異世界で、僕はまたこいつに出会う

暫くして、長らく死んでいた客間の扉が開いた。

「おお、来たみたいですね」

ブブゾさんがそういったので、どうやら箕谷先輩こと、ロロルレルネさんの登場という訳だ。

僕はいち早くその彼女の顔を拝みたいと、椅子に座りながらも最大限、身を乗り出して目を見開き、構えていたが、なんと言う事だろうか、現れた彼女は箕谷先輩ではなかった。

しょうもない女がそこにはいた。

「さあお二方、彼女が先にお話ししたロロルレルネです」

「客人の方々、こんにちは。ロロルレルネと申します」

彼女は恭しくスカートを摘み、一例をする。優雅な物だったが、なんだか色々ごちゃ混ぜでもう混乱してしまった。

特に背景にある作法の事でね、まあ面倒な事は考えるのを辞めて仕舞えばいいのだが。

とにかく、この女が僕にとってしょうもない女だったという事が大事な事実なんだから。

僕の事を最低だとか、そんな感じで思う人はいるかもしれない。勝手に期待して勝手に裏切られて、挙げ句の果てに見ず知らずの他人にしょうもないだなんて思ってしまったのだから。

でも、落ち込んでいるのは事実だ。

いつのまにか身を乗り出す姿勢からそのまま俯いてしまった様で、隣に座るワシリーサさんが僕の背中に手を置いてなんか言い始める。

「どうしたんですか、晴れやかな表情をしたかと思いきや、俯いてしまって」

「いやあ、ちょっと、ブブゾさんに聞こえてますよ。辞めてくださいよ」

ブブゾさんは何が何だかわからないといった様に、呆けて僕ら二人をみている。

「落ち込んだんですか?彼女が箕谷先輩じゃなくて。そんな些細な事で?」

些細な事、そうかもしれない。けれどそれと連鎖して思い出してしまった事がある。そんな気がする。

僕は箕谷先輩が出て来てくれると期待していた。けれどそれ以上に期待が裏切られるであろうと予想していた。そして事実、その予想は的中した。だから僕はがっかりした。

けれどそれ以上に、彼女の有様が余りに僕の顛末を克明にあらわしていたから、ああやっぱり、この世界はそうだったんだな、と思った。


まあただ、一応確証を得るためにやっておくことがある。この世界にはもう一人、元の世界から来た人間がいる筈だ。

そいつに会えば、僕はことの真相に気付くんじゃないか。


 ***


竜車で舗装された街路を駆けていく。香車にはブブゾさん、ロロルレルネさん、ワシリーサさん、僕の四人が乗っているがそれでも余裕があるくらいには中は広かった。

小窓から見える景色には驚かされる。街を歩くのは人間だけじゃない、爬虫類から魚類、犬猫に至るまで二足歩行し、服を身につけてじゃべっている。

その中、僕は一人の人物を必死で探す。

「どうです?見つけられそうですか。その人物とやらは」

「そうですね、ただいたらかなり目立つと思うので見逃しはないと思うのですが」

あんな事を口走ってしまったが、それでも変わらずブブゾさんは真摯に僕と話してくれる。

あれは、何より彼自身が事業を押し進めるにあたって痛感していた事だろう。

考えない様にしていたが無粋にも僕がその事を蒸し返してしまった。

「どうして僕に協力してくれるんですか?」

「いえいえ、貴方が元の世界に戻る現場を見るのは私達の事業に果てしない貢献をしてくれるだろうと思いましてな」

「そうですか」

「あくまでも、私は貴方に頼らず自力でこの世界を脱してみせますよ。

今回の事で、大分考えさせられました。思えば私はこの異世界に召喚された時、神から選択を迫られたのですよ。

これからの人生を元の世界に戻るための人生にするか、それともそのまま異世界で第二の人生を送るか。

だけど私は絆されてしまった。彼女に一言言葉が通じた時にはもうその選択に答えは出ていたのですよ。

『こんなにも人は感動が出来るのか』と。

就職活動を終え、社会に出てからと言うもの、仕事柄も有りますが全く事務室に篭りきりで作業をこなしていまして、まあ何と言いますか、私の世界が仕事を中心に回る様になったのですよ。

