第3話 立浪草の墓標 その壱

 魔祓いの話の次は、魔祓いの中でも重要人物である「楔」について話をしよう。

 楔とは、初代の魔祓いである5名に与えられた称号だ。

 魔祓いの数が増えるようになってからは、初代の偉大なる功績に値する実績を積んだ魔祓いにのみ受け継がれる称号として存在する。

 それぞれ朱、青、白、黒、黄と分けられており、この中で唯一ほかの楔より高い権威を持つのが黄の楔。この楔は初代の魔祓いでも最も強者であった者に与えられ、受け継ぐ者は並外れたの強さを持つ者と認められた者のみなのだ。

 中央を黄の楔が、そこから四つに分担された地域を四色が管理し、地域ごとの魔祓いに指示を行う役目を持つ。

 彼らは魔祓いを統括する者、時には教育者として新たな魔祓いを鍛え上げる者として存在し、人と人ならざるモノの均衡を保つ役割を持っているのだ。


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 長い道をひたすら歩き、四禅の屋敷にたどり着いたのは塊の討伐から一日後だった。体を鍛えているとはいえ、戦った後に馬が要る距離を走るのはさすがに無理だったので致し方ない。

 もしかしたら薩摩さつま出身の人間ならばできるのかもしれないが。

 門の前で門番に「魔祓いの彼岸花が戻ったと伝えろ。」と言うと、少し経ってから門が開き、前と同じ部屋に通された。

 前とは違い、四禅は最初から部屋で座って待っていた。自分が入ってきたことに気が付くと立ち上がって

「彼岸花殿、よくぞ無事にお戻りになられた。」

 と本当に嬉しそうに言っていた。歓迎されるというのはやはり慣れない。

「どうということはない、魔祓いにとってはいつもの事だ。」

「そうは言ってもお疲れであろう、座るといい。」

 その言葉に甘え、座ってから長頭巾を取り、荷物を下ろす。

 部下の1人が水を差し出してくれたので、礼を言ってからいただいた。

「早速だが、件の二地域についての情報をくれ。時間は有限だからな。」

 疲れている暇もない、塊が発生すれば手遅れになる場合もあるのだ。

「うむ、今もって来させよう。」

 そういうと四禅は部下に何か命じ、自身も奥に入っていった。

 少し経ってから、地図を持って四禅と部下が戻ってきた。

 地図を床に広げ、四禅が口を開く。

「一つ目の地域はここだ。」そう言って地図上に指を指す。そこはここから西方にある地域であった。

黒岩累坑こくがんるいこうか」

「いかにも、ご存知であったか?」

「当然だ。」

 黒岩累坑こくがんるいこう、抗とつくとおりここは鉱山の一つなのだが、この場所を知らない魔祓いはいないと言われる程有名な場所だ。なぜなら─

黒岩累坑こくがんるいこうは楔であった先代・立浪草たつなみそうの墓所がある場所だ、知らなければ魔祓いとしては恥だ。」

「なるほど、そうであったか…不躾な質問をして申し訳ない。」

 逆に武士で知っている方が珍しいのだから謝る必要はないのだが…馬鹿真面目である以上仕方がないのかもしれない。

「構わない、武士で知っている方が珍しい。とりあえず情報を教えろ。」

「う、うむ。そこで起こった乱を鎮圧したのが二十五日前の事だ。」

 二十五日も前なのか、と少し驚く。

「しかしながら未だ塊が発生したという報告が無い。黒岩累坑の村場に住んでいる者達は何も言わんのだが、周辺に住んでいる民衆から不安の声が上がっている、故に調査をお願いしたいのだ。」

 確かにそれはおかしな話だ、と思う。通常であれば十日もあれば染み出した澱同士が固着し始め、多少の影響はあるはずなのだ。

「その乱での死者は?」

 部下のひとりが口を開く、

「おおよそ三百人と記録されています。」

 四三河村の塊よりも少し多い、少々厄介そうな気配を感じる。

「…中型の塊だが、もし発生しているなら少々まずいな。」

「四三河村よりもまずいと?」

「塊が出現しているならば取り込んだ澱が中型にしては多い。さらに言うならば日数が経っているという事は何かしら周辺のものを取り込んでいてもおかしくはない。放っておけば一帯が滅ぶのに寸刻も要らん。」

