代ともに浄化されることに賭けるしか出来なかったとも聞く。
「うむ、それに使われたのは浄め石で作られた石錨であった。ワシはその方法を、もしワシがたどり着けなかった時の代わりとして用意していた。」
「だから澱に飲まれず、川を渡ることもなくここにいる、と。」
「左様。」
話が早くてよい、とでも言うように頷く。
「しかし、しかしだ。魂を縛り付けているということは、自らの魂を貫いているという事。それは──」
それはおそらく、想像もつかない苦痛を伴うに違いない。
「痛みなど、とうに忘れたさ。どれだけこの魂が希薄となり、天か、地と一体になろうともこの村を、塊が絶える日まで守り通す事を魂に誓ったのだ。」
声こそ穏やかであったが、そこには仏僧が言うところの
「故に─」
突如、周りにいつも自分が感じている気配がする。
「今もワシは戦場におるのだ。」
現れたそれは、大型の塊であった。
黄昏の魔祓 霧屋堂 @thanatos913
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