黄昏の魔祓
霧屋堂
四禅領編
第1話 戦場の曼珠沙華 前
「魔祓い」と呼ばれた人々を知っているだろうか?
数百年前。時期にしておおよそ
地上にて
彼らは特殊な道具を用いて塊の大半を討ち滅ぼし、人々には平穏が訪れる事となった。
その最初の魔祓い達は「
楔達によって危機は去ったものの、完全に無くなった訳では無かった。故に魔祓いは少数ながらも後継者を増やし、後の時代の為にその技を遺した。そして彼らは、人ならざるものを狩る存在として、花の名前を自らの名としていた。
これが平安より前から細々と続く「魔祓い」、人々の歴史の裏にいた調停者だ。
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「また乱があったそうだな。」
「いやになるねぇ、物騒で。」
「
時は
「おい聞いたか?件の戦場で塊が出たってよ」
「塊が出るようになったか…魔祓い様が来るまで村に影響が無ければええがのう……」
数日前に乱があり、多くの血が流れた
それは村人だけではなく、そこの村を含めた周辺を治める中級守護の
彼は十数年前に父親の地位を継いだ若き守護である。
それ故に、自分の未熟さに苛立ってもいた。
「四禅様、また四三河村の者から
「わかっておる、わかっておるのだ…!」
あまりの苛立ち様に側近の
「…返事はいつも通りでよろしいでしょうか?」
「あぁ…頼む。」
塊は放っておけば自分たちにも危険が及ぶ
それは何故か?単純である、彼らの鍛え上げた弓の腕も刀の腕も、塊の前には無力も同然だからだ。
以前天下一の勇士を自称し、塊に挑みかかった者がいた。彼の放った弓は塊の身体に1つたりとも刺さらず、切りつけたはずの刀は塊の肉を傷つけることすら叶わず折れてしまった。
最期は拳で挑みかかるも、触れた部分から喰われ、骨すら残らなかった。
塊には魔祓いの持つ道具が無ければ、対峙することすら叶わない。
武士の中にも
いつ自分の同族が生み出した化け物によって死ぬのか分からないという恐怖に襲われる中、一人の魔祓いが村に訪れた。
「ようやく着いたか、師匠も人使いが荒い…」
黒い男物の着物を着て、腰近くまである長頭巾を被った小柄な少女、彼女が魔祓いである。
彼女の名は
幼い時に戦で親を亡くし、死体の
たまたま近くの地域で仕事を終えたばかりの頃に師匠の指示を受け、駆けつける羽目になったのであった。
ここの村でとりあえず飲む物と食料を貰おう。そう考え、その辺の民家の戸を叩く。
「へぇ、ただいま!」という返事がしてから少しして戸が開き、それなりの歳であろう女性がでてきた。
「どう言った御用で?」少々怪訝な顔をして女性は聞いてきた。仕方があるまい、戸を開けると見慣れぬ黒坊主が突っ立っているのだから。
「自分は旅の者、少しばかり食糧と水を分けていただきたいのだが。」
「それはご苦労なことでございます、
「それで構わない。銭はいくら必要か?」
「五文ほどいただければ十分でございます。」
多少足元を見られている気もするが仕方がない。包みから銭を五つ取り出して手渡す。
「では用意しますゆえ、少し中でお待ちくださいな。」
と言って女性は中に入っていった。
「感謝する。」それに続いて自分も中に入る、中は普通の民家と変わらない造りで、中心に囲炉裏がある。
奥では主人らしき男が
「小さなお客人とは珍しい、寒いだろうから当たると良いでしょう。」
と言って囲炉裏の近くに来るよう促した。好意を無下にするのも悪いのでそれに従い、囲炉裏の近くまで上がる。
荷物を降ろして、頭巾を取って一息つく。
休む間もなく駆けつける羽目になった為、少々疲れた。
それから少しして、男が
「どうしてこんな辺境の村に気なすったんですかい?」
と質問してきた。
「師匠に言われ、仕事をしに来た。」
「仕事と言うと…商いですかな?」
「商いに師匠もないだろう。」少し笑ってしまった。商いがどんなものかは分からないが、師匠がいるならそれは興味深い。
「では一体?」
「あまり人に言うべき職でもない、少し物の怪を狩るだけのことだ。」
言い終わるか言い終わらないかあたりで椀に入った水団が運ばれてきた。
「口に合うかは分かりませぬが…持つ分も今用意しますので」
「十分だ、有難い。」
湯気が立っている
食べ終わるか終わらないか辺りに、男がまた声をかけてきた。
「あんたもしかして…魔祓い様かい?」
「ああ、そうだ。」
別に隠し立てすることでもないので淡々と答える。すると男は目を見開き、活気だって外に飛び出した。
「おおい!魔祓い様だ!!魔祓い様が来てくださったぞー!!」
そう外から聞こえてくる。
「魔祓い様、水と
女性は急にかしこまった態度で渡してきた。これ程の身の変わりようは才能だろう。
「私は村長の家へ行く、どう行けば良いんだ?」
「出て右の方に向かっていけば
「有難う、それでは失礼。」
荷物を持ち、頭巾を被り直し言われた方向へと歩いていこうとした。そうしたらさっきまで閑静としていた村の通りに、人々が溢れかえっていて面食らった。
「さっきの主人のせいだな…はぁ……」
魔祓い忌むべき仕事であるため注目される事には慣れてない、それ故に恥ずかしく感じた。
「あれが魔祓い様か」「随分可愛らしい魔祓い様だな」
