第2話 戦場の曼珠沙華 後
馬は要らないと啖呵をきった以上、遅れる訳には行かないので、足先に力を込め、飛ぶようにして地を蹴る。
少しも経たないうちに、弓屋の馬に追いつく。
「さすが魔祓い様…まるで同じ人とは思えませぬな」
「なにしろ人ならざるものを相手にするからな、人しか殺さない武士とは鍛え方が違う。」
弓屋の褒めてるのか分からない表現に腹が立ったので、嫌味を込めて言ってやったのだが、弓屋は逆にやる気になったようだ。一体どういう考え方をしているのだろうか、こいつ。
しばらくしてさっきの村長の家の数個分とも思える大きさの屋敷が見えてきた。もう日は少し傾いていた。
「あれが四禅様の屋敷になります」と弓屋が指をさした。
「魔祓い様をお連れしました。」と門番に弓屋が声をかけると、門番はそそくさと門を開け放った。門番は私の恰好を見て、悪い物でも見たようにすぐに目をそらす。
慣れた対応だ、むしろこの方が落ち着く。
門をくぐると、馬を戻しに行った弓屋の代わりに別の家来が案内してくれた。
「ここでお待ちください」そう言われて四禅の屋敷の奥間に通された。座って待っていると、強面の髭面の男が入ってきた。
今の四禅は十年前に父親から引き継いだ長男であると聞いていたのだが、顔は歴戦を思わせる強面のために、とてもそうは見えない。
「この度は御足労を煩わした。私が領主の四禅兵左衛門だ。」
「魔祓いの彼岸花と言う。」
非常に淡白な挨拶を交わした。おそらく寡黙な人なのかもしれない。
「単刀直入に聞こう、なぜ私を呼んだ?」
「うむ…弓屋から聞いたであろうが、一度魔祓いというのがどのような者なのか会ってみたかったというのが一つだ。」
それは本当だったのかと思う、物好きな守護もいるものだ。それはそれとして、気になるのは一つと言っていることだ。
「一つ?」
「うむ。実はだ、この四三河村周辺の乱以外に、現在二つの乱が我が領地に起きていてな。これらは既に治まっているのだ。しかし塊が出たという話がまだ無く、民衆から不安の声が上がっている。そこで彼岸花殿、貴方にこれらの調査と退治も頼めぬだろうか?」
何やらさらに面倒な事になりそうである、休みが遠のく気配に溜め息が漏れそうになるが、わきまえて抑える。
「…依頼は受けよう。その前に四三河村の依頼を終える事を優先させてもらう。あそこはもう猶予がない。」
「うむ…頼む立場であるが故、無茶な注文はせぬ。しかしながら受けていただけると聞いて安心できた…感謝する。」
そう言って四禅は深々と頭を下げた。慌ててそれを止める
「やめろ、忌み事を行う魔祓いに武士が頭を下げるものでは無いはずだ。」
「いや、我はそうは思わない。貴方達魔祓いは
四禅は頭を下げたままそういった。大半の武士は見下してくる事が多い中、なんとも真面目すぎる人間だと思った。
「…失礼を承知でお聞きするが、四禅殿は馬鹿真面目と言われた事は?」
「うむ。実は皆、我をそう呼ぶのだ。我は誠実に職務を果たしているだけに過ぎんのだが…」
寡黙なんじゃなくて真面目過ぎて常に悩みを抱えてるんじゃないだろうか、この人。
「とりあえず私は四三河村近くに戻る、明日の日が出ているうちに塊を倒さなければならない。改めて後日来る。」
「うむ、頼んだ。塊退治に我が助けられる事があれば出来る限りするが、何かあるか?」
一寸悩んでから私は答えた。
「では火打石を一つと不要な刀を一振お願いしたい。」
「承知した、今準備させよう。」そういうと四禅は部下に命じて持ってこさせた。用意された刀を抜き、軽く振って感覚を確かめてから、また納める。
「それで十分だろうか?」
「ああ、問題無い。感謝する。」
火打石を元々背負っていた荷物の中に入れ、刀を横に差す。
「それでは私は戻らせていただく、四三河村での事が終わり次第、再び伺う。」
「うむ、武運を。」四禅は頷いてそう言った。
頭を下げて、部屋から出る。部下であろう人が、門まで送り届けてくれた。
門から出て、元来た道を戻る。夕日はもうほとんど沈んでしまっていた。
四三河村近くにまで戻ってくると、村の方にいくつかの提灯の明かりが見える。
一体どうしたのだろうと思い、足を早める。村にはいると何やら村長の家近くでざわめいている。
「終わりだ…!」「魔祓い様はまだか!?」「どうなっているのですか村長!」
何かがあったらしく、人混みを掻き分け、その中心に向かおうとする。
「落ち着け!落ち着くのだ!魔祓い様は必ず戻る!」
村長が嗄れた声で村人を落ち着けようとする、しかし村人は
「そうは言ったって…」「いつ戻るんだ!」「半刻で滅ぶと聞いたぞ!」
と、一向に落ち着く気配がない。