仕事のために体調を整え、仕事のために人と話し、仕事のために勉強をする。

感動や興奮もありましたがあまりにもサイクル化されて薄れてしまっていたのでしょう。

あの時、たった一言、たった一言ですよ?たかがトイレに行きたい意思表示が罷り通っただけで、一歩だけしか状況が改善できていないと言うのに、全く私の涙も軽くなった物ですよ。

はっはっは!

また、話し込んでしまいましたね。

貴方は考えすぎなんですよ。客間でのお話で貴方は『僕が元の世界に帰ってしまう事は貴方の人生の全否定だ』なんて言っていたじゃあないですか、是非安心して欲しいのですが、仮に貴方が今からする事が本当に私に人生の全否定だったとするじゃないですか。

でもそれだけなんです。貴方の行為に私はその後傷つくかのしれない、それでも私の人生はもう今後の予定が決まっているのです。

例え元の世界に帰れなくても、帰ったとしてそれでもまた大きな課題が立ち塞がろうが、結局、私のやる事は変わらないんです。

まあなんでしょう、今言った事に確かな論証はありませんし、それこそただの漠然とした直感なんですがね。

だからそんなに思い悩まないでくださいね」

直感か。直感なんて適当に振った賽子の出目と同じように思っていたが、未だに人間の脳味噌の仕組みというものは解明されていないようだし、そう考えれば神託のような、謎の説得力を帯びていると思う。

真面目な話、こんな世界があるのだったたら、人間の知性なんざただの装飾品に変わりないのかもしれない。直感が一番か。


彼の話を聞く傍ら、僕は街に目を配る。こんなにも多くの人間の中からたった一人だけを見つけ出すなんて無理じゃないか?

見つけ出すのに何年かかる?そうだ、もしかしたらブブゾさんと同じくらいの年月がかかるかも知れない。

冗談じゃない。そんなにこの世界に留まっている訳にはいかない。

何か解決策があるだろうか・・・


所で僕は、どうして彼を一人だけだと決めつけているのだろう?彼がどうして同時多発的に数人の人間に現れない保証がある?彼は二人、三人、それどころか目撃されないだけで数万人といるかも知れない。こんな世界だから。

そんな矢先に、街角の影に目立った人物を発見した。

何故なら彼はこの異世界にも関わらずスーツを着用していたからだ。

 僕は竜車を降りた。


 ***


「あれあれ、また会いましたね。というか今回は私じゃなく、貴方から会いにきたようだ。

どうかしましたか、貴方は私と違って要件がなきゃ話しかけないのでしょう?さっさと済ませて下さい」

その男はスーツを着ていて、顔はどんなものかといえば、輪郭は丸く、濃い目の眉毛が特徴的であった。髪は禿げがかかっており、その風貌から彼は恐らく日本人ではなかった。

「いや、結局ここに戻ってくるしかなかった事をあんたはきっと知っている」

「さてね、私は何も示唆した覚えはございませんが」

この男を僕は知らない。知己しかいないこの世界で、こいつ(this man)だけが僕の知らない異邦人だ。

「もう少し、ここに留まってこの世界を見物したら如何ですか」

「いいや、もう十分だよ」

彼は表情こそ変えなかったがあからさまに落胆し、僕の答えを受け入れた。

「そうですね、それでもこの世界は、なんと言うか、面白かったですよ」

「そりゃ嬉しいね。また来ればいい」

「それは私の気分次第ですよ。さて、無駄話はこれくらいにしたらどうです?さっさと元の世界に戻ればいいじゃないですか」

彼の言う通りまあそれでも良いのだが、そう極端な考えにならなくてもいいだろう。

「この竜車で、街を一周してくるよ。そうしたら帰る」

「そうですか。でしたらそのようにしたら宜しいのでは」

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