第4話 立浪草の墓標 その弐
四禅の屋敷を出ると、日はまだ東の方にあった。来た方向から反対にあたる道を走る。
権力者たちはこの山から採れる特殊な
それで作られた刀は、
そのような鋼、
身の丈以上の大刀を目に見えぬほどの神速で振るい、塊を寄せ付けぬまま塵へと変えたらしい。
晩年は長年の戦いによる疲労からか盲人となってしまったが、むしろそれによって神の如き太刀筋を手に入れた、と言われている。
そして師匠が唯一苦手だったと言っていた人でもある。
第四弟子までの兄弟子達は会ったことがあるらしいが、私は師匠に引き取られた時期には既に亡くなっていたため、会うことはできなかった。
破天荒で大胆不敵かつ傍若無人 、「神風が人の身を得て生まれた男」とまで揶揄される師匠にとって唯一頭の上がらない人、それが先代・立浪草だったと兄弟子達が言っていたのを覚えている。
それを聞いた私は、「師匠にそんな醜態があるなら見てみたかった」とよく思ったことがある。うっかり口に出せば修行を増やされて死にかけるのだが。
そんな修業時代の少々苦い思い出を思い出しながら、草がまばらに生えた道を走っていった。
半刻ぐらい走ったころ、山の麓に小さな家の集まりが見えた、いくつかの家からは屋根から煙を吐き出しているものもある。それが鍛冶を行っている家だろう。
村場の入口にまでたどり着き、比較的村の入口に近い距離にある井戸にいた男に声をかける
「おい、少しいいか?」
「ん?俺かい?」
振り返った男は引き締まった体系をしているが、腕のところどころには染みついたような小さい
男は私をジロジロ眺めてから、
「その格好、もしかしてお前って魔祓い様か?」
と物珍しそうな声で聞いてくる。
「ああ、四禅殿の依頼で派遣されてきた。ここが
「おう、そうだぜ。つい二十日ぐれえ前にあった乱の後片付けがまだ済んでねえんでな、ちっと取り込んでんだ。」
「その乱のせいで出るはずの塊が出てないと聞いたが?」
男は特段不思議がるそぶりもなく
「どうやら最近来た武士がいうにはそうらしいなぁ。この辺りじゃたまにある事だってうちの
と言う。魔祓いの私ですらそんな事例は聞いたことがない。
「その爺さんに話は聞けないか?」
「いいぜ、家まで案内してやるよ。ちょいと待っててな。」
そういうと男は
「ついてきな!」
といって小走り気味に先導してくれた。
男について行くと、村の中でも2、3番目に大きいであろう家の前まで案内された。
男は桶を置いてから
「おーい!
と中に向かって呼びかける。すると間髪入れずに中から玄翁を片手に小柄気味の老人が飛び出して来て
「くぉらっ!
と男を叱りつけた。どうやら鉄平というのがこの男の名前らしい。
「うるせぇなぁ、わかってるってばよ
耳を抑えながら鉄平が答える、どうやら老人の名は鉄貫と言うらしい。
「わかってないのだから未だに
「だから客人の案内だよ爺さん、こいつが爺さんの話を聞きたいんだと。」
そう言って鉄平は私を指さす。そう指摘され、鉄貫老人は私を一目見ると、先程の態度とは打って変わって冷静になり
「その格好…お主、魔祓いだな?」
「そうだ、四禅殿の依頼でここに来た。」
鉄貫老人は「ふむ」とばかりに少し考えてから、
「時にお主、師は誰だ?」
と、私に問いた。師匠について聞かれるのは珍しいので少々驚く。私の師匠は下手に有名なだけに口に出すのは少々億劫だが、聞かれたからには言うのが礼儀である。
「私の師匠は睡蓮、それで分かるか?」
それを聞いた途端、鉄貫老人は目を見開き、数秒考えたかと思うと、ニヤッと笑いを浮かべた。
「睡蓮…!あの立浪殿の弟子の睡蓮か!」
「ああ、先代の
そう言うと鉄貫老人はさらに嬉しそうにし、
「あの
「私の師匠を知ってるのか?」
「ああ知っておる、とてもよく知っておるとも。あの糞餓鬼が立浪殿に散々にしごかれていたころが今でも目に浮かぶわい。」
これは収穫だ、と思う。師匠の弱みを握った気になり、少々心が踊る。
「しかして睡蓮の弟子よ、お主はここに何を聞きに来たのだ?」
「ここで塊が出ない事があるとそこの鉄平に聞いた、その訳を聞きに来た。」
それに対し鉄貫老人は
「そうか…ならば入るが良い、儂の知っている限りの事を教えてやろう。」
と言って奥に引っ込んだ。
「鉄貫爺さん、俺はどうすりゃいいんだよ?」
「瓶に水を入れておけ!」
鉄平は気だるそうに「へいへい…」と返事をすると、玄関に入っていく。私はそれに続くようにして鉄貫老人の家に入った。
鉄貫老人の家の中は鍛冶場と居間に仕切りが無い家であった。座敷の中からでも炉が見えた。
「ここ暫くは火を焚くことも出来んでな、炉にも閑古鳥が鳴いておる。」
私の視線に気づいたのか、鉄貫老人は少々残念そうに炉をチラリと見て言う。
「乱が起きてたのに火でも焚いてたもんなら家が穴だらけになっちまうだろうがよ。」
冷静に鉄平が突っ込む、私もそう思う。
「何を言う!炉に火がない家が鍛冶屋であるものか!」
「へいへい、わかったよ。」
この老人、かなりの
「貴様への説教はあとにするとしてだな。さて、どこから話すべきであろうか……」
少し考えた後、鉄貫老人は朗々と語り始めた。
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