収めるためにも名乗り出ようとするが
「ここにい」「四禅様の屋敷に行くべきでは?」
「だからここに」「どうにかしなければ我々は終わりだ!」
このように妨害されてしまい、出ようにも出れない。
終いには大声で
「彼岸花が戻った!」
と叫ぶと、周りが一斉にこっちを見た。
「魔祓い様だ!」「お戻りになってるぞ!」「助かったんだ!」「村長!魔祓い様が!」
口々に希望に満ちた声で騒ぎ立てている。この隙に群衆を掻き分け、村長の元に辿り着いた。
「私がいない間に一体何があった?」と聞くと、村長は眉間に皺を寄せて話し出した。
「実は村の子供が数名、件の戦場に行ったまま帰ってこず…帰ってきた一人も震えて話そうとしませんのです…」
村長の傍には膝を抱え込んで震えている一人の子供がいた。
やってくれたな、と思った。不測の事態が起きる可能性は考慮していたが、出来れば起きて欲しくは無いのだ。
「はぁ…完全に不味い事になった…」
「やはり不味い事でしたか?」村長の顔色が青くなっていた。
「ああ、かなり。このままだと今夜中に攻めてくる。」この時の自分はおそらくかなり怖い顔になっていただろう。周りの群衆のどよめきも結構なものになっていた。
「ど、どうしたら良いでしょうか?」
「塊に対してはこれ以上何もしない方が良い。私はこれから準備をする。村人をできるだけ避難させろ。被害をこれ以上出さないようにな。」
私がそう言うと、村長は村人達を一喝して避難するように促し、自らの家の門の内に匿った。
それを見届けてから、準備に取り掛かる。
荷物を広げ、焚き火を準備する。火が準備できたら、荷物の中にある黒塗りの壺の蓋を開け、
この釉薬は、とある希少な鉱石を砕いて作るもので、これを塗った道具は塊へと対抗するための武器になる。
前の仕事で使っていた刀の予備のために、念を入れて作っておくのだ。
刀身全体に塗り終わったら、それを火に当て、釉薬を定着させる。隈なく火に当てると、光沢と艶が出てくると同時に、冬の月のような淡い青色の光を宿す。
「よし…あとは来るのを待つだけか……」
悠長とはいかないが、少し余裕が出来たので貰った水団を食べる為に、入れ物を少し火に当てて温める。軽く温まったので、食べ始める。余裕が出来たとはいえ、警戒はしていた為、味はあまり分からなかった。
パチパチと焚火が爆ぜる音だけが、闇に響いて吸い込まれていく。
そのまま時が過ぎるかと思われたが、突如暗闇に甲高い
「来たか……」
焚き火を消して、先程用意した方ではなく、元々持っていた方の刀を抜いて暗闇に向ける。
地響きのような、巨大な蛇が地面を這いずるような、そんな音が迫ってくる。
そして、塊が姿を表した。それは、夜の闇の中にあるのにもかかわらず、際立って黒光りしている。その体は継ぎ接ぎになっている。全体を表すなら腹が太った蛇のような姿をしている。
「ヒトハどこ二ィる?」「誰モイナィよ」「ウラめシぃ…」「くィものがほしィ」「オかァザん」「ィタイ」「苦シィ」「シぜンめェ…」「呪ゥ…」
ああ、なんて耳障りなんだろう。いつもそう思う。幾つもの人々や獣の澱が混ざりあったその声は、ただただ神経を逆撫でしてくる。
「アソこ二女だァ……」「ちぃサィ女だ。」「他二ヒトはィなィか?」「ィない」「喰ってしまおゥ」「ソゥだ。クォゥ」
塊はこちらを標的と捉えたようだった。
「黙って祓われるなら乱暴はしないが、応じる気はあるか?」と、一応呼びかけてみる。
「黙レ」「魔祓ィか」「ソッチこそオトナシク喰わレロ」
「おかァさン」「助けてェ」
たまに聞こえる子供の声はおそらくいなくなった子達だろう。
「なら、容赦は必要ないか…」刀を構えジリジリと距離を詰めていく。あと少しで刀が届くほどの間合いになるか否かになった時、塊が体から伸ばした触手を三、四本振り回して襲いかかってきた。
一本目をしゃがんで避け、二本目を跳んで避ける。三本目と四本目は避けずに刀で斬り落とす。
避けた触手や、斬り落とした触手が近くの建物に激突して建物が崩れる。
斬り落とされた部分は青白い光に包まれて消えていく。自身の一部を削り取られた事に、塊は困惑のような恐怖のような反応をする。
「ちィ!軟弱モのめェ!」
塊の自我の強い澱の一つが表層に現れ、主導権を握ったようだ。
「いつまでこの世に固執している?死してまで現世で悪行を重ねてないで、さっさと川を渡ってもらおうか。」
「黙れェ!貴様のようナ小娘なぞに我々ノ何がワカルゥ!」
塊は触手を大量に生やし、あらゆる方向から攻撃を仕掛けてくる。刀を振るって上下左右あらゆる方向から迫ってくる触手を斬り落としたり、いなしたりして攻撃を回避する。ガラガラと言った音や、轟音が響いて建物が倒壊する。