 その言葉に、場にいた四禅の部下達がどよめく。

「寸刻もいらぬと!?」

「ああ、瞬だ。」

 瞬、という言葉に動揺したのか部下たちは慌てだす。だが、それを四禅が片手で制し、

「落ち着け、我々が依頼している相手を忘れたか?」

 と言葉でも制したことで部下たちは落ち着きを取り戻した。

「彼岸花殿、対策が無い訳ではないのだろう?」

「無論だ。」

 私の言葉に四禅は深く頷き、安心した様な表情を見せた。

「黒岩累抗の件は優先しよう、とりあえずもう一方についても聞きたい。」

 そう願い出ると、四禅は黒岩累抗とは別の赤丸を指さした。

 そこはここより北方の海沿いであった。

「二つ目はここだ。」

「港町の様だな?」

 四禅は頷き、

「うむ、在郷港ありさとみなとという我が治める地域の中でも重要な地点だ。」

 おそらく四三河村しみがわむらなど多くの村との交易があるのかもしれない。海とは無縁そうな四三河村に昆布があったりしたのはおそらくここの影響だろう。

「乱が終わったのは?」

「今日で約八日前となる。」

「死者は?」

「不明だ。」

 その言葉に固まった。

「ふ、不明?」

「...実をいうと倭寇が相手だった故に海上での戦いが多くてな、大凡な人数の把握も進んでいないのだ。今は弓屋たちを向かわせて調べているのだが...」

 しかも海上ときた。思わず深いため息が漏れる。

「ま、まずかっただろうか?」

「これは正直私だけでは無理だ。師匠に増援を依頼する故、後回しにさせてもらう。」

 私の「無理」という言葉がよほど衝撃的だったのか、再び慌てる部下を制しようとする四禅の声は少々震えており、顔は濃い藍染のごとく青ざめていた。

「紙と筆を頂けるか?」

 と聞くと、部下の一人が走って取りに行き、手渡してくれた。

 床に座り込み、文をしたためる。


 睡蓮師匠

 守護四禅兵左衛門殿より依頼を受け、黒岩累抗・在郷港の塊調査を請け負いましたが

 有郷港に関しては私一人では手に負える案件ではないと思われます。故に救援として一人ほどこちらへ増援を派遣していただきたい。

 草々

 第八弟子・彼岸花


 このように文をまとめ、墨を乾かしてから折りたたむ。

「少し席を外させてもらう。」

 そう言って部屋から出ると、四禅の屋敷の庭に降り、荷物の中から小型の笛を取り出し、思い切り鳴らす。

 甲高い音が響き渡り、空に吸い込まれていく。それから少しして、例の鷹が飛んできて腕にとまった。

「ご苦労だな、オモト。」

 オモトはいつも通りこちらを馬鹿にしたような目で見ている、腕から振るい落としてやろうかと思うが、我慢してその足に文を括り付ける。

「さっさと届けろよ、遅くなったら師匠の代わりに私が食ってやるからな。」

 そう言って空に放つと、必死に羽をバタバタ言わせながら飛んで行った。懲りない馬鹿鳥だ、と思う。

 オモトが見えなくなるまで見送ってから、四禅達がいる部屋に戻る。

「ど、どうなったのだ?」

 部屋に入るなり四禅が不安げに聞いてくる。それに淡々と、

「師匠に文を送った、予定通り届けば数日以内に増援が来るだろう。」

 と答えると、少し安堵したのか息を深く吐いた。

「それで、彼岸花殿はこれからどうされるのだ?」

「黒岩累抗の調査に向かう、こちらは師匠から返事が来るまでには終わるだろうからな。」

「今、我が手伝えることはあるか?」

 と問われたが首を横に振って

「必要ない。事が終わり次第、また来る。」

 そう言って荷物を持ち、長頭巾を被りなおしてから退室した。


 

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