「これでもう怯えなくていいんだな!」「ありがたやありがたや……」
好奇の目か希望の眼差しなのか、左右からの視線が痛く早歩きになる。
しばらく進むと前方にそれなりの老齢であろう男が待っていた。
「儂は四三河村の村長
弥吉というのはさっきの主人の事だろう、村長の所にまで行ったのだろうか、足が早すぎないかと少し思う。
「魔祓いの彼岸花と言う。師匠の睡蓮に代わり参った。」
睡蓮、という名を聞いた途端、村長の糸のような目がカッと開いた。
「あの睡蓮様のお弟子様でしたか!なお有り難きことでございます…」
一体幾つの武勇伝を持っているんだうちの師匠は、と思う。楔になれる程の功績を持っているとは聞いているが、師匠の名前を出しただけで感謝されるのは弟子として荷が重い。
「そちらに連絡の文が行ったはずだが、届いてはいなかっただろうか?」
「いえ、まだ届いて──」
村長が言いかけたところに、足に文をつけた鷹が降りてきた。
こいつは師匠が連絡用として飼っている鷹で、オモトという名が付けられている。
「お前なぁ、私より遅れたって師匠に知られたら食料にされるぞ…」
どうやらこの馬鹿鳥は道草を食っていたらしく、私より遅く来てしまったらしい。さっきからこちらを向こうともしないのが証拠だろう。手紙が2個着いており、片方はどうやら領主の四禅宛のようだ。
文にはこう書かれていた。
四三河惣太郎殿
この度領主の四禅兵左衛門殿から、四三河村周辺に出現した塊の討伐依頼を受け、
私の代わりに弟子である彼岸花を向かわせた事をお知らせいたします。
私自身が行けない事を不安に思うかもしれませんが、彼岸花も腕は私に劣っておりませんので、信頼して頂きたい。
草々
睡蓮
追伸
少々口調が乱暴ですが、悪気はないのでどうか許してやって頂きたい。
「随分と睡蓮様に信頼されているようですな?」
「別にそこまで…」
村長の言葉に少し恥ずかしくなって声が小さくなる。
それをオモトがからかうように突っついてくる。普段から気に食わない鳥だが、かなり癪に触ったので
「ほら、お前領主の四禅のところにも行くんだろう?さっさと行け。師匠に食われたくないならな。」
と脅しつつ追い払った。オモトは「食われる」の部分に怖くなったのか、素早く飛び去った。次やったらホントに食ってやろうか。
「とりあえず、塊の出た場所などの情報をお願いしたい。」
「そうでしたな、とりあえず
そう言われ、村長の家へ移動した。村長だけあってどの家よりも大きかった。
門から入ると、村長の家族や使用人であろう人達が出迎えてくれていた。
中の広間に通され、しばらく待っていると地図を持って村長が戻ってきた。
村長は地図を長机の上に広げて、見るように促す。それに応じ、覗き込む。
「場所はこの近くで起こった乱の戦場跡の草原となります。」と言って、とある部分を指さした。
「その乱の死者はどれくらいだ?」
と聞くと
「正確には分かりませぬが…おおよそ二百人程度に登るかと」村長は難しい顔をして答えた。
「ふむ…おそらく中級の塊だ、本格的に暴れ回ってたら危なかった。」と言うと、おそらく家の長男らしき人が恐る恐る、
「も、もし本格的に暴れていたら…?」
と聞いてきた。私ははっきりと、
「少なくとも、四三河村は
と行った。それを聞いて、その場にいた全員がどよめき出した。しかも窓の外からもざわめきが聞こえてきている、村人達が気になって聞き耳を立てているらしい。
「明日に退治する。様子からしてこれ以上刺激すれば暴れ出す可能性がある、誰も近づけさせないようにしろ。」そう言うと村長は頷き、
「
と使用人の1人に命令した。三治郎と呼ばれた青年は、少し後に立札を持って外に駆けていった。
「彼岸花殿、今夜はどうされるのですか?」
「今夜?戦場近くで野宿でもするつもりだが…」と話していると、使用人の1人が
「彼岸花様に四禅様からの使いが来ております!」と駆け込んできた。
「ええ…」直感で面倒な事の気配を感じとり、思わずうんざりとした声が漏れる。
「その…使いは何処に?」
「今門の外に待っております。」
深い溜息をついて外に出ると、確かにそれらしい使者がいた。
「彼岸花様でございますね?」
「そうだが…お前は?」と聞くと、使者の男は頭を下げて、
「当方は四禅様の側近を務めております、弓屋四郎衛門と申します。この度の塊の討伐の為に魔祓い様が来てくださったとの知らせを聞き、四禅様がぜひ会いたいとの事でして…」
わざわざ忌み事を行う自分に会いたがる理由が分からない、しかし下手に断って余計に面倒なことになるのは避けたいので
「わかった、連れて行ってくれ。」と答えた。
「では馬を…」と言って馬を借りようとした弓屋を
「いや、自分で走るからいい。」と言って止める。馬なんて不安定な物は信用出来ないから嫌なのだ。
「はぁ…そうですか。ではお先に行きます故、着いてきてくだされ」と言って弓屋は馬を走らせて行った。
弓屋が見えなくなってから、村長の方を振り返り
「では村長、明日まで場所の管理を頼む。」と言って頭を下げる。
「彼岸花殿もよろしく頼みますぞ。」そう言って村長は送り出してくれた。
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