避けたり触手を斬り落としたりしている間に、塊がだんだんと澱を削ぎ落とされ、弱くなってきているのを感じた。
「はャく」「ラクにナル」「あァ…アチラニイけルノなら…」「ィタイ…」「やめたィ……」
だんだんと塊も戦意を喪失しかけているように見え、今なら仕留められるかもしれないと思い一気に接近して刀を振り下ろす。
しかし、金属の折れる音がしたと共に、遠くに吹っ飛ばされた。受身を取ったので怪我はなかったが、刀は見事に折れていた。
「まだ戦う意思があるのか…」
「ソウダ」「まだ恨みはラサで」「オワらぬ」「おわらせヌ」「恨めしィ……!」
余程強い恨みがあった人々なのだろう、濃い澱の気配を感じる。
どうにかもう一つの刀を抜かなければならないのだが、絶え間なく続く塊の攻撃を避けていなければならないので、刀を抜く暇がない。
「…このままだと不味い」
素早い触手の動きをどうにかしなければならない、一瞬でも隙が出来れば良いのだができそうにない。考えながら避け続けていると、不意に風を切る音がした。
続けて何かが塊にあたった鈍い金属音と、地面に何かが転がる音がした、それは矢だった。
「アァ?」
塊が矢の飛んできた方向に注意を向けた事で隙が生まれた。その隙を逃さないように、刀を抜く。
一歩、二歩と力強く踏み込み、その図太い体に斬り込む。
「アぁあァアあァアぁぁぁァァァ!!!!!!!!」
塊は両断され、後の部分にあたる方が青白い光に包まれて消えていく。
斬られたのにしぶとく残っている前の部分は、斬られた部分を補うように形を変えるが、大きさはもはや半分も無かった。
「マ、マてェ!やメてクレェ!」「マだ消えたクナイ!」
随分と小物らしい声で命乞いをするものだ、死んでいるというのにしつこい程にこの世に固執したいらしい。
「既に人を数人喰ったお前らに慈悲があるとでも?」刀を構えながら一歩一歩近づく。
「グ、グぅゥ…」「まだウラみがァ……」「シ禅ヲぉ……!」
それに対して塊は一歩一歩後ろに下がる。
「
万事休すとこちらに飛びかかってきた塊を袈裟懸けに斬る。塊はもはや叫び声すら出さず粉々に崩れ落ち、青白い光に包まれて消えていく。
軽く刀を振って塊の血を落とし、鞘に納める。ついでにさっきの矢を拾っておく。
「ふぅ……」緊張が解けた事でどっと疲れが襲ってきた。周りを見渡すと、塊が暴れ回った影響で酷い有様になっていた。
東の空は白くなっていて、夜が明けてきていた。
村長の家の方まで戻ると、物音が聞こえなくなったことで気になったのか、何人かの村人が外に出ていた
「終わったのか?」「魔祓い様は無事か?」
「塊は消えたのか?」「どうなっている?」
ある程度自分が近づくと、村人達が自分に気付き。
「魔祓い様だ!」「終わったんだ!」「救われたぞ!」
「助かったんだ!」
と歓喜の声を上げ、中の村人達に知らせるために引っ込んで行った。
囲まれそうなので誰も居ない間に荷物を片付け、村長の家の門を潜った。
中ではまるで祭りのような騒ぎで、こちらを見掛けると口々に感謝を述べてくる。やはり感謝されるのは慣れない事なので、とても恥ずかしかった。
「魔祓い様、本当にありがとうございました…!」
村長は何度も何度も頭を下げて感謝してきた。
「いや、それほどでも……」
「それほどでもあるのです、我々の為に危険を冒してくれたことに感謝しない事がありましょうか」
「はぁ…」忌み事だから危険を冒すのは当たり前なのだが、と思う。
「ところで、さっきこの矢を放った奴はいるか?」と聞くと、村長達は首を傾げて
「はて…少なくとも私達は存じませんが」
なら村人では無いのだろうか?まぁ気にする事でも無い。それから被害などの報告を村長にし、村を後にする旨を告げた。
「これからどうなさるのですか?」
「四禅殿から依頼を受けている、故にもう一度四禅殿の屋敷へ向かおうと思っている。」
「それはそれは…魔祓い様も多忙ですな。」
「これが我々の仕事だ。」
去る前に、魔祓いとして最後にやる事を済ませる。浄め石を渡す事だ。
「この石を件の戦場に埋めておけ、数年は澱が溜まらず塊が出ないようになる。」
村長はその石を手厚く受け取り、
「ありがとうございます、魔祓い様もご無事で…」
と言って頭を下げた。
軽く会釈をして、立ち去る。少し後ろを見ると多くの村人が見送ってくれていた。
村が見えなくなってから、四禅の屋敷に向かって走りだした。
浄め石の埋められたその戦場には